判断をするのは誰 | リアルプレゼント (悩みを生きる強さにするブログ)

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人の住むところでうまくやって行くためには結果から言えば、「自分からは何もしない」ことが良い。それはこれまでも主張して来ましたが、いったいなぜ、誰がそのことを判断できるのか、ということが不安になることもあると思います。
 
人は、それぞれが判断し、自分の判断があるので、逆に「私」ひとりの考えや主張など、相手にしてくれないのではないか。
自分ひとりで世の中に対して行こうとすれば、当然疑問に思えてくるところだと思います。
 
また社会的にはそれでいいようなことでも、個人の一人ひとりがそれで納得するものか。
 
自分ひとりだけが「何もしない」なんて。ふつう考えれば通用するはずがない。
 
いいアイデアに見えるに過ぎないのではないか、実際にやったら、むしろ「私」だけがたいへんなことになるのではないか、と。
 
今までの、1~10の記事を基本として守って動くようにしてもらえるなら、その心配はありません。
なぜなら、人のすべては、社会の中に特有の地位を得ている以上、誰も社会集団と無縁ではいられず、また自分がすべきことも、与えられた社会の地位があってはじめて自分の地位でもあるからです。
 
はっきり言えば、人は誰も個人では何も決めつけられないのです。社会で生きる以上は、まず先に社会で生きて行けるようになる決まりごとがあって、それを守らなければいけない。そうしたことは、社会の集まりで決めることであって、逆に個人にはそれを勝手にゆがめる権限はないのです。
 
だから、人の言うことを聞くより、社会の言うことを聞く方がうまく行く。
 
とは言え、実際に話しをするのは個人の受け持ちになる。私が話すように、相手も個人としてものを言う。
そしてその中には、あなたが苦手としている相手や、ズルくて卑怯なもの言いが止まらない人や、へんな気難しさを正しいことと思い込んでいる人もいるでしょう。
そういう人たちには、いくらいいアイデアでも実際には通用してくれないのではないか、と。
そういう心配があると思います。
 
結果から言えば、そういう人に対する時こそ、効果があります。
 
自分の権限だけで何でも決めつけられると思い込んでいる人たちは、自分の思惑が強い分だけ、自分が勝手の決まりごとを変えたり好きにやぶったりすることを何とも思わなくなっている。おかしなことをしていることも気づかなくなっています。
 
だから、本人は一番何も問題のない人のつもりになっています。それだけに一番強い立場の人間のつもりでもいる。
 
逆です。社会の決まりを好きにゆがめている者は、社会から見れば、欠陥のかたまりでしかありません。こうしたことを直接に伝えるようだとそれがまた問題になるでしょうが、究極的に抽象すればそうなのです。
 
そのことを、「自分からは何もしない」私たちは、個人の立場ではなく、社会の立場と社会に住む人たちのための立場で反論することができる。
 
誰かひとりにだけ重荷を背負わせたり、公正でなかったり、個人の思惑に過ぎないものを集団の決まりごとにすり替えようとする卑怯な人たちは、実際の社会にはざらにいます。
 
でも、だからこそ、社会からの立場を譲らないことで結果としてはうまく行くのです。
 
自分ひとりの力でぶつかろうとしないこと。
社会では、そういう人が一番問題視されます。
 
だから、いくら自分は正しいと思っても、それだけで相手とぶつかってはいけない。
 
社会集団の力を招き入れることです。自分の意見や自分だけの立場は、そのことで伝えることができる。自分ひとりの力で四苦八苦しなくても、社会や集団組織にいる中でのれっきとした決まりごとに従う態度でいれば、言うべきことはすべて言えます。
 
結果としては、いや結果がわかっているのなら最初から、「自分からは何もしない」ことで、現実の社会に対するようにすることが一番正しいのです。
 
要するに、ことの判断とは、それが社会のかかわりのものである以上は、社会がする。これが鉄則です。それを、どう勘違いしたのか、自分で勝手に変えてもゆがめてもいいと平気で思うようになっている者は、やはりそのようになっている人がおかしい。
 
相手の不明を伝える以外に手はありません。
 
この構図は決定的です。ただし注意すべきことは、ある集団の中には、その集団特有のゆがみはかならずある。それを含めて運営して来たのです。だから間違っているとわかっても、間違いを変えられないということもざらにあります。
 
しかし、それでも結局は正しい意見は残る。みんな社会の下にいる以上、これが消えることはない。
 
人は、間違っているがゆえに、間違いを受け入れられないということがある。だから、いきなりわかって貰おうとすることは逆に危険です。集団の実像を考えないで、自分の考えにだけ合わせろ、というのはやはり集団にとって危険な因子に映るのです。
 
ただ、正しいことを、みんなで正しくやっていきましょうね、という変わらぬ態度と、社会と集団を先に立てる態度が、個人の正しい評価を生むのです。
 
それがいずれはあなたの強固な立場となるでしょう。
 
そうした社会力学の正しい態度でいれば、あなたの立場は非常に楽な態度で強くなるのだし、社会の変革も進むことになるのです。