記事はこちら。5月頭のものです。
訳自信なしで質問と回答まるまる抜かしたのが3つ、※の部分も抜かしです。赤字の部分は、記事で強調されてる部分です。
5月2日(18:30 モスクワ時間)と5月3日(17:30 モスクワ時間)、ゼニト・カザン はケメロヴォ・クズバズ とのホーム戦で、ロシア選手権のファイナルシリーズをスタートする。32歳のアメリカ人プレイヤー・マシュー アンダーソン にとって、このゲームはカザンのファンへのさよならになるだろう -来シーズン、彼はそのキャリアをイタリア”モデナ ”で続けるのだ。ゼニトに来て7年だ。
BUSINESS Onlineのロングインタビューで、マシューは水泳、ゲーム・オブ・スローンズ、ビンテージカーへの愛について語り、ロシアでの習慣、カザンでの終わり方に思いを馳せた。
- マット、たくさんのアメリカ人がゼニトにいたけど、たぶん君たちにとって1番難しいことは、ロシアの文化に適応することだったかな。なぜ?
「うん、僕らみんなアメリカ人だけど、異なるキャラクターがある。僕は秘密主義な方だし。職業柄、他の国の文化を受け入れないことは不可能。アメリカがすべてだって強要はできない。でも僕は、もっと秘密主義でいたいんだ。人々は、僕が毎日何をしているかを知る必要はないからね。
あなた方の文化をリスペクトしていないって意味じゃないし、受け入れたくないってことでもないよ。僕は異なる人々が、こういうシチュエーションでどういう振る舞いをするのかを観察するのは、興味深かったね。
たとえば何年か前、チームでペイントボール (アメリカのスポーツの一つ)をしに行ったんだけど、すごく良かったよ。ある日には、誰かが伝統的なウズベキスタンのピラフを作って、インクレディブルだった。僕らはトラを見にサーカスに行って -そういう所は初めてだったけど、感動したよ。」
- トラに触ったの?
「いや~。怖かったよ。すごくデカいんだ。サーカスはあんまり好まないかな。動物に対してああいう考え方をするのは分からないけど、サーカスで動物たちがお世話されていて、リスペクトされながら扱われているっていうのは、理解しているよ。」
- 最近、新しく来たスルグトのMaciej ムザイが、ロシアスーパーリーグは子ども(boys)を大人(men)にするって言っていた。これに賛成するかい?
「賛成。たびたび起こることだよ。僕が外国人選手として、1番長くロシアで過ごしているか分からないけど、確実に分かっているのは、スーパーリーグはバレーボールをするのに簡単な場所じゃない。天候とか文化とかのことを言っているんじゃないよ。日本でもイタリアでもロシアでも、僕らの仕事は同じことが続く。体育館を確保して、練習して、プレーする必要がある。車に乗って出かける前に着るジャケットやハット(帽子)が厚いか薄いかなんて、そこまで重要じゃないだろ。でもそうやって、僕のマインドは機能しているし、ロシアに滞在したことのない他のたくさんの人たちは、違った風な考えを持つ。
でも僕は、気分は良くなっているよ。新しい契約を結ぶのは、さらに簡単になっているけど、カザンでは、選手に対する姿勢(考え方)は他のクラブと違うってことを、理解すべき。僕はリスペクトされているし、ゼニトを軽んじることはできない。だから、チームの中で、オンでもオフでも、どうやってコミュニケーションが取られているのがを理解するのに、2年かかったんだ。普通のコミュニケーションでロシア語を学ぶことはなかったし、それはちょっと恥ずかしかったけど、人として、選手として、僕を変えることはなかったよ。 」
- ロシア語で悪い言葉も話す?
「言葉の面で、試合のビデオレビューがある時やトレーニングで、アレクノ の言っていることを理解するのには十分。それらのシチュエーションで、僕は彼らの言っていることは、90%理解しているよ。スラングは、それより難しいけど、一緒にパズルのピースをはめることができるんだ。」
- カザンでパフォーマンスする間求められた、ロシアの振る舞いは?
「こんなのがあるよ。誰かが僕の足を踏みつけたら、僕も踏み返さなきゃいけないんだ。でも、僕は特別疑り深いわけじゃないけど、これは衝撃だったね。アメリカナショナルチームで、2人の若いコに僕の足を踏めって頼んで、踏み返した時、彼らはびっくりしたんだ、あれはおもしろかったよ。このアンダーソンの頭の中には、どんなロシアのものが?
会う人みんなと握手するのも、アメリカじゃやらないけど、それも慣れたよ。」
- 多くの外国人は、ロシアで食べ物に関してハッピーじゃない…
「僕は全部を理解してはいない。アメリカで育って、そこでは何もかも違う。たとえば、試合前にチョコを食べられないけど、午後のおやつでは -バナナ、チョコ、コーヒー。食べて、プレーに行く。それを分かっているから、僕は好きなものを持って行くんだ。プロテインバーとか、他のものとか。チョコはおいしいけど、試合の前には食べられないな。
で、不満? ボルシチは最高だし、スープも麺も。でもプロフがベストだね。」
※プロフ=ピラフ。pilaurice。ウズベキスタンの伝統料理で、一つの皿からみんなで手で食べるとか。
- カザンで7年もプレーしてもなお、ロシアで理解できないことは何?
「”ここでの運転のし方” これに慣れるのは本当に難しくて、(ロシアの)人々は僕がやっているやり方で運転すべきじゃないと、自分に言い聞かせて、自分を落ち着かせるようトライしている。難しいけどね。
それと -郵便の機能。正直、超高い金額を支払うのに、まだ3週間かかる。なんでそうなんだろうね? アメリカならAmazonは何でも12時間ビッタリで、ドアの目の前にデリバリーされるってことは、お馴染みになるよ。ここは何週間か待つからね。」
- だいたい想像できるね。君のロシアでの初日と、ガールフレンドのジャッキーがどんな印象を受けたか…
「簡単じゃないよ~(笑) 彼女は旅行したり、たくさんの所を訪れるのが大好きだけど、僕みたいにいろいろなことに慣れなきゃいけなかったよね。空港での人々の振る舞いや天候。外は氷点下にもなって、部屋の暖房はサウナみたいな。ここでは食材も違って、彼女が慣れているものを作るのは難しい。たとえは、新鮮な野菜を手に入れられない。彼女はカリフォルニアに住んでいて、1年中野菜を買える農園がいっぱいだったけど、ここにはそういうのはないんだ。何回か、僕らは別の所に歩いて行ったんだけど、さっきも言ったけど -行くのに1時間かかる外は、めちゃくちゃ寒かったよ。
バウマン通りはすごく綺麗で、たくさんの興味深い建物があって、でも外は歩けないし、毎日モスクワの写真を撮って、これを冬にやらなきゃいけなかったんだ。イタリアでは、彼女はもっと心地良くいられると思うよ。」
- 彼女のために、カザンを離れるの?
「ノー、もちろん違うよ。ゼニトを離れる決断をした時、1番最初に考えたのは、自分のキャリア。でも僕のキャリアは、僕がコートですることだけじゃなく、僕を取り巻く人たちでもある。彼らが元気なら、僕もハッピーだよ。家族には幸せでいてほしいし、彼女は家族の1人。
それから、オリンピック2020に向けて準備をしたいんだ。”金メダル”を獲るために。モデナで、2人のアメリカ人とプレーすることになるだろうけど、その1人は、アメリカチームの正セッター・マイカ クリステンソン 。良い関係、良い”化学反応” -これが、ビッグトーナメントの成功のカギなんだ。たとえ5年間一緒にナショナルチームでプレーしていても、クラブで起こっているチームワークをすぐに見せるのは、いまだに難しいよ。選手に、システムに慣れるのには、時間を要するんだ。
もちろん、彼女が決断に影響を与えている部分もあるけど、違った人生が欲しかったんだ。僕はストリートをぷらぷらするのが大好きだけど、ロシアの冬は心地良くそれができない。もちろん、ジャケットを重ねて、大きな帽子、マフラー、ブーツ、手袋とか、もっといろいろ身に着けない限りね。 そこに10分費やして、通りに出たら、(外出が)不可能なブリザード。それが起こるんだ。参るよ。また(家に)戻って、全部脱ぐのにまた10分かかるんだ。」
- (彼女と)どうやって出会ったの?
「彼女の住んでいたシカゴでのブラジル戦で、アメリカチームでプレーしていた時、SNSを通じて出会ったんだ。彼女は僕がプロバレーボールプレイヤーだって知らなくて、ただどこかで見たなってだけで。まぁそうやって、ずべては始まったよ。」
- ”アメリカで誰がバレーボールするの? 学生?” 彼女はきっと、こう思ったんじゃない?
「そんな感じだろうね。実際、男子バレーボールがオリンピックスポーツだって知った時は、びっくりしていたよ。一度、テレビでお母さんとアメリカナショナルチームの試合を見て、ジャッキーはお母さんに聞いたんだって: ”バレーボールはいつからオリンピックに入っているの?”ってさ。おかしい(funny)話だよね。」
- どっちが最初にメッセージを書いたの?
「彼女。僕はラッキーだったね。そうなって、ハッピーだよ。」
- そして彼女は、君が1年の半分をロシアで過ごしていると知ったわけでしょ。そこから?
「うん、彼女よ り僕の方がキツかったよ。僕は人生で何かを変える準備ができていなくてね。2017年7月に出会って、たくさん話したよ。毎日。僕に会いにバッファロー(ニューヨーク州)に来て、会える時は必ず会っていたんだ。それで、去年の夏つき合うってことにしたんだよ。
彼女がロシアに越してくることが、どのくらい僕のゲームに影響を与えるのか、自分のすべての関心をバレーボールに向けられるのか、分からなかったけど、どうやら順調なようだね。彼女が僕のしていることを理解してくれているのが、大きいよ。永遠に現役でいられないこと、僕に大事な仕事があることを分かっているし、そのことについてたくさん話し合った。でもジャッキーは、世界の誰よりも僕をサポートしてくれている。」
- ロシア在住のアメリカ人カップルなんて、おかしな(funny)話だ。フリータイムには何をしているの?
「パズルを集めたり、テレビを見たり。ネットフリックスとか、いくつかのオンラインサービスに登録しているから、あ、ゲーム・オブ・スローンズが大好きで、毎週見ているよ。」
- もう新シリーズは見たかい?
「もちろん! マジでかっこいいよ!
うれしいよね。コミュニケーションを取って、どんどんお互いを知っていっているんだ。でも、選択の余地がないからね。ストリートはどこかに行けるような天気じゃないし、でも僕はハッピーだよ。」
- 数年前ある女性が、マット アンダーソンの携帯(番号)をくれるよう私に頼んできた。”とってもとっても大事な用”があるからって。個人的に会いたいって、たびたびある?
「みんなが思うよりは少ないかな。たまにファンの人が、友だちとか身内の誕生日におめでとうを言ってってお願いされる時があって、返信することもあるよ。でもSNSには、個人的な生活を壊してほしくないし、パーソナルスペースに入りすぎてほしくもないな。
最初SNSを見つけた時は、喜んだね。考え得るベストだよ。オンラインで、スターたちが朝食を食べたり、着ているものが何かとか、フォローできるだろ。
でも不都合な面もある。脅迫、不満、侮辱を受け取ったり、フォロワー数の数に躍起になる人もいる。僕は好きじゃないな。
確かに女性から会いたいって受け取る時もあったんだけど、興味なかったよ。」
- ロイ ボールは、カザンを離れた後、タタルスタンの紋章のタトゥーを彫ったよ。そういう系の何かプランしている?
「たぶん。ゼニト・カザンは人生の大きなパートだったし、僕のタトゥーは、ブッダ以外は、僕がした経験のシンボル。良いアイディアないかなぁ。ロシアに関係する美しい絵とか、引用(名言)とか見つけたら、タトゥーを入れると思うよ。」
- メダルの他に、ロシアからアメリカに何を一緒に持って行く?
「もちろん、お土産、人形とかも。それと普通と違うけど…ゼニトにフォトグラファーのRoman Kruchinin がいて、すばらしいアルバムを作っていて、彼に、ロシアでの7年間のすべてのパフォーマンスの写真を集めてほしいって頼んだよ。分厚いフォトブックになるだろうね。
ここには25歳の時に来て、幼いガキんちょの顔だったな。今32歳で、生活は大きくなっている。 この本は、僕の家に置いておいて、過去を思い出させてくれるんだろうな。僕が前に何をやっていたか、子どもに聞かれたら、このフォトブックを見せるよ。ロシアのエピソードを思い出すと思うな。」
- 我々は、君がカザンで大金を稼いだと思える。
「ビッグマネーだよ。すべてはどう生活するか次第だけど。」
- マット アンダーソンは、残りの人生に十分な額は持っている?
「僕のライフスタイルと、欲しいものを考えると、十分ではないかも。格別な場所に家がほしいし、幸せな奥さん、子ども、車も。旅行して、僕が今まで見た1番美しい場所を家族に見せたい。子どもたちには、可能なだけたくさん与えたいけど、同時に彼らの新たな成功や、新たなドラマへの切望を守りたいな。僕がこうなるのに、何が助けになったかとか、僕がどうなったかを見せたいんだ。その時、僕が然るべき場所に、然るべき時にいられるということが、どれだけ幸運なことかを説明するよ。そしたら、みんながみんな、そんなに幸運なわけじゃないって理解するよね。」
- カザンにいる間、どうにかして何かをセーブしたり、費やしたりした? (金銭的な話?)
「もちろん、1年目のシーズンが多かったかな。時々、頭が吹き飛んだよ。全部じゃないけど、買い物が深刻だった。
ラスベガスに行けて、旅行は500ドルかからなかったよ。ナイトクラブとかパーティーとかね。それから車と不動産を買い始めて。でも最後の5年は、合理的にお金を管理していて、少しの蓄えもあるよ。僕はまだキャリアを終えていないし、もう数年はプレーできるといいなと思っているけど、仮に何らかの理由で、1年かそれ以下で、バレーボールを離れなきゃならなくなっても、たぶん大丈夫。もちろん、生活水準を維持したいなら、働かなきゃだめだけど、40歳でソファに座って、1日中ビールを飲むことはしないよ。 そういうのは好きじゃないんだ。
僕らはアスリート、何とかして感情を捨てて、何かを達成する必要がある。それが僕らのキャラクター。正確に何をすべきかを見つけることは、続いていくんだ。」
- それが1番難しい…
「その通り! すごく難しくて、少し恐い。※
1日に18時間を仕事に費やしたくないだろ。家族との時間に費やしたいからさ。だから、監督業は僕には合わないかな。少なくとも現時点では。」
- アメリカバレーボール選手たちは、どこに投資しているの? 不動産?
「違うかな。言うとすれば、アメリカバレーボールでは、キャリアで働くのに十分に稼いでいる選手は、そうたくさんはいないってこと。ヨーロッパの小さなリーグで5~6年過ごして、そのあと、故郷に帰って、そこでリアルジョブを探す。
僕は違う風にやったよ。※
お金のことだけを話しているんじゃないよ。僕がしたことの喜びのことも話しているんだよ。」
- 人生で1番正気じゃない買い物を思い出してみて…
「車。今5台あるよ。1台のビンテージカーは、100万ドルだったけど、僕の趣味だから。」
- ロシアでの7年は、君をよりタフにした?
「より強くなって、外部のファクターに対する抵抗力がよりついたと言える。スタートしたばかりの頃は、外部のことがゲームに影響することがあった。ある試合では打てて、次の試合では -能力以下のプレー。でも若い選手には、それが普通。
今は急降下することなしに、同じレベルで、自分のレベルを保つようトライしている。ゼニトでは、責任や緊張のある場面でどうプレーするかに慣れる、重要な難しい試合が、本当にたくさんあったよ。結果が危機に瀕した時、多くの選手は負けるけど、それどころか僕はリラックスして、冷静になるんだ。その手のストレスを、僕はエンジョイしているよ。 狂気の沙汰、雑音、騒音が体育館に響くこともあるけど、その時僕の頭の中は静寂だ。
7年前はこうじゃなかったな。感情的に(試合に)臨んで、コントロールできなかった。ゲームの前にこんな大量のカフェインを摂ったら、僕の頭の中がどんなか、想像できるだろ。今は試合の決定的な局面で、ゲームがスローダウンしているように見えるんだ。より良く理解するし、より良く見える。でも時々、ブレークダウンしたり、バカな決定を下したりもするよ。」
- そう、ゼニトが何の問題もなく勝っている試合で、君は時々スローダウンしているよね。モチベーション下がっているの?
「たぶんね。でもすべては、自分の役割によるところ。その試合ではたぶん、自分が20点取る必要がなかったんだよ。毎シーズン、60試合あって、いくつかのゲームでは、僕はベストな形じゃない可能性もあるってことへの理解が必要。道は長く、常に完全にリカバリーする時間があるわけじゃないんだ。」
- ロシアに対する姿勢には、プロパガンダが強く影響を与えていると言っていたね。そのことについて、もう少し話してくれるかい…
「いいかい、僕の両親は冷戦の真っ最中に育ったんだ。その親もまた、ロシアはひどい国だって、政治家が言っているのを耳にした。僕らは核戦争や似たものに脅えた。そしてこれは全部、子どもの頃から聞いていたことだから、今も頭に残っている。
今の政治的状況なら、すべての可能性を理解できるけど、プロパガンダは人々の思考を創った。それを変えることができるのは唯一、たくさん旅をして、異なる国の人たちとコミュニケーションを取ることだけ。
たとえば、僕らは中東のイスラム教徒たちを怖がる。でもイランに行って、そこで本当に素敵な人たちに会ったよ。見せかけじゃなく、偽りのないものだった。(他の)たくさんの場所(国)でもそうなんだ。
ヨーロッパや他の国でプレーしている間に学んだ、とても大事なレッスンさ。アメリカでは、たくさんのこと -言論の自由、高い生活水準、が当たり前だけど、世界中がそうじゃないって、理解する必要がある。感謝すべき。
今のカザンでの平均収入は? 月収500~600ドル? アメリカの標準からすれば、かなり少ないけど、ロシアでは(それで)人々が家族を養い、両親を助け、家賃を払わなきゃいけない。それが分かった時、どれだけ幸運な人生かが理解る。自分は特別じゃない、みんなと同じだって。僕らはみんな最高の(first)人間、ロシア人もアメリカ人もイラン人も他の人たちも。そこを忘れず、理解することは必要だよ。」
- ロシアのウォッカとの出会いを教えて?
「ウォッカ? うーん、ロシアでは呑まないし、ウォッカすら飲んだことないと思うな。もしかしたら、1年目にトライしたかなぁ。」
- 7年間? アメリカではどうなの?
「”ベルーガ”とか”ロシアンスタンダード”を持って、友だちをおもてなししていたよ。でもカザンでは、リラックスしたい時、ビールとかウィスキーとかも2杯飲むこともあるよ。僕はその方がいいな。」
- すべてから離れたかったり、ヨーロッパやアメリカに戻りたかった時はあった?
「1年目は甘くなかったね。すべてを優勝していたチームに来たけど、いくつかの理由 -ケガとか他のこととかで、僕らは成功しなかった。
覚えているのは、僕がカザンに着いた3日後、ゼニトがスーパーカップで0-2で負けていたところから、ロコモティフ に勝ったんだ。感動したよ: ”Wow! これから僕らは絶対誰にも負けないし、どこでも勝てる!”
でも違ったよ。ゼニトはスーパーリーグでただの3位、チャンピオンズリーグのファイナル4で負けた。僕らが悪かったとは言わない。けど、僕個人的には、多くが新しいことだった。
このレベルでプレーすることを学んだだけ。まぁロシア選手権で、最低でも”銅”は獲ったけど。手ぶらでアメリカには帰りたくなかったからね。
2年目のシーズンも難しかったな。秋にLukas Zigadlo が長期離脱したんだ。結果的に、ゼニトにはIgor Kobzar とセルゲイ Begrey がいて、クラブはニコラ グルビッチ と交渉しなきゃいけなかった。彼は僕に多くを教えてくれたんだ。ニコラはすべてを見てきた -世界選手権、オリンピック、チャンピオンズリーグ、そして、僕はそれをあまり知らなかった、青臭いプレイヤーだったよ。
ベルゴロド があのシーズンは、非常に順調だったね。ロシアカップ、チャンピオンズリーグ、クラブ世界選手権を優勝して。でもね、スーパーリーグは”ゼニト”が優勝したんだよ。
”ファイナル6”前、マキシム ミハイロフ がケガして、チームは若手も若手のヴィクトル ポレタエフ と残されたんだけど、ニコラが試合前に僕に言ったんだ、俺らは真のチームとして勝つか、一線を交えるかのどっちかだろうって。ギブアップはできないだろ。
長い道では落ちることもあるし、成功すればすばらしいって気づいたんだ。僕のキャリアで、ベストな週の一つだったよ。準決勝でベルゴロドをガツンと倒して、決勝でロコモティフを打ち負かした。
僕の初のリーグ制覇、信じられないくらいすばらしい気持ち。そして錨は上げられた。そこからゼニトは毎年金メダルを獲り続けている。 」
- 1年目の銅から金まで、メダルって持っているの? それとも捨てちゃった?
「いやいやいや。メダルは全部1つの金庫の中にあるよ。1つ1つどれも僕には、すごく大事だよ。勝つ(優勝する)ことを学び、敗北から生き抜くことを学び、経験を積んだ。同様に、アメリカ代表チームでもね。」
- ロイ ボールは、ウラジミール アレクノを友だちと呼んでいる。ゼニト監督と君の関係は?
「心から尊敬している。彼は偉大な監督。僕らをチャンピオンにしてくれる。選手として、たくさんの恩恵を受けている。たぶん僕らには、彼とロイにあるような近しい関係はないけど、電話やメールでバレーボールに関するいろいろな問題を解決するだろうと思うよ。アレクノは僕が選手になるために、本当に助けてくれた。僕が今なっている選手にね。」
- ゼニトでの親友は誰? ニコラ グルビッチ以外で。
「エフゲニー シヴォジュレス 。同じポジションでプレーしていたけど。おもしろいことに、最初の2シーズンは、全然コミュニケーションを取っていなかったんだけど、僕がゼニトにお金のために来たんじゃないこと、チームを助けたいってことを証明してから、関係はより近くなっていったんだ。勝利や敗北は結束をもたらす。
最近はね、ローレント アレクノとかValery Krotkov は英語が上手だから、たくさん話したよ。もちろん、マックス ミハイロフ -彼は最初の最初から、近くにいたから。」
- クズバズとの決勝、親友のIgor Kobzarやヴィクトル ポレタエフとの試合が目前だね。スーパーリーグで最初の金メダルを獲った仲間との。
「良いチームだよね。コートで強い勢いをもって、すごくリスキーなバレーボールをする。クズバスは、僕らを負かすベストだってことを示すべきだけど、僕らも1位になるためには、すべてを尽くさなきゃいけない。僕らは優勝候補かも知れないけど、それは過去の試合や前回のタイトルに基づいたこと。
僕は自信をもって、目の前の決勝を見ているよ。でもきっと簡単じゃない。トライする必要がある。」
- Igor Kobzarのゼニトでのゲームで、覚えていることはある?
「Igorはすごく才能のある選手。彼がする決定に必ずしも賛成していたわけじゃないけど、僕はコート上やトレーニングであるべき明確な態度でいる。他の選手が違うのは当たり前。Igorは異色だね。それが迷惑なことも引き起こして、Igorとのジムでのトレーニングやレッスンは毎回バトルになっていたなぁ。Kobzarには勝ってほしくなかったな、彼は耐えられなくなっちゃうから。練習で、ブロックやエースが成功した後には、僕ならこう言いたい:”ブラザー、2時間やってお前の初ポイントだけど、気にしなくていいよ!”(笑) でもIgorは、チームをより良くしたくて、そういう感情をあらわにしていたよ。すぐにパッとは理解できなかったよ。」
- ヴィクトル ポレタエフは?
「インクレディブルな才能。彼に対しては、プレーするのがすごく難しい。高い跳躍に、左利き。ゲオロギ グロゼル ほどパワーはないけど、同じ力や複雑な軌道を供給する。クズバズとの(ファイナル)シリーズでは、ゼニトにとって、簡単にはいかないと思うよ。」
マシュー アンダーソン
ポジション:アウトサイドヒッター/オポジット
誕生日:1987年4月18日
出身:バッファロー(アメリカ)
キャリア:
ペンシルベニア大学 2006-2008
キャピタル・スカイウォーカーズ(韓国、天安) 2008-2010
ヴィボ・ヴァレンティア(イタリア) 2010/11-
モデナ(イタリア) 2011/12
ゼニト・カザン(ロシア) 2012-2019
クラブの主な偉業:
チャンピオンズリーグ 優勝(2015、2016、2017、2018)
クラブ世界選手権 優勝(2017)
ロシアチャンピオン(2014、2016、2017、2018)
ロシアカップ 優勝(2015、2016、2017、2018)
ロシアスーパーカップ 優勝(2012、2015、2016、2017、2018)
韓国リーグ 銀メダル(2009、2010)
ナショナルチームの主な偉業:
オリンピック大会 銅メダル(2016)
ワールドカップ 優勝(2015)
ワールドリーグ 優勝(2014)
世界選手権 銅メダル(2018)
個人賞:
ワールドカップMVP(2015)
ネイションズリーグ ベストオポジット(2018)
世界選手権 ベストオポジット(2018)
Almaz Khairov、Maxim Stolyarov
VIDEO
ボリュームすごっ! 1つのインタビューとしては、訳してきた中で最長じゃないかな。でもロシアでの7年間はきっとどれだけたくさんの文字でも、語り尽くせないよね。こんなたくさん読めたらうれしいですね
ロシアでのフォトブック。ふつうにファンに販売してほしいくらい笑
…いろいろ書きたいけど、文字数オーバーしそうなので。
来季、古巣・モデナへの移籍予定のアンダーソン選手。代表としては、ファイナル自国開催のネイションズリーグかな? 1、2、3、USA
Thank you for reading.