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連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

「うわ、何だよ、これ」


 シャワーを浴びていたはずの学の声がベランダに届いた。


 洗濯物を取り込んでいた私はその声に驚いて、手に洗濯物を持ったまま慌ててキッチンに戻った。すると、髪からまだ水が滴っている学が冷蔵庫を開けて呆然としている。


「あ、ビール?野菜室に入っているわ」


 学が冷蔵庫を開けると思わなかったので、内心は緊張しながらも冷静な調子でそう言った。


「どうすんの?こんな買って・・・おう、何だよ、野菜室も満杯じゃないか」


 私は返答に口ごもってしまった。


(どうすんの?って・・・使うから買ったのよ・・・)


 そう言いたかったけれど言えなかった。


 シャワーを浴びたばかりの学が、しかめっ面で冷蔵庫の中身を探っている。その様子を見て、私は苛立ちに近いものを感じた。


(だって、どうして、からだも髪の毛も拭かないまま冷蔵庫を開けたの?)


 キッチンのフロアが学の足跡で濡れていた。私がベランダにいるのを察知して、慌てて出てきたのだろう。苛立ちからくる反抗心があったが、それよりも探るようなその陰湿なものに小さな恐怖を感じた。


「すっごい食材でしょ。よくも冷蔵庫に収まったわよね」


 私は、反抗したい自分を抑えておどけた口調で言った。そうして、顔色を見られないよう背を向けて洗濯物を持って寝室に戻った。


「この、よくも収めた物で何するわけ?」


 学の声が聞こえたが、慌しくベランダのサッシを閉めることで聞こえないふりをした。すると「ふうん」と意地の悪い声が聞こえて缶ビールの蓋を開ける音だけが響いた。


 私は心を整えるために寝室で黙々と洗濯物をたたんだ。この怯えるような顔を見られたら、学のつっけんどんな態度はヒートアップするに違いない。


 私が怯えているわけは、学に知らせず料理教室を再開するからである。急遽生徒を集めたので、報告することができなかったのだ。学は自分のテリトリー外に私がいることを非常に嫌がるので、今回だけは内緒で穏便に終わらせるつもりだった。


「クライアントが増えて忙しいから今週は会えない」と言っていたので、まさか今週の、しかも日が暮れる前にここに来るとは思わなかった。意図はないのだろうが、学はこうして不意に家にやって来ることが何度かあった・・・いや、もしかしたら意図があるのかもしれないが・・・


 私は、息の音をさせないように深呼吸をした。そして、たたんだ洗濯物の中からタオル類だけを持ってキッチンに戻った。学はダイニングチェアに座って無言でビールを飲んでいる。


 私はたたんだばかりのタオルをダイニングテーブルに置いて、その中の一枚を手にとって広げた。そうして、学の後ろに回って「まだ濡れているわ」と彼の背中と髪を丁寧に拭いた。


「明日、急遽お教室を再開することにしたの」


 私は背後から静かにそう言ったけれど学は無言だった。明らかに「気分を害した」といった態度である。私は沈黙に耐えて、学の背中から水の滴がなくなっても撫でるようにやさしくタオルでからだを拭き続けた。

 


―優也さん


―おはよう。


―今日は早朝から忙しかったの。


―今、会社勤めの人たちが会社に出かける時間帯だけど、私はもうかなりの仕事をこなしてます。 



 外から聞こえた小さな物音に私の胸の動悸がうってメールをうつ手を止めた。そして、慌てて玄関ドアのチェーンをかけた。仮に学が急に戻ってきても「部屋に風を通していた」と言い訳するために、ドアを少し開けてドアストッパーで固定して。


 そう、今さっき、会社勤めの学が家を出たばかり。


 実は、昨日からメールをうちたくて私はうずうずしていた。そんなわけで、会社勤めの人が出かける時間帯を心待ちにしていた。


 最近現れた不思議な感覚。


「屈託のない空気感がとても好きで癒されてる」という優也さんのメールの文面が心のどこかでふわふわと浮いていて、それを捕まえるたびにからだの力が抜けるような・・・


 この私の心の揺れはまるで恋をしているような錯覚を与える。


(そう、錯覚なのよ)


 錯覚であってもそれは勢いよく何かが芽吹くよう。


 昨夜、学が私に傷をつけたことも忘れるくらい、気持ちは高揚していた。



―というわけで、コーヒーを淹れながら気分転換にメールをうっています。


―もうすぐコーヒーが入るわ。


―いい香り。



 コーヒーメーカーの音がかわってきた。そろそろコーヒーが入る。



―さて、コーヒーを飲む前に発表します。


―今日は記念すべき日なの。


―引っ越し先で初のお料理教室です。


―前の家と違うラグジュアリー感のまったくない家での再開。


―集客はアシスタントを務める友人がしてくれたのだけど、生徒さんの反応がこわい、というのが正直な気持ち。


―でも、私には優也さんという味方ができたことで、教室を再び始めることを決心ができたの。


―だから、発表と共にお礼の言葉も述べさせてね。


―ありがとう。


―優也さんのおかげでやる気が出てきちゃった。


―そんなわけで、今日は太陽が昇る前から準備に勤しんでいました。


 
 コーヒーメーカーの音が止まった。コーヒーの香りのする方に振向いたときに首に痛みを感じた。


(嘘つき・・・やる気が出たからって準備に勤しんでいたわけじゃないのに)


 痛む首を押さえて、昨夜のことを思い起こした。


 私は、学が寝静まってから料理教室の準備をしていた。そっと静かに作業していたので、起こすつもりはまったくなかった。


 ところが、寝ていたはずの学が背後に現れて、強い力で腕を引っ張られた。そうして寝室に押し込まれ、ベッドに倒された。私は無駄だと思いながらも拒んだ。どうせ、乱暴に衣類を剥がされてしまうといつものように受け入れてしまうのだから、拒否しても無駄なのをわかっていたのに。


 少しだけ我慢すれば、学の怒りは収まる。だって、いつもの学はやさしい人だから・・・そう思って不本意な交わりに耐えていたら、学が私の首を絞めたのだ。


 手加減しているのはわかったけれど、恐怖と苦しさで目の前が真っ白になった。私は猛烈な抵抗力で学の手を外し慌ててからだを起こして座った。


 咳き込みながら呼吸を整えている私の背後から私を抱いて「ごめん」と学は言った。私は声を出せなくて、ただ首を大きく横に振った。咳き込みながら大粒の涙がこぼれた。


「ごめん・・・木綿子、ごめんね」


 学はそう言ったけれど、私は返答せずに放られた衣類を拾って裸のままキッチンに戻った。


 そんなわけで、昨夜は寝室に戻れなかった。


「何もしないから、僕の隣で寝ていてくれよ」


 学はやさしい人に戻ってそう言った。けれど、私は準備を理由に寝室に入らずキッチンで朝を迎えたのだ。


 学の唐突に出てしまう激しい色は、自分の暴力や暴言で抑えているということを、繰り返しの中で私は理解してる。その激しいものを一度発散すれば、私を大切にしてくれるやさしい色に戻るのだ。わかっているから、激しい部分が出ても私は我慢することができた。


 まるでオセロのようだと思う。白い駒がたくさんあっても、一つの黒い駒の登場ですべてが黒に裏返る。ボード上が黒駒ばかりになると学の精神は収拾がつかなくなる。学はそれを挽回するためにゲームを放棄してボードがひっくり返して、改めて白い駒を並べるという自分本位な方法で落ち着こうとする。


 ボードをひっくり返すことは簡単だ。でも、簡単であっても対戦しているお互い同士が傷ついてしまう。 



―ねえ、


―この前のメールでどんなことでも話してってあったわね。


―ならば、唐突な質問も受け付けてくれるのかな。


―オセロの駒。


―四隅に自分の色の駒を置くと優勢になるわよね。


―でも、私は勝ちたくもないし負けたくもないから、四隅に駒を置くことよりも相手の様子を探って駒を置きたい。


―白い駒と黒い駒が、バランスよく並んでいたらそれでいいと思う。


―引き分けが一番平和でいいと思うのよ。


―人で例えると・・・


―自分の中の弱い部分と強い部分が同じであれば、バランスがとれて平和なのではないかしら。


―人はバランスをとることが大切と思うの。


―優也さんは、バランスがとれている人。


―あこがれます。



 私は「あこがれます」とうって手を止めた。しばし、考えた末に続きをうち始めた。



―さらにもう一つ。


―優也さんを困らせる質問でないことを祈るわ。


―優也さんにはご家族はいるの?


―ご家族ってお父様やお母様のことではないわよ。


―美人な奥様や可愛いお子さんがいるのかしらってこと。



 私は、まず優也さんの家族構成を知りたいと思った。


 ずるいけれど、もしも独身であれば「私には別居中の父がいるだけ」と返事しようと思った。


 でも、既婚者であったら「不利になるとオセロのボードをひっくり返してゲームを終わらせる子供のような人ともうすぐ結婚します」と正直に書くつもりでいる。



―さて、気分転換になったからそろそろ準備を再開しなきゃ。


―今日のお教室がうまくいきますよう。


―西の空から見守っていてね。



―木綿子
  


To be continued・・・   Written by 鈴乃

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