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連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

「今夜は熱帯夜になるでしょう」


 そう予報された金曜日の夕方、佳央理が冷えたシャンパーニュを持って我が家にやって来た。


 佳央理は家に入るなり、向日葵のような笑顔を私に見せた。


「ここちっとも悪くないですよぉ。木綿子さんちの物が移動しただけじゃないですか。木綿子さんの香りがする!」


 不本意な引っ越し先に学以外の人間を呼ぶのは、この日が初めてだった。


 佳央理は、両手に持った荷物を玄関先に降ろして「ふう」と溜息を声に出した。そして、日が落ちた後の蒸し暑い空気に閉口したといった顔で手に持っていたハンカチを振って顔を扇いだ。


「うち、暑くてごめんなさいね。建物が古いから熱がこもるみたいなのよ。今日みたいな日の夜は寝苦しくてたいへんよ」


「いいえ~、私が暑がりなのを木綿子さんは知っているじゃないですか。こんな真夏日は、エアコンが効き過ぎのレストランにいない限り、どこにいても暑いですよ」


「そうね」


 私は苦笑いを作りながら、フロアに置かれた荷物をダイニングテーブルに移動させた。まずはワインを冷やそうと思って、荷物の一つの細長い袋からボトルを出して驚いた。


「まあ、こんな高価なシャンパーニュ・・・」


 佳央理が持ってきたのは「比類なきシャンパーニュ」と言われているものである。オークの樽で第一次発酵をさせる手法がいまだに受け継がれ、世界的に賞賛されている高級ワインの一つだ。


「いいんですってば。引っ越し祝いなんですから~」


 佳央理は、ハンカチで品よく額の汗を押さえた。汗が多少落ち着くと、マーケットのペーパーバッグに入っている食材を出してテーブルに並べ始めた。


「このお刺身はカルパッチョ、それと、シャンパーニュに合うグレープフルーツとエビのサラダが食べたいから、このグレープフルーツはデザートではなくて前菜に・・・あ、このチキンはソテーしてさっぱりとレモンソースがいいな・・・」


 私はテーブルに並べられた食材を見て「あらまあ」と感嘆の声を上げた。そして、声を出して笑った。うれしそうに食材を取り出す佳央理が微笑ましかったのだ。


「あ・・・作るのは木綿子さんなのにごめんなさい」


 私の笑い声に佳央理はばつが悪そうなしぐさを見せた。


「いいのよ、いいのよ。私こそ唐突に笑ってごめんなさいね。佳央理ちゃんを見ていたら何だかほっとしちゃって」


「私にほっとしちゃうんですか?」


 佳央理は「思いの外」といった顔をした。


 私は、ただ笑みを返して、さっそくグレープフルーツの皮を剥き始めた。そして、あっという間に果実を取り出して、それらを小さなボウルに放り込んだ。次に海老の殻を剥き始めた。


「あ、そうか。私は食い意地がはっているからか。あー、早く木綿子さんのグレープフルーツのサラダが食べたーい」


 佳央理はそう言って屈託のない笑顔を向けた。


 私は、殻を剥いた海老の下処理をしながら言った。


「佳央理ちゃんの素直さにほっとするのよ。食い意地というよりも、食べたいって伝えらる素直さがいいのよ」


「それは、木綿子さんだから言えるんですよ。木綿子さんは私のリクエストに必ず応えてくれますもん。木綿子さんは優しいから甘えているだけ」


 佳央理は初めて来た家というのに、慣れた感じで製氷機の氷をテーブルにあったワインクーラーの中に入れた。そして、氷でいっぱいのバケツにシャンパーニュの帝王と言われるボトルを大胆に押し込んだ。


 でも、さっそくワインクーラーに入れたボトルを取り出して「喉が渇いたから開けちゃってもいいですかね」と私に尋ねた。そうやって許可を求める発言をしながらも、佳央理はコルクを抜く準備をしていた。


 私は声を出して笑った。笑い声と共に心の中に軽やかな風が流れた。


 佳央理の素直さというか正直さを目の当たりにすると、なぜだか癒されてしまう。うらやましく思う以前に癒されるのは、彼女のような人柄になれない自分を認識しているからだろう。私はおなかがすいていても、喉が渇いていても、素直にそう言えないことが多い。彼女のようになれないとわかっているから、その素直さに触れることで自分の不満や不安を解消しているのかもしれない。


 手際よく作った料理がテーブルに並んだ。佳央理は、自分のリクエストの料理をさっそく口に入れた。


「あー、幸せ。木綿子さんのこのサラダとこのシャンパーニュは最高に相性がいいわ」


 欲求に満たされた佳央理の顔はほんのり紅潮していた。その顔を見た途端、こらえきれず「うふふ」と低い声で私は笑ってしまった。


 すかさず、佳央理が「あら?」と私の顔を注視した。


「木綿子さんったら、怪しい含み笑い。思い出し笑いですかぁ?何かいいことありました?」


 何も気づいていない佳央理の様子がコミカルに思えて私はさらに笑った。


「佳央理ちゃんには隠し事なんてなさそうね」


 私は笑いが止まらなかった。


「え~、ありますよー。体のサイズとか~」


「いいえ、そういうことでなくて。ちょっと待って」


 私は、ワインを飲んで笑いを抑えた。


「あのね、佳央理ちゃんの素直さがあどけなくて思わず笑ってしまったの。あなたの素直さは作られたものではなく素だから。この世の中隠し立てする人が多いじゃない?佳央理ちゃんはそういうのがないから一緒にいてほっとするのよ」


「そうですかぁ?それって褒められているんですよね。木綿子さんにそう言われるとうれしいな」


 佳央理は、満面に笑みをたたえた。



 その晩、予報通りの熱帯夜だった。


 私はなかなか寝つけられず、何度も寝返りをうった。明日は早いから、と自分に言い聞かせて眠りに誘われようとするが、そうするとますます寝られない。


 すると、今日のあの場面がフラッシュバックのように現れた。私の台詞だ。


『佳央理ちゃんには隠し事なんてなさそうね』


 私は、寝返りをうってうつぶせになり枕を抱きしめた。


(私は・・・ある。たくさんある・・・)


 真っ暗闇の中に堕ちるしかない、と思った瞬間、男性の後姿が現れた。


(優也さん・・・?)


 優也さんらしき人物をデパートで見かけたあのシーンだった。


 私は、ベッドから下りてふらつく足元でライティングデスクに向かった。そして、デスクの上のスタンドライトの灯りを点けた。その眩しい光で暗闇を抜けた私は、一瞬にして目が覚めてしまった。


(いいわ。素直になって書いてみよう。優也さんになら書けるはず)


 私は、先日の下書きのメールを開けた。


 まず「プロローグ」とうった。



―プロローグ



―返信が遅くなってごめんなさいね。


―私の頑なな部分が優也さんを困惑させてしまったかもね。


―殻にこもった私でごめんなさい。


―今日ね、素直になれない自分に嫌気が差してしまったの。


―でも、今ふと気づいたの。 


―優也さんになら素直な自分を見出すことができるかもって。


―優也さんは「大人だから我慢する」って書いていたけれど、私は優也さんに対してなら我慢はしない。


―私は大人だけど、優也さんとの間では大人でも子供でもない。


―だって、私たちの関係は嘘かもしれないし本当かもしれないバーチャルの中で生まれたものでしょう?


―だから、ためらっていたメールを送ります。


―プロローグに続くメールは先日うって送るのを躊躇して下書きボックスに眠っていたものです。


―というわけで、バーチャルの世界の中で私の物語の幕を明けます。



私は、下書きを直さなかった。下書きが木川の説明のところで終わっていたので補足をした。 



―以上が、先日うったもの。


―ここから今日のメッセージ。



―父の友人とのこんがらがっていたものは無事解けました。


―私の中での混乱が少しずつ収まってきているのは、こうして自由に自分を放てる場所ができたからかもしれない。


―だから、優也さんも「大人だから」って我慢しないで。


―ここは誰も知らない二人だけの世界だから。



―木綿子




 私は「二人だけの世界」という文字に、どきっとした。


(そういえば、私は男性には二人だけの世界に閉じ込められることが多い。父にしろ、木川にしろ、学にしろ。そうして、操り人形となる)


 私は、迷うことなく送信ボタンを押してメールを送ると、すぐにコンピューターをシャットダウンした。自分の書いたことに対して言い訳や後悔がしたくなかったから。


 そうして、スタンドライトを消してベッドに横になった。


 暗い静かな部屋に横たわる私の中で「操り人形」という声がこだました。


(いいえ、操り人形になるのではなく、操り人形を演じているだけ・・・もしかしたら、操られるふりをすることで相手を翻弄しているのかしれない・・・)






To be continued・・・   Written by 鈴乃

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