いくつになっても夢見る少女でいてね | 新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景

独断と超偏見による、勝手気ままでええ事しか書かん日記のようなもんです。
まあるい形してて、音が飛び出してくるモノへの愛情表現です。
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某サイトの『ぺんたno座右の銘盤』、『続・ぺんたno座右の銘盤』の続編となります。


新・ぺんたno座右の銘盤withボクの新百景-skeeter davis
 私は津軽にある金木という町に何度か訪れたことがあるが、平日ともなると駅前だろうが斜陽館あたりにしても静まり返っている。ただし街中に流れ響く“津軽じょんがら節”の音以外は。やはり津軽だなぁと思わせてくれるのも一瞬で、そのうち耳に脳に居座ってしまってさあたいへん。そんな私が心配に思ったのは地元住民の方だ。大丈夫なんだろうか、毎日毎日これなんだろ。ところ変わってハワイに行ってもそうだったっけ? 昔ならともかく今じゃ常盤ハワイアンセンターくらいなもんか。ならばケンタッキーの山間やナッシュビルの街ではカントリーが四六時中流れているんだろか、行ったことはないがそうであって欲しいと思いを馳せる。ただし四六時中聴いていても懲りない飽きないとなると彼女しかいないだろう。スキーター・デイビス。

 私は“この世の果てまで”という1963年にスキーター・デイビスが大ヒットさせた曲にメロメロで、それを歌ったスキーターの甘酸っぱさにもちろん首っ丈だ。60年代のサウンドもさることながら、少女と大人の狭間を行き来するスキーターの歌声に胸が締め付けられる。本名メアリー・フランシス・ベニック、それこそ米国ケンタッキーに生まれ当たり前のようにカントリー・ミュージックに親しんできた。カントリー・シンガーには大先輩であるパティ・ペイジなどがいるが、ポップスとカントリーを、はたまたR&R風味を生かした内容はスキーターのお得意とするところ。ちょうど彼女が売れっ子だったころの1964年発表の『レット・ミー・ゲット・クロース・トゥ・ユー』は、何もかもが詰まったココロ弾むアルバムである。いいのはスキーターだけではない。時折聴き取れるアトキンス奏法は、若かりし頃のジョージ・ハリスン張りのギターでサウンドにふくよかさを加えている。よくよくクレジットをみやると、プロデューサーにはそのアトキンス奏法の御本人チェット・アトキンスがクレジットされているではないか。ならばアルバム中のプレーもそうなのかと、老いた眼を酷使し、さらに小さな文字を舐めるように見るが分からず仕舞い。

 どうしてもの3曲、「ディドント・アイ」は典型的なカントリー・スロー・バラードで、ちょっと舌足らずの歌いまわしが少女っぽくていいわ。とするとこの録音時のスキーターは幾つなのかといえば32歳なのだ。60sガールズ・ポップ全盛時代きに32歳はちと・・・。しかしカントリー界ではお歳は関係ない、そこがよろしい。キャロル・キング、ジェリー・ゴフィン作「レット・ミー・ゲット・クロース・トゥ・ユー」はスキーターによるキャロル節が聴かれる。ほんのちょっぴり声質も似ているようにも思うがどうでしょう。歌の内容は少女漫画のような大きな瞳を輝やかせながら、ネエネエ訊いてよ私の彼のことという風な純真な乙女ごころを綴った歌が目立つ。最後にボーナス・トラックとして3曲収録されており、なかでも「ハウ・マッチ・キャン・ア・ロンリー・ハート・スタンド」は埋もれていたのが悔しいくらいに、今ここにあることに、聴けることに嬉しさ倍増だ。そのお目こぼしは昭和歌謡にも通じるメロディで郷愁をさそう。

 ジャケットのスキーターを見れば分かるだろう。どう転んでもケンタッキーの青い瞳の善きお姉さんで、歌は夢見る少女そのもの。

 注)アトキンス奏法とはギターの6本の弦をベース音とメロディ音に二分し、ユニゾン効果であたかも2本のギターで弾いているかのように聴かせる演奏法。

-NO.536-


【ケンタッキー甲子園球場店】

 リニューアルした甲子園球場、まだまだ進化しつづけている。もちろん売店も綺麗にそして美味しくなって登場。さて道頓堀から引揚げられたカーネル叔父さんはでなくタイガースのユニフォームを着たカーネル叔父さんも大人気。いっそのことタイガースの次期監督にどうでっしゃろ。来春にはエコ球場として銀傘にソーラーシステムが配備されるよ。