鬼才と奇才は硝子のハートの持ち主 | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

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独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
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某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-pretzel logic  何度も何度も、繰り返し繰り返し聴く。長嶋茂雄が“わが巨人軍は永久に不滅です”と、今なら流行語大賞でも獲ったのではないかと思われる名言を残し現役を引退し、ブラウン管の中では“アルプスの少女ハイジ”が“傷だらけの天使”が、CMでは変てこな外人さんが“クイントリックス”と業とらしい発音で一世を風靡し、どの家庭にも“ノストラダムスの大予言”なる書物が置かれていた1974年、僕がまだ小学4年生のときにこの化物『プレッェル・ロジック』で世に問うたのがスティーリー・ダン。デビュー盤《キャント・バイ・ア・スリル》で僕のこころを鷲掴みしたのは『プレッェル・ロジック』で思考回路を滅茶苦茶にされてからのことだ。6人組でスタートを切ったデビュー盤はあまりにも聴き応え充分の出来であり、サウンドに加え以後続く凝った曲のタイトルさえもハイセンスな印象を与えた。

 主たるドナルド・フェイゲンとウォルター・ベッカーの鬼才と奇才にいつしか6人が5人、当の2人になり、やがてスティーリー・ダンを解体しそれぞれソロとして別れてゆく。言い換えれば完全主義者のあの二人は硝子のハートの持ち主だったのかもとそう思わせる。あまりにもスタート時点での次元の高さに僕らも戸惑い、一線を画した彼らを聴こうとする意思がそれまでのあらゆる音楽を排除しようとした。少なくともそのことが返って彼らから遠ざけてしまったワケなのかも知れない。したがって1977年発表のグラミー賞も獲り最高傑作とされた《エイジャ》さえ手に取ったのも80年代も半ばのこととなる。もう一つ僕を億劫にさせたのはドナルド・フェイゲンの声だ。どうも生理的に受け付けないのがあって、ファンに叱られるのを承知でサザンの桑田さんなんかもその一例ですが。桑田さんファン、D・フェイゲンのファンの方お許しくだされ~。さて曲に目を転じてみましょう。

 何や気味の悪いSEに導かれホレス・シルヴァーの名曲《ソング・フォー・マイ・ファーザー》と何ら疑う余地もないベース・ラインで始まる<リキの電話番号>は、今までに聴いたことのないロックを啓示する。今更ながら1974年だとは信じ難い演奏であり、彼らの力量をまざまざと見せるけられる思いだ。<ナイト・バイ・ナイト>もそうだが結構ハードなギター・サウンドが炸裂し、知らない世代に聴かせてやってもこれスゲ~じゃんと賞賛を受け、そんな時代を嫉妬させてくれるに違いないナンバーだ。さらにド肝を抜かれるのがD・エリントンのカバーで唯一のインスト<イースト・セントルイス・トゥードゥル・オー>は、ディキシーにマリアッチ、ラグタイムなピアノの調べと音の多様性に陶然となる、なるしかない。ここにも仕掛けが! 最後に何で銅鑼の音が必要か。ひねくれててもいい、お遊びであってもいい、今時のサスペンス小説並みの予想もつかない展開が待っているから、一時たりとも休むことなく耳をそばだてておかねばならない。

 最新型コテコテ・ブギの<プレッェル・ロジック>はトコトン格好よく、カントリー・ロック調の<銃さえあれば>と合わせどことなく後に華を咲かせることとなる瀟洒なドゥービー・サウンドの萌芽の匂いが立ち込めている。まあそれにしても集めにあつめたりの凄腕ミュージシャン。敬意を表しジェフ・バクスター、チャック・レイニー、デヴィッド・ペイチ、ジェフ・ポーカロ、アーニー・ワッツ・・・とまだまだ。これ以降その参加者の錚々たる顔ぶれと多さに気が遠くなる。ちなみに元スティーリー・ダンのドナルドのソロ作品、1982年の《ナイトフライ》は無調法なAORという狭間に埋もれてしまった世にも言う名盤らしい・・・とスティーリー・ダンは言ってると僕は信じるが。

-NO.562-


★菊屋雑貨店★

 京都・寺町にあるアジアン・アフリカン雑貨のお店で、特に目を惹くのがカラフル家具たちだ。文字通り色彩豊かに塗り分けられた椅子やテーブルにちょっとした家具。僕は何を入れようか考える間もなくカラフルBOXを一目気に入りずいぶん前だが購入した。そして未だそこには何も入っていないのである。何を入れようかと考えたり、何がこの中に入るのだろうかと想像するだけで幸せな気分にさせてくれるBOXです。