博物館みたいな鶴来駅と廃線探訪 ビフォア北陸新幹線延伸・北陸旅7 | 日本中の駅を旅する 駅と駅舎のブログ

日本中の駅を旅する 駅と駅舎のブログ

 日本中の駅を旅したいというあなたのために、有名木造駅舎から無名のホームだけの駅まで、1駅1駅ご紹介して、各駅下車の駅めぐりをしている気分を味わっていただくブログです。
 空旅、企画旅、鉄道クイズもあります。

この時間は,私鉄乗り潰し旅をお送りします。

今回は、北陸新幹線敦賀延伸前に訪問した北陸の私鉄・3セク鉄道旅です。

本日は、北陸鉄道石川線の終着駅、鶴来駅周辺を探検します。

 

 

当ブログをご利用される際は、必ずこちらの記事「免責事項について」をお読みの上、ご覧くださいね。

では,ごゆっくり!

 

**********

 

 

 

 

 

 

 

鶴来駅に到着して、北陸鉄道石川線を完乗したところまでが前回のお話でした。
では、下車して駅舎に入ってみましょう。
 
有人駅でタッチパネル式の自動券売機もありました。

 
こちらの改札は現在は使われていないようです。

 
使われているのは窓口脇のこっちかな?

もしかしたら多客期にはラッチのある改札口を開放するのかもしれませんが、多客期があるのかも不明です。
 
駅舎を出ると、なんだか立派な石碑が…なんでしょうねえ。

駅舎は下見板張りの木造駅舎でした。
 
駅舎全景。

めちゃ風格のある駅舎ですねえ。
 
 

エントランスも立派、北陸鉄道の社紋でしょうか?

さて、今回はこのまま引き返しじゃなくて、ちょっと駅前を探検してみたいと思います。
平成21年まで運行していた、ここから加賀一の宮駅までの廃線跡と、昭和55年まで運行していた、鶴来駅から新寺井駅(現在のIRいしかわ鉄道能美根上駅前にあった駅)までの能美線の廃線跡を探してみたいと思います。
 
駅を出て駅前を右に進みます。

鶴来の町は、ここまでの沿線にあった金沢のベッドタウンというイメージとは違う風情のある静かな町ですねえ。
 
 

沿道をちょっと脇に入ると、鶴来駅の構内がよく見えました。
 
反対側を向いたところ。

現役路線みたいに線ろが残っていますねえ。
加賀一の宮方面へは、右にカーブした後、左にカーブ、まるでクランクのような線形で走っていました。
能美線は、右にカーブした後、直進して手取川を渡っていました。
 
では探検の続き、先ほどの川沿いの道を進み川を渡る橋との交差点を右に曲がります。
 
鶴来郵便局の前を通ります。

 
郵便局の駐車場から右手を見ると古そうな架線柱と架線が残っています。

この辺りまで、路線跡は残っていそうです。
 
突き当たりを、また右に曲がります。

鶴来駅前から、ぐるっと「コ」の字に歩いてきたことになります。
 
すると踏切の跡が…

奥左手が鶴来駅、このあたりで架線がなくなっています。
線路が残っているのが加賀一の宮方面、左の空間は能美線の跡地だと思います。
 
踏切跡の反対側、踏切の線ろも残っていますが、その先も草に埋もれて線路と架線柱が残っています。

ただ能美線の敷地だった部分は痕跡はなくなっていました。
能美線は、このすぐ先に本鶴来駅という駅がありましたが、石川線の駅はありませんでした。
 
その本鶴来駅跡付近から見た加賀一の宮方面の廃線跡。
石川線はここで左に急カーブするので、駅は設置できなかったのかもしれないですね。
能美線の構内はほとんど草に埋もれて分かりません、この先に手取川が流れています。
本鶴来駅の倉庫が現在も残っていると聞いていたのですが、どの建物か特定することはできませんでした。
 
先ほどの踏切に戻ります。
本鶴来の名前はバス停に残っていました。
奥に廃線跡の踏切、その向こうに「うどん こいしや」という看板が見えましたが、行列のできる人気店で、「うどん」意外にラーメンが人気のお店です。
私が通りかかったときも、行列ができていました。
 
では、来た道を鶴来駅に戻ります。
 
顔ハメパネルがあるんですが、この位置にあるのはちょっと微妙、でも駅舎をバックに撮れる顔ハメパネルって希少価値あるかもしれません。
到着したときは、すぐに駅前に出てしまったので、ゆっくり駅内部をご紹介しましょう。
 
駅の中は博物館みたいです。
小松線や金名線のものもあります。
北陸鉄道の路線の多くは1980年代に廃止されましたが、それまでは石川県内にたくさんの路線を持っていました。
 
車両の番号みたいなパネルはなんでしょう?
 
ありとあらゆるものが保管されているって感じ(*^O^*)
写真もあります。
 
こちらはさっき歩いて行った能美線の本鶴来駅近くの手取川鉄橋を渡る列車ではないでしょうか?

 
新西金沢駅は、とても広い構内があったんですねえ。
今の駅舎がある部分が構内だったなんて、それに国鉄とここでレールがつながっていたり、車両基地も以前は新西金沢駅にあったんですね。
 
野町駅も木造駅舎だったようです。
手前の道路の色が違う部分は市内線との連絡レールがあった場所なのでしょうか?
 
加賀一宮駅、廃止になるずっと前の写真ですね。
 
北陸鉄道の野々市駅は現在は棒線駅なんですが、かつては松金線の接続駅でとても広い構内があったようです。
これはびっくり。
 
あっ!野町駅をご紹介したときに登場した白菊町駅の写真がありました。
晩年は貨物駅だったんですねえ、跡地も特定されているみたいなので、いちど行ってみたいですね。
 
復路の列車の改札がはじまったのでホームに入ってみましょう。
 
この列車に乗りますが、その前に最後に構内撮影をします。
 
末端部、さっき逆に構内を撮影した小さな公園が見えます。
 
車庫です。
 
途中駅だった痕跡が全くない駅名標、末端部廃止後に設置されたのでしょうか?
では、往路で撮影に失敗した四十万駅と額住宅前駅の駅名標撮影にリベンジしながら復路の旅に出発したいと思います。

 

 
 
 
(令和5年6月撮影)
 
 
全国私鉄乗り潰し率
 
今日は徒歩移動だけでした。
 
90.120%

90.120%

 

 

 

 

 

 

 

 

北陸鉄道の駅訪問に便利なホテル

 

 

  野町駅

 

 

 

 

 

  鶴来駅