3月1日、ロイヤルオペラハウスにヘンデルのOrlandoを観にいきました。
その5日前に行ったオペラ・バスチーユと比べるとROHが小さく見えたこと!
それにグレーな色調とモダンな設えで冷たい雰囲気を与えるバスチーユとちがい、伝統的な金と赤の馬蹄形のROHはやはり落ち着きます。
もちろん一概にどちらが良いとは言えず、出し物によって向き不向きがあるわけで、今回は舞台も大きくて客席の空間も大きいバスチーユでLa Juiveというグランドオペラ、そしてこじんまりとして伝統的なコベントガーデンでこの室内オペラを観られたことはラッキーにも場所とオペラの規模がぴったりでした。これが逆だったら惨めだわね。
指揮 Sir Charles Mackerras
監督 Francisco Negrin
デザイン Anthony Baker
Orlando Bejun Mehta
Angelica Rosemary Joshua
Medoro Anna Bonitatibus
Dorinda Camilla Tilling
Zaroastro Kyle Ketelsen
このオペラ、歌手は5人だけで、コーラスもなく、オーケストラも小編成ので、マッケラス率いるイギリスの代表的な古楽オケであるThe Orchestra of the Age of Enlightenment。
Ariostoという人のポエムOrlando furioso(怒れるオーランド)を元にしているのですが、時代も場所も特定されていないだけでなく、現実離れして無理のある設定です。
英雄騎士オーランドは、魔術師ゾロアストロに戦場での栄光を求めるべきだとお説教されているが関心は専ら中国の女王アンジェリカ。しかし、そのアンジェリカ、かつて助けてもらった感謝の気持ちからオーランドに結婚の約束をしたのだが、しばらく会わないうちに他の男に心移り。そのアフリカの王子メドロには、怪我の看病をした羊飼いの娘ドリンダも惚れているという四角関係。(四角関係は珍しくはないけど、顔ぶれがヨーロッパの騎士、中国の女王(だけど名前はアンジェリカ)、アフリカの王子、羊飼い、魔術師、という地理的人種的階級的空想的にものすごく広がりがあると言うかもう支離滅裂。)
アンジェリカの心変わりに怒り狂う(ほんとに気が狂うんです)オーランドは、相思相愛のメドロとアンジェリカを追い掛けて探し出して殺害。だけどゾロアストロの魔術でオーランドは改心し、死んだカップルも生き返る・・・(なんじゃ、これは?)
・・・・・あほらしいので、先に進みます。
イタリア語ですが、初演はロンドンで1733年。典型的なヘンデルで聞きやすく美しく流れるのですが、有名なアリアがあるわけでもないので、ヘンデルの数ある作品の中でも無名で、ROHでの上演も2003年のこのプロダクションが初めてという上演の稀なオペラで、当時人気のあったカストラートという「タマ抜きされた男性歌手」の歌唱をひからかすために作られたものです。
カストラートは教会で女性が歌うことが禁じられていたことから高音歌手を人工的に(手術って痛いのかしらね?)産み出したのが始まりだそうですが、ヘンデルのバロック音楽時代には彼らは大スターで大もて(生殖能力はなくてもエッチはできた)、実存したカストラートを描いたFarinelli という1994年のベルギー映画もあります(たしかヘンデルも出てきた)。
カストラートは細々と今世紀初め頃まで存在し、録音もあるのですが音質が悪いので、カストラートって一体どんな音だったのか今では知る由もありません。今結構流行っているカウンターテノールは裏声で歌っているわけで、彼らのほとんどは普通に歌えばバリトン声でしょう。
そのカウンターテノールも今でこそかなり復活し、かつてカストラートが歌った役は彼らが歌うことも多いのですが、長い間メゾ・ソプラノやアルトの女声によって代替され、今でも花形メゾソプラノの重要なレパートリーになっています。
オーランドに話を戻すと、このプロダクションの2003年10月のプレミアのときにはオーランドはメゾソプラノでメドロがカウンターテノールだったのですが、今回は逆になったところが私には興味深かった点です。他の人もひっくるめて前回との比較でパフォーマンスを評価してみましょう。
オーランドのビジュン・メータは、名前はインド系だけどそうは見えず普通に色白のカウンターテノール(以下CT)。最初はよくある女の腐ったようなCTの気落ち悪さと不快さが耳障りで、珍しいと言われる程CT好きな私でさえ「私の好むCT声じゃないわあ。他にももっと良いCTいるのになあ」と思ってがっかりしたのですが、しばらくすると耳が慣れたせいばかりでなく、彼の調子が上がって声まで変わり、声が高くても男らしさを感じさせる歌唱となりました。
CTは声量が問題なのですが、今までROHで聞いたCT君たちの中でもベストと思えるほどで、上背もあるので絵的にも理想的な若武者オーランド。恋人の裏切りに怒り狂って幻覚症状まで出るブチ切れオトコを文句ないほど上手に演じてくれ、そうそう、これなら当時の貴族女性たちがカストラートに夢中になるのもわかる気すらしました。
実は先回メータはメドロの役で出ていたのですが、全く印象が薄く、CTファンの私が全く覚えてないくらいですから、そのときはよくなかったのでしょう。大きく成長してCTのトップの一人に入れますよ、これなら。David Danielsより良いわ~。
先回のオーランドはイギリス人メゾソプラノのAlice Coote。丁寧に熱心に歌い演じて上手だったのですが、やはりこれは力強い男性が歌った方がいいわと切に感じたのを覚えています。なので、今回は満足。
嗚呼でも、一流カストラートで聞いてみたい!
今回のオーランドのメータが先回歌ったのがメドロ役で、二人の女性から愛を告白されて、高貴な女性だからアンジェリカを選んだわけではないのでしょうが(基準は不明。まあ恋する基準は不可解なことが多いでしょうけど)、5人の中では一番印象の薄い役かも。今回のメゾソプラノのアンナ・ボニタティバス、丁寧で上手なので確実に脇役はこなすだろうけど、もう一つ華がないのでスターにはなれないかも。
この役もカウンターテノールに歌って欲しかったと思うのは私だけでしょうか?それともCTが二人も出てきたひにゃ不気味でたまらんと言う人が多いかも、です。
スターになるのに必要なのが華だとすれば、今回のアンジェリカとドリンダは両方とも華やかな美人なのでヴィジュアル的に楽しめるというオペラには珍しい光景。おまけに容姿だけでなくまるで歌も張り合っているようでした。そして嬉しいことに二人とも声もよく伸びて軽やかで素晴らしい出来でした。
ローズマリー・ジョシュアは英国女優クリスティン・スコット・トマスに似た上品なイングリッシュ・ローズで、裸にもなって話題となったENOのセミレは素敵です。先回のアンジェリカはバーバラ・ボニーでしたが、私はジョシュアの方が軽やかでセクシーで良いと思いました。
中年に差し掛かったジョシュアの色香が衰え始めたのに対し、若さ溢れるカミラ・ティリングはスタイルも抜群の金髪のウェーデン人。ROHにはよく出てくれますが(最近では偽の女庭師
)、3年半前のプレミアもこの役は彼女でした。
そのとき「まあなんて可愛らしくて歌も上手な新人だこと」と思ったのですが、今や新人の域を脱して絶頂期に入った彼女、歌に演技に磨きがかかって余裕たっぷり。この羊飼いの娘は5人の中で一番人間らしい感情を表す得な役。好きな男をアンジェリカに取られて悲しい想いをするわけですが、罪悪感に苦しむアンジェリカや狂ったオーランドを見て、「愛って、うまくいってもいかなくても苦しいものね」と悟ります。
魔術師のケテルセンはマスカレード やフィガロの結婚 ではフィガロでしたが、私は全然魅力を感じない平均的バリトンです。
時代が特定されていない設定なのでなんでもOK。ピーター・セラーズがNASAを舞台に宇宙飛行士のかっこうをしたオーランドもあったそうですが、今回は18世紀フランス宮廷風の綺麗な衣装でアンジェリカはまるでマリー・アントワネット。
舞台は90度づつに区切った小部屋がくるくる回る回転舞台で、うまく工夫もされてるしなかなか洒落てます。
尚、歌手5人だけではあまりに殺風景と思ってか、マルス、ヴィーナス、エロスに扮した3人のダンサーが登場します。エロスは腰巻一丁、ヴィーナスはおっぱい丸出しで舞台に花を添えます。
ということで、歌手の質は高かったし充分楽しめましたが、長いオペラの上それぞれがかなり長い時間ソロで歌うので、もうこれで充分堪能という気になり、もう一度見たいとは思いませんでした。私が珍しく一回しか行かないのが理由ではないでしょうが、切符の売れ行きは悪かったようで、最高額の席が半額でオファーされてました。それでも空席が目立ってましたから、このオペラ、余程のスター歌手を確保できない限り、次の上演はうんと長い間ないかも。
はーい、お疲れ様でした。おや、ヴィーナスさんはおっぱい隠しちゃいましたね。残念。
さて、カウンターテノールに話は戻りますが、私のご最贔屓のCTの一人であるダニエル・テイラーが4月6日に東京オペラシティに出演します。私がバービカンで聴いたこともあるバッハ・コレギアム・ジャパン との共演で、今回ずっと、彼がメドロだったらいいのになあ~、と思って聴いていた私には羨ましいコンサートです。どなたか私の代りに行って下さ~い!
情報はこちら→ バッハの受難曲
さてさて、Orlandoと言うと、Orlando Bloomとかフロリダのディズニー・ワールドを思い浮かべる人が多いのでしょうが、私は1992年のイギリス映画Orlando が浮かびます。Vウルフの小説を映画化したこの作品、オーランドという人物がときには男性ときには女性となってエリザベス朝から現代まで時代を超越して生まれ変わって現れるという不思議な魅力を持った幻想的な映画で、いつかもう一度観てみたい映画のひとつです。とくに男になったり女になったりという倒錯の世界ということでこのオペラと関連があるような気もします。