30周年記念と銘打って2007年に再結成されたポリス。先日も某TV番組で彼らの最新ライヴ映像を放映し、僕の中で眠っていた30年前の歓声にも似た興奮が湧き上がった。ポリスはたった5枚のアルバムを残しただけで、人気絶頂のさなかに突如解散、もちろん僕の断りもなくだ。最初に言っておくが、僕自身ポリスの最高傑作は比べるもなく考えることもなく問答無用でこのデビュー盤『アウトランドス・ダムール』、彼らが世に問うた最初の一枚である。
巷で何かと彼らの所作を書くにあたってレゲエ・サウンドを持ち込んだだの、到底トリオ(3人)とは思えないサウンドだとか決まって出てくるが、彼らはレゲエを意識したのでなく偶然と必然が重なり合いレゲエ風なリズムやビートとなっただけのことであり、トリオ故に生まれた無類のポリス・サウンドなのである。ドラムスのスチュワート・コープランドはプログレ・バンドのカーヴド・エア出身であり、アンディ・サマーズはアニマルズに参加したりスタジオ・ワーク中心に活躍、スティングはジャズ・クラブで腕を磨きそれこそディランからモンクやミンガスまでこなし、皆それぞれに溺れ狂っていた逸材達ばかりだ。そんな彼らが集まったことであのポリス・サウンドが生まれるとは誰も夢にも思うまい。過去を知る者にとっては信じられない奇跡の産物だったのだ。そして70年代後半に席巻したパンク・ムーヴメントにある意味乗っかってしまったことが大ブレイクのきっかけとなる。今となっては《乗せた》と言ったほうが正しいかも。
さて曲の方はというと<ロクサーヌ>に<キャント・スタンド・ルージング・ユー>は魔物と呼ばれるに相応しい名曲で、あらためて紹介はしないが書くに書ききれないほど聴いた事実はある。それらの巨大な影に隠れたし<ネクスト・トゥ・ユー>や<ソー・ロンリー>は、彼らもライヴから外せないほどの才能の賜でシアトリカルなナンバーだ。一か八かの捨て身の勝負に出た彼らに対し、僕らも捨て身でかからなければならないほど擢んでた存在だった。ラスト・ソング<マソコ・タンガ>は訳詩もない意味不明のナンバーだが、ゆっくりと時間をかけて燃えてゆく様は絶品。次なるアルバムで露わになる無重力なサウンドや、S・コープランドの超絶技巧なドラミングが息吹き始める瞬間を垣間見ることが出来る。
衝撃的な出遭いというものはそうそうあるものではないが、音楽シーンではそれが頻繁に起こり得るからアレもコレもとじっとしてられないのだ。ロックに限定してみれば後にも先にも彼らの衝撃を超えるものはなかったと記憶する。それはロックと思しき最初に買ったストーンズの《ホンキー・トンク・ウィメン》のシングル・レコードに針を落とした瞬間や、中学校の昼休みに放送部が流し聴いたビートルズの《アビー・ロード》と《ラバー・ソウル》、ツェッペリンとの神話に帰した文学的出会いも、ファンタジックな境地へと誘ってくれたキャメルにしても、大人ぶって手を差し伸べたザ・バンドやリトル・フィートは、夙成でない僕にとって時間のかかるものであって、アヴァンギャルドなフォリナーは驚くほど新鮮なポップ襲いかかり、トム・シュルツ率いる精密機械如きのボストンとの遭遇もすべてポリスの足元には及ばなかった。もうこんなバンドは出てこないかも知れない。
-NO.557-
【あいち技能プラザ・名古屋吹上ホール】
毎年11月恒例となった《あいち技能プラザ》は、地元の技能士たちがモノ作りの楽しさや尊さ、また技能士たちの社会的評価を高める目的で開催されている。いろいろな体験コーナーがメインとなっており、入場自体は無料。このパネルは段ボールへの印刷物で、カエルやトカゲを切り抜き陥没させリアル感を出している。ハッとさせられた作品だ。