今日は普段あまりこちらでは触れることのないニュースになっているお話について私が感じたことを書こうと思います。
ニュースで大川小を襲った津波(http://memory.ever.jp/tsunami/higeki_okawa.html)の件の判決が出され、石巻市と宮城県が控訴を決めたことが報じられています。
一連の報道をみていて、何故遺族が裁判をするに至ったのかがイマイチ伝わってこなかったのですが
こちらのブログを拝見して腑に落ちました。
私自身、判断をした先生方を追及することには違和感を感じていましたが
それでも裁判をしないといけないと遺族が考えたのにはそれなりの理由があるのではと感じていました。
私はその時どんなやり取りがあり、避難先が決められたのかについて明らかにする責任が
学校や行政側にはあるように感じました。
それは少なくとも学校という場所がこども達が自分の判断で
行動することを制限されている場所である以上(先生の指示に従うことが求められる場所である以上)
適切なな意思決定の過程が必要であり、その判断した経緯を
説明する責任が学校・行政側にはあると感じたからです。
また、仮にその意思決定の過程が不十分であったのであればそれを踏まえて
生きている私たちができることを考える必要があると思いました。
先生個人を糾弾することは意味のないことだと感じますが
それは何があったのかを明らかにすることとは次元の違う話だと思います。
行政側は控訴をすることを決めたようですが、未来に繋がるものになればと思います。