ジリジリと照りつける日差し。
暑さをしのぐように、薄い白のストライプ柄のネイビーのジャケットを右手の人差指で右肩にかけるように持ち、神戸の街を元町から三ノ宮へと歩く。空を見上げると、快晴と呼ぶにふさわしい真っ青な空が広がっている。
今日はグレーのチノパンに茶色のウィングチップの革靴という少し軽いスタイル。東京へ行く時はキチンとスーツを着るが、地元の神戸を営業で廻る時は、比較的カジュアルな印象の服装を選ぶ事が多い。東京へ行く時も神戸を廻る時も変わらないのは左手に持っている少し重厚な雰囲気のあるバーバリーの黒革のトート。これはとてもぼくらしい空気感のある鞄で、とても気に入っているんだ。
大丸神戸店を出たぼくは北へ向かい、そのままセンター街に入った。
時間はまだ午後2時をすぎたところ。もう今日は商談の予定を入れていないので、久々に恭介のカフェでゆっくりすることにした。
恭介の店は、三ノ宮センター街にあるジャズカフェだ。カウンター6席とテーブルが4卓の小さなつくりだが、こげ茶のアンティークな家具で統一されていてとても落ち着く店だ。店の奥にはぼくの背丈ほどもありそうな大きなJBLのスピーカーが鎮座している。こいつがなかなかいい音を出す。
カランカラン・・・
ドアの上に付いている鐘を鳴らしながら店に入った。ウェイトレスの愛ちゃんと笑顔を交わし、ぼくはいつものカウンターの左から二番目の席に座る。恭介がコーヒーを作る位置に一番近いから、というのがそこに座る理由だ。
「よっ」、ぼくが声をかけると、後ろを向いてジャズのLPを探していた恭介が振り返る。
「またサボ茶かぁ?真面目に働けよ!哀しき日本のサラリーマン!わははは。」
そうからかいながら、ぼくの方に身を乗り出して、自信満々にこう加える。
「この前持って帰った神山(しんざん)って豆、美味かっただろ?」
「あぁ最高だったよ。さすが恭介セレクトだ。」
ぼくがそう言うと、恭介はまんざらでもないような顔をして、コーヒーを作る体制に入った。
少ししてウェイトレスの愛ちゃんがおしぼりとお冷を持ってくる。
「最近、薫さんと雪ちゃん見てないですね。元気にされてるんですか?」
「あぁ、2人とも元気。雪は最近ますます薫に似てきたよ。しぐさとか表情とか・・・。ときどきドキッとする時があるよ。」
「へぇ雪ちゃんも立派なレディになってきたんだ。じゃその内、カレシでも連れてくるんじゃないの?」
ぼくは不意をつかれて、目の前にあるお冷の入ったグラスをたおしそうになった。
「もう愛ちゃん、それは禁句だよ。禁句。」
少し動揺したぼくを半笑いしながら恭介が入れたばかりのコーヒーを差し出す。
「おい優也、お前薫さんと仲良くやってるんだろうな?」
「それなりにね。まぁどこの夫婦ともかわらないよ。たぶん。」
今日は珍しくお客様が多く、恭介も愛ちゃんもしばらく接客に追われていた。
店内にはビルエヴァンスとジムホールのデュオアルバム「Undercurrent」が流れ、ぼくもしばらくはゆっくりとジャズに耳を傾けていた。
アルバム4曲目の大好きな「ROMAIN」が流れてきた。
ぼくはバーバリーのトートからiPadを取り出し、テーブルの上に置く。仕事のメールをチェックしていると、昨夜遅くに木綿子さんからのメールが入っていることに気付いた。
何かしら悩んでるような・・・そんな内容のメール。
幸せなんてこんなもんだよ、なんて有識者ぶったような事を言うつもりもないし、かと言って何かしらぼくが木綿子さんにしてあげられるような事もない。
もう一歩深く踏み入って、何をどう悩んでるのか聞いてみてもいいのかもしれないが、あまりにそれはまだはばかられるような気がして、ぼくはその部分をサラッと読み切った。
幸せの価値観は人それぞれにあるものだ。
薫はいつも平凡というものに幸せを感じることができるのが一番いい事だと言う。でもぼくにはまだまだ自分の野望や欲望みたいなものが心のどこかにあって、常に、こんなんじゃない、このままじゃいけない・・・という気持ちに追い込まれてしまうものだから、まだ薫の言う平凡という言葉に対してどこかで抵抗する自分がいる。ある意味、ぼく自身も幸せというものをよく理解できていないのかもしれない。
木綿子さんのメールはその後は、ぼくたちの出会いのシーンについて書かれていた。
ぼくはあの日、営業で銀座のデパートを訪れていた。
五階のインテリア売場で担当のマネジャーと打ち合わせをした後、併設されているギフト売場を抜けてエレベータへと向かっていた時に、通路に落ちている黒い革の手帳を発見したんだ。
すごく質のいい高級感のあるビジネスマンの持ちそうな手帳ですぐに手にとってみたら、革の部分にゴールドで「Yuko」と刺繍されていた。
なんだ、女性のものなの?この手帳?と少し違和感があったのを思い出す。
ぼくはその手帳をすぐにさっきまで話していたインテリア売場の担当マネジャーに、「通路に落ちてたよ。すぐにアナウンスしてあげて」と言って手渡したんだ。
後日、銀座のデパートのインテリア売場から連絡があって、「手帳の持ち主がお礼を言いたいらしく、相原さんから連絡してもらえますか?」と、メールアドレスを受け取った。
ぼくはその時に「丘木綿子」という名前をはじめて知った。ゴールドの刺繍がすごく印象に残っていた。
あの日の事を思い出しながら、ぼくは木綿子さんへ返信を書き始めた。
- 木綿子さんへ
- 昨夜木綿子さんがメールくれた時は家にいたけど、今はジャズカフェにいます。
- 今なら新幹線あるよ (笑)
- って、今の時間は木綿子さんは料理教室でもしてるのかな?
- メール読んでたら、あの手帳を拾った時の事を思い出しました。
- あの日は、営業であのデパートに行っててね、商談が終わって帰ろうとエレベーターに向かっている時に通路に落ちてたのを見つけた。
- 黒い革の高級感のある手帳だったから、パッと見た時はすごくデキるビジネスマンを想像したんだよ。
- ぼく自身が黒革が好きなので、同じような男性のイメージを持ってしまったんだろうね。
- でも実際に手にとってみると、「Yuko」という女性の名前の刺繍がされてたから、ちょっと笑ってしまった。
- えっ!女性かよ!・・・って(笑)
- で、売場の人に預けてぼくの中では終わってたんだけど、後日売場から連絡あって、木綿子さんにメールをする事になった。
- まぁ確かにロマンティックな出会いではないよね(笑)
- > ねえ・・・私たち、いつか、会える日が来るのかしら。
- さぁ、どうだろうな・・・。
- でも会うならデパートの五階がいいかな(笑)
- 生活してると、色んな悩みあるよね。ぼくも辛いことばっかり。
- それでも何かしら得ようと思うから、今を一生懸命生きようと思う。
- たぶんね、答えなんて無いんだよ。
- 人生そのものが自分探しの旅のようなものだから。
- もし早く見つけることができたら、その人はラッキーなんだろうと思う。
- 探そうと一生懸命生きることで、見つかるものなんじゃないかな。
- それが死ぬ間際かもわからないけど・・・。
- まぁぼくでできる事があったら、何でも言ってよ。
- じゃね。
- 優也
「何にやけながらメールうってるんだよ!」
突然の恭介の言葉に、少しうしろめたい気持ちを感じながらぼくは愛想笑いでこたえた。
店内にはアルバムラストの「My Funny Valentine」が流れていた。
To be continued・・・ Written by 琉咲 凌