第五章
【要約】
第一実体とは、何か或る基体について言われることもなければ、何か或る基体のうちにあることもないもの。第二実体とは、第一実体が含まれる種やその種の類。
例)特定の人間(第一実体、個)⊂人間(第二実体、種)⊂動物(第二実体、類)
基体について言われるものども(=第二実体や種差)は、名称も定義も基体について述語される。基体のうちにあるものどもは、名称の大多数と全ての定義において基体について述語されない。ただし名称についてはいくらかの場合では、基体について述語される。基体としての物体のうちにある白は、「物体は白い」という形で述語される。ただし、白の定義は物体について決して述語されない。
第一実体以外のものは全て、第一実体について言われるか、第一実体のうちにある。第一実体が存在しなければ、他のいかなるものも存在しない。
第二実体の中では種の方が類より一層多く実体である。
第一実体は最も多く実体である。
種同士や、第一実体同士では、何ものも他のものよりも一層多く実体であるということはない。
第一実体以外のもので、種と類だけが第二実体と言われるのは、種と類だけが第一実体を明らかにするからである。また第一実体以外の全てのものは第一実体に述語される、同様に(第一実体を除く)第二実体以外の全てのものは第二実体に述語される。これらは同様の関係である。
種差も、第二実体と同様の、基体について言われるが、基体のうちにないものに分類される。また種差は名称も定義も共に、基体について言われる。人間は陸棲的である、二足的である、と言われる。
手や頭などの実体の部分も実体である。
基体は、上位の全ての種・類、種差の定義を受け入れる。第二実体も種差も、その基体に対して、名称に対して定義が異なるという同名異義となることはなく、同じ定義であるので、同名同義的であると言える。
第一実体は「何かこのもの」を意味する。「白」のような質は「何かこれこれ様のもの」を意味する。それに対し第二実体は「何かこれこれ様の実体」を意味する。「白」は性質よりほかの何ものをも意味しないのに、種や類は実体についてのその性質を限定するからである。
実体自身は反対のものがない。
実体は「より多く」と「より少なく」を受け入れない。質には、より多く白いやより多く美しいなどがあるが、実体にはより多く人間である、などというものはない。
実体に特有なことは、数的に一つで同じものでありながら、変化することにより、反対なものを受け入れることが出来るということである。実体以外のものは、数的に一つで同じものでありながら、反対なものを受け入れるということが出来ない。
命題や判断は、真と偽という反対のものを受け入れているように見えるが、それは事柄があるかないかということによって真と偽ということが言われているのであって、命題や判断が反対のものを受け入れているわけではない。
【感想・考察】
基体のうちにあるものとは、基体にとって非本質的なものとして基体のうちにあるものということであり、基体について言われるものとは、基体の本質の説明のために使われるものであるといえる。
ソクラテスという基体のうちにあるものに「勇敢さ」があったとしても、ソクラテスは「勇敢さ」であるとは述語されない。ソクラテスは「勇敢である」、と表現を変えることで述語されることが出来る。ただ古代ギリシア語の場合では恐らく基体のうちにあるものに「白い」というものがあるとして、物体は「白い」、と表現を変えずに述語されることができるので、そのように表現を変えずに述語される場合が、「いくらかの場合」に当たるのではないかと思われる。ただし「白い」の定義を、仮に「光を強く反射する性質」だとすると、物体は「光を強く反射する性質」である、と決して述語されることはできない。
「市場にいること」という場所がうちにある場合は、ソクラテスは「市場にいる」と表現を変えることで述語されることができる。「2キュビトという長さ」という量がうちにある場合は、物体は「2キュビトという長さ」である、と表現を変えずにそのまま使えるのでこれは「いくらかの場合」に当たるのかもしれないが、ただこれは日本語でそうだからと言って古代ギリシア語でそうだとは限らないように思うので、何とも言えない。
第二実体(種・類)や種差は名称も定義も基体について言われる。ソクラテスは人間である、ソクラテスは理知的二足的動物である、と。第二実体の定義は種差+類の形で表されるが、属性(基体のうちにあるもの)の定義は、特にそのようなことも書かれていないし、恐らくそのような形では表されないのだと思われる。属性にも個や類はあると思われるが、個<種<類・・という階層構造では特に考えられてはいないのだろうか。
質は「何かこれこれ様のもの」、第二実体は「何かこれこれ様の実体」を意味する。第二実体はその下位の実体についてその性質を限定する。第二実体にも、質と同様に、「これこれ様」という性質があり、それは種差によって他のものと区別され、限定されるのではないかと思われる。
実体以外のものは、数的に一つで同じものでありながら、反対なものを受け入れるということが出来ない、ということだが、ソクラテスのうちにあるインフルエンザという質カテゴリーの属性があるとして、熱を帯びたインフルエンザ、冷めた状態であるインフルエンザなど、インフルエンザ自体が変化すると考えてはいけないのか。そうでなくそれらは実体のうちにある別の属性と考えられるので、属性に変化するものはないという考えなのか。属性は反対のものを受け入れないということであれば、それらは別の属性で、属性は変化しないという解釈となるか。