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連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

 やさしい歌声が頭の中で響いている。


(誰の歌だったかしら・・・)


 心地よいリズムを感じつつ不思議な空間を彷徨っていたところ、いきなりシーンがかわって現実に引き戻された。


 私は自分が寝ていたことに驚いて目を見開いた。歌声は佳央理の鼻唄だった。私はどうやらソファでうたた寝していたみたいだ。


「あ、木綿子さん、お目覚め~」


 佳央理が食器棚にワイングラスを収めながらこちらを見て笑った。


「いやだわ。寝ていたなんて・・・」


「疲れていたんですね」


 私は返答に窮した。いくら疲れていても、人前でうっかり寝てしまったことなど、いまだかつてないことだから。


「そうなの、疲れていたの」と言えば済むことである。でも、昨夜なぜ寝られなかったのか、など言い訳したくないし、学がこわくて同じベッドに入れなかった、なんて誰にも言えないことだ。


 私は秘密の小箱に言い訳を無理矢理押し込んで、何事もなかったかのようにソファに沈めていたからだを起こした。昨夜の嫌なことがちらちらと頭をよぎって少しだけ顔がこわばった。


 でも、佳央理の目に映る私は、うたた寝から目覚めたばかりの単なるお疲れの人なのだ。私のつらそうな顔には気づかず、食器棚の扉を閉めて「よし、終了」と元気に言った。


「佳央理ちゃん、ありがとう。片付けてくれたのね」


 昨夜一睡もしていないのに少し寝てしまったせいで、起き掛けのからだがだるく感じる。でも、目覚めと共に達成感のようなものが包み込んで、からだは重くとも軽やかな何かがだんだん浸透してきた。


「木綿子さん、今日の成功をお祝いしましょうよ」


 テーブルを見ると、フルートグラスが二客置かれている。


「大成功でしたね。木綿子さんの心配が無駄でよかった。教室がますます人気になったような気がします」


 佳央理は、冷蔵庫に冷えているハーフボトルのシャンパーニュを取り出した。この小さなボトルは、教室の後で二人が飲むワインとしていつも常備しているものである。


 コルクの金具を取りながら佳央理が小さな声でつぶやいた。


「木綿子さんの最初の挨拶が素敵だったな」


 私の最初の挨拶・・・事実と本当に自分が思っていることを素直に言っただけのことだ。


 教室が以前より来づらい場所になってしまったことと前の家よりも狭くて不便をかけることのお詫び、そして、こんな状況になっても自分がやりたいことは心から人々をもてなすことであることを私は伝えた。


 からだが気怠くて佳央理のつぶやきに反応できなかった。すると、今度はつぶやきではなく、私に向かって佳央理が言った。


「木綿子さんが『目で見えることばかり追っている自分から卒業しました』って言った時、拍手喝采でしたね。私も心から拍手しました。思わず涙が出ちゃいましたもん」


 私は、閉じていた瞼を開けた。


「こうして再開できたのは、佳央理ちゃんのサポートのおかげよ。本当にありがとう」


 佳央理は私の返答に「えへへ」とかわいらしく笑った。


 そうして、手際よくコルクを開けると言った。


「やっぱり、木綿子さんという人物が重要なんですよ。人の温かいオーラって、立地やラグジュアリーな空間にも勝るんですね」


 グラスに液体が注がれる音が微かに聞こえる。私はゆっくり瞼を閉じて何かの映像を追った。


 それは、私の世界で生きる優也さんの後姿だった。振り向いてほしいのに振り向かない後姿。でも、なぜだかそのシーンに癒される自分。


「木綿子さーん、どうぞ」


 佳央理の合図でやっと立ち上がって、ダイニングテーブルに移動した。



―優也さん



―仕事を終えて一杯やっているころかしら。


―まさか、仕事の意欲が出なくてまだスターバックスにいます、なんてことないわよね(笑)


―夜の帳がおりて大人の時間よ。


―例のバーにいるの?


―私も優也さんのいる神戸のジャズバーに行きたいわ。


―優也さんと話したいことがたくさんあって、メールに書ききれない。



―東京に来る機会があったら、本当にマンツーマンでお料理を教えるわよ。


―いいえ、お料理教室ではなくて、私が優也さんをおもてなしするわ。


―お礼にね。


―私の味方になってくれているお礼がしたいの。


―優也さんとこうして文章を通して触れ合えること、私にとってとても大切なことだから。



―でも・・・


―会いたいけれど・・・


―私たち、会わない方がいいのかもしれない。


―こうして見えないお互いの姿を追って相手を思っている方がいいのかもしれないわね。



―では、その優也さんが見ることができないバーチャルな存在の私が、私からも見えないバーチャルな存在である優也さんに宛ててお知らせです。


―今日のお教室は大成功でした。


―生徒さんたちは大満足で帰られました。


―次の予約もしてくれたのよ。


―それに、今日の生徒さんの伝でさっそく問い合わせがあったの。


―すごいことだわ!ってアシスタントのお友達と大喜び。


―張り切ってお教室の開催日を増やすことにしました。


―狭くなって人数が入れないから、日程を増やすことで生徒さんの要望に応えたいと思って。


―今回、生徒さんに支持されて気づいたわ。


―意外にも私は発信者だったの。


―発信するのであれば、自分の状況がどうであれ、自分の中のくだらないものを捨てて行動しなければならない。


―見栄や体裁を捨てたからこそ得られた大切なこと。


―美しいものや、お金のかかったものは素敵に決まっている。


―でも、目に見える素敵なものよりも素晴らしいものは、目に見えない心で感じる美しさ。


―それを伝えるのは勇気のいることだった。


―でも、発信者であるのならば、勇気を持たなきゃ何も広がらないわ。


―私に必要なのは、勇気と後押ししてくれる人だった。


―私を否定する人、もしくは引き止める人たちとおつきあいするのはもう懲り懲りよ。


―優也さんとメールを始めてから、勇気のある自分が生まれたの。


―そして、私を後押ししてくれた。


―下を向いていないで前を向いて歩こうって思うようになったのは、優也さんという味方ができたからよ。


―これからもバーチャルな部分で私の大切なパートナーとなって交流させてね。


―というわけで、西の空で私のために乾杯をしてやってください。


―取り急ぎ、お礼と報告まで。



―木綿子



 コンピューターをシャットダウンしてから、側にあった携帯電話を手に取った。



―今日は佳央理邸で打ち上げになりました。


―たまには広いお風呂に入りたいから泊まってきます。



 私は、学に宛ててメールを送ると、さっさとシャワーを浴びて部屋の電気をすべて消して横になった。居留守を使うために携帯電話の電源も切って。


 たぶん、学は今夜ここに来るつもりなのだ。昨夜の出来事を消化しきれていないだろうし、料理教室がどうなったか様子を聞きたいに違いない。


 今日は学と会いたくない。


 今の私は、学を受け入れることはできない。昨夜のことというよりも、今日の優也さんのメールを読んでから、優也さんの幻が私の中に四六時中登場している状況だから。


 優也さんの家族構成を知ったというだけで、いきなり彼の見えない生活が私の想像の中に現れ出した。そうして、その勝手な推測から生まれたものが映像として現れるたびに、胸が押しつぶされそうな気持ちになってしまう。


(心に蓋をしているからつらいの?)


 目を閉じたけれど、眠ることができなかった。私は現実の世界の扉を閉めずに回想を始めた。


―ぼくを上手に利用して実際の自分の生活にやさしくなれるならそれが一番いい事なんだ・・・


 優也さんのメールの文面が誰かの声によって小さくこだまする。誰の声なのだろう。聞いたことのない作られた男性の声が響いている。


 私は、その一文が気になって、それで、自分の思いに蓋をしてしまったのだ。


(だって・・・優也さんを利用して、私の東京の生活を整えるってことは、優也さんは、私の側に現れないということ・・・)


 今日の私のメールは無理して背伸びしている自分だった。傷つくことがこわいから、何でもわかっている大人のふりをして逃げ切った感があった。その上、自分から先に「会わない方がいいのかも」とメールに書いた。本当は会いたいのに。


(ううん、会うのはだめ。だって、所詮、バーチャルなのだから)


 私は投げやり的な結論で自分の気持ちをまとめた。


 すると、ほっとしたような安堵感が生まれて、やっと現実の扉を閉めて顕在意識を休ませる楽な世界へと向かった。



To be continued・・・   Written by 鈴乃

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