ただただ極上。ジュリーにとってまだ2作目なのだ。 | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

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独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
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某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-lonly girl  懐かしい響きだろう、活版印刷。活版活字入れ。昔は印刷屋さんでよく見たぎっしりと詰まった活字。よく見たというのも隣が印刷屋さんだったからだ。印刷機の音、機織りの音、真っ黒ではなく33%ほど藍色を含んだインクの匂い、そして機織り機が発するスチールとスチールが擦れあい、その中を縦横無尽に動き回る油の匂い。それらは明瞭なる癒しとなり一向気にならないのに対し、現代社会における雑多な音や匂いは喩えるのも憚るほど気になる一方。

 ふと開け放たれた窓からふわりと聴こえてくるのがジュリー・ロンドンの『ロンリー・ガール』だ。吸い寄せられるという表現がピタリとハマる好盤。かのデビュー盤“彼女の名前はジュリー・ロンドン”では、バーニー・ケッセルのギターと、思い出したかのようにそこに居たことに気づかされるレイ・レザーウッドのベース、ほんのそれだけと彼女のハスキーヴォイスだけでジュリーたる世界を築いてしまった。二枚目となる本作は名手アル・ヴィオラのギターだけが伴奏となる。極上だ。

 ヴィオラの親指が奏でるベース音がしっかりとしたアルペジオで粛々と始まるタイトル・ナンバー<ロンリー・ガール>は、夫君ボビー・トゥループの書き下ろし。フランク・レッサー作<モーメンツ・ライク・ジス>においては、最初の1小節だけ聴くだけの価値があるというもの。また歌とギターがここまで一体となった<街の噂>は、暫し時を忘れて呆然と立ち竦んでみたまえ。ほのくらい君の街だって、ほのくらい君の心だって、ほんのりと色づくことだろう。極上に。

 ここでのジュリーとはアルコール抜きで、熱い珈琲でもいかがでしょう。注ぎ入れたカップからは真っ白な湯気が立ち上り、その中には芳しい香りまでもが、やがて耳にするだろう音さえも包み込む。明瞭なる癒しが静まった頃合いを見つけては、<ミーン・トゥ・ミー>が何処からか遠くに聞こえてくる。そんな場所があったら、そこはとてもいい場所なのだよ。

 極上の一曲として。僕はハンク・モブレーでしっかりと脳裡に刻まれし<リメンバー>は、信じられないくらいのスローなテンポで、そっと、そっと、そっと幕を閉じる。僕の田舎はちりめん産業の地だったせいもあって、機織り機の音や匂い、お隣の活版印刷のテンポいい音、そしてそれら内包する匂いはジュリーとさほど変わらない。

-NO.602-


★あいちトリエンナーレ・小栗沙弥子★

 建物の窓のような場所に、新聞の薄い広告チラシをつなぎあわせ張り合わせたりして、植物のように繁殖していく地図に見せるなど、ささやかながら、建物と都市へのアプローチを得意とする現代芸術家。今回も薄暗いコンクリート剥き出しの壁に、書籍を破り散らかした作品。