連載小説「ペンフレンド」 -17ページ目

連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

「木綿子さん、これって食洗機はやばいですよね」

 キッチンのシンクの中に積み重ねられた食器の中から、佳央理がガラスプレートの一枚を取って私に示した。

 そのガラスプレートは、イタリア製のハンドメイド。縁にゴールドの塗装が施されているゴージャスなガラスプレートで、先ほど終了した私の料理教室で、チャージプレートとして使用されていたものである。

「あ、それは手で洗ってちょうだい」

 私は、ダイニングテーブルにかけられていた麻のリネンをまるめながら答えた。

 佳央理は「はーい」と言うと、簡単に食器の汚れを取りながらそれらを選別してキッチンに備え付けられた食器洗浄機に並べた。

 佳央理は、私が外資系航空会社のフライトアテンダントだった時の三級下の後輩。佳央理は、大学病院に勤める篤と結婚して二年前に寿退社。今は専業主婦である。

 二人がフライトアテンダントだった頃は、先輩と後輩の間柄でありながらも、仲良し姉妹のように、滞在先の諸外国の街を闊歩しながら楽しい時間を共有してきた。しかし、私が、年々衰える耳管機能により、航空性の耳の疾患を患ったことが原因で退社してから、二人は疎遠になった。

 そんな二人が再会したのは、佳央理夫婦が新居に越してきた日である。なんと、佳央理が結婚と共に越してきた家は、偶然、私の住まうマンションだったのだ。

 そうして、佳央理は、私のの自宅で開催している料理教室で私のアシスタントを務めることとなった。

「ここ・・・越しちゃうの、もったいないですよね」

 佳央理が食器洗浄機に洗剤を入れながらつぶやくように言った。

「そうねぇ。次の家は食洗機なんてない家だから、おいしいものをたくさん作るほど、食器を洗う手間が増えてしまうわ」

 私は、くすりと笑った。

 佳央理は、笑う私に少しだけ焦れったく感じるような面持ちになった。

「木綿子さん、もう少し、猶予を頂けばよかったのに」

「猶予?」

「だって、学さんと暮らすのは秒読みなんですから。それまででもここに住まわせてもらうとか・・・木下さんなら、お願いすればそうしてくれたと思います」

 私は、驚いたような顔で佳央理の顔を見ると、まるめたリネンを両手でぎゅっと握って憂いに沈んだ顔をした。そうして、下を向くと、首を横に振った。

 木下という人物は、医者が住まうようなこの高級マンションに私を住まわせてくれた人である。フライトアテンダントを辞めてから定職に就かない私に、資金の支援をしてくれていた人であった。

 私と木下の間には、二人に纏わり付く複雑な問題があった。私は、そのこんがらがった糸をほぐすために、木下との関係に終止符をうち、学との結婚を決意したのだ。

「もういいのよ」

 私は、無理に笑顔を作ったが、その顔は哀しみで沈んでいたと思う。

 私のその様子を見た佳央理は、私を思う気持ちが仇となったような気がしたのかもしれない。思わず目に涙をためた。

「ごめんなさい。木綿子さんがそんなことできないってわかっているけれど・・・でも、私は、木綿子さんが心配なんです。学さんに甘える選択もあるというのに」

 私は、無言で首を横に降った。

 木下は、経済界では名の知れた実業家。孫がいる木下の年齢と家庭環境を知る者たちからしたら、私たちは道理をはずれた関係の男女に見えて当たり前である。

 でも、木下はそんな周囲の風評は一切気にせず、私を守ってくれた。なぜならば、私は木下の学生時代の親友の一人娘だからである。

 このマンションも「これは、君個人への出資だ。ここを拠点に何かやってみなさい」と与えられた部屋である。そうして、私は得意の料理を生かして料理教室を始めた。

 正当な付き合いであるのだから、堂々としていればよかった。でも、私は、いつの日からか、堂々とできない自分になっていった。木下が、自分に別の愛情を持ち始めたことに気づいたからである。

 佳央理が言った。

「私、周りがお二人の噂をしているのを聞くと、弁解したい気持ちでいっぱいでした」

 佳央理は、私と木下の関係を知る唯一の友人だったが、私の口止めで、二人の真の関係を外に漏らすことができなかった。

 しかしながら、佳央理は、私が木下の愛を一人で抱え込む苦しみには気づいていなかった。

「木綿子さん、私に何かできることがあったら、何でもしますから」

 佳央理がそう言うと、私は「ありがとう・・・」と言って小さくうなずいた。

「佳央理ちゃんには、今後もアシスタントをお願いしたいわ。同じマンションではないし、今度の家はかなり手狭だから、ちょっと不便になっちゃうけど」

 佳央理は、私の発言に笑顔を向けた。

「木綿子さんのご依頼ならどんなところでも行きますってば」

 そう言ってから、佳央理の顔は曇った。

「でも、なぜ、学さんの家に越さないんですか?どうせ、もうすぐ結婚するのに」

 私は、ただ微笑むだけだった。

「心の整理をする時間が私には必要なの」

「それって婚約を解消する可能性があるってことですか?」

 私は、困ったような顔をした。

「私にもわからない。現状が正しいのか否か・・・いろいろ考えると途方に暮れてしまう。だから、一人になって整理がしたいのよ」

「学さんは、木綿子さんが越すことをどう思っているんですか?学さんは、木下さんの存在を知らないんですよね?急に引っ越すなんて理解できないと思います」

「大丈夫。賃貸の契約が終了したって話してあるから」

「木綿子さんが、小さなアパートに引っ越すなんて、学さん、ショックだと思いますよ。そこの辺りは何て言ったんですか?」

「そうよね。かなりの都落ちですもの」

 私は、そう言って「ふふふ」と笑うと、カップボードの扉を開けた。

「笑っている場合じゃないですよ。このカップボードも処分しちゃうなんて」

 佳央理は、また「もったいない」とつぶやいた。

 口を尖らせる佳央理に、私は「佳央理ちゃん、お願いがあるの」と、優しい声色で言った。

 そうして、イタリアンクラシックスタイルの象嵌細工のカップボードからフルートグラスを取り出した。

「私の新しい生活に向けて乾杯してくれるかしら。このお祝いは、あなたとでないと」

 そう言って、私は、冷蔵庫に冷やしてあったボトルのコルクを抜いた。

 ポンというくぐもった吐息のような品のある音が、キッチンに響いた。


― 優也さん


― 笑っちゃうわ。

― あなたの言う通りよ。今、お料理教室が終わってコンピューターを開けたところ。

― もしかしたら、優也さんって遠くが見える千里眼の持ち主?笑

― 今日はね、クレソンのムースが生徒さんたちに好評だったわ。私のお料理教室は、ワインに合うおもてなし料理が中心なの。ムースは食前にいただくことで胃の保護をするから、いつもメニューに入れています。

― 今日でお教室はしばらくお休みなの。

― 今月末に引っ越すのでね。

― 今度の家は、今の家の3分の1の面積なのよ。お料理教室は続けたいけど、どうなることやら・・・


― >それでも何かしら得ようと思うから、今を一生懸命生きようと思う。


― 得ようとするから人は生きるのね。

― 救われるような台詞だわ。ありがとう。

― 優也さんの言うように、幸せって何なのか、答えなんてないのかもしれないわね。人生、人それぞれですもの。

― 今さらだけど、私は自分探しの旅に出るところよ。

― 見つけられるかわからないけれど、自分なりにトライしてみるわ。


->まぁぼくでできる事があったら、何でも言ってよ。


― ありがとう!

― 優也さんは、私と自然体でおつき合いしてくれればうれしいです。

― こんなこと言いたくないけれど、、、私って男性に支配されてしまう傾向にあるの。

― こうして、お互いをよく知らない者同士が、縛り合うことなく好きな時に時空を越えておつき合いできるってこと、私の癒しかもしれない。



― 木綿子




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