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連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

 梅雨が明けたかと思えるくらいの快晴の清々しい朝。部屋で動いていると、前夜の雨の香りというか湿り気が、私の体温と共に肌に吸い込まれるようである。


 私は、箱に荷物を詰める作業を中断させてベッドに寝転がった。そしてベッドに置いてあったiPadで優也さんにメールをうち始めた。


 iPadは、手軽で便利と思うけれど、あまり好きではない。文字がうちづらいから、やっぱりデスクトップのコンピューターのキーボードで綴りたいと思う。


 私は、画面のタッチパッドを不器用に扱いながら、時間をかけてメールをうった。



―優也さん



―東京は、梅雨が明けたかと思えるようなお天気で、蒸し暑くなりそうです。


―先日はありがとう。


―優也さんの分身がプレゼントをきちんと届けてくれましたよ。


―ご心配なく!


―私の妄想の世界では・・・



―ピンポン♪というベルの音にエントランスドアを開けたら・・・


―抱えきれないほどのピンクの薔薇が目の前に!


―ピンクといっても少しくすんだ大人のピンク。


―それは、とても素敵な花束でした。


―ある方から真紅の薔薇を百本いただいたことがあるけれど、私、本当はピンクが好きなの。


―優也さんの念はきちんと私の好みをわかっていて、くすんだピンクの薔薇を届けてくれたわ。


―とてもいい香り。


―そして、ケーキ!


―イチゴではなくて、キウイやブドウやピーチなどがのったフルーツのロールケーキ!


―南国を思わせるような色とりどりのフルーツ。


―そして、差し出されたお手紙。


―封筒も便箋も真っ白。


―封は閉じていなかった。


―きっと、糊とかシールがなかったのね、笑


―シンプルな真っ白の罫線のない便箋に、ラフな字で綴られた文章。真っ白っていいわね。


―そこに書かれた文章から誠実さが伺われて、とてもうれしい気持ちになりました。


―優也さんの分身さん、どこにも寄らずに帰るって言ってた。


―東京は空気が薄いし、ごみごみしていて疲れたって言っていたわよ。


―わりと早く戻ってきたのでは?


―遠くまでありがとう、って伝えてくださいね。



―木綿子



「こんなちょっとした文面なのに、時間がかかってしまったわ・・・」


 私は、小さな溜息をついてiPadを閉じた。そうして、ベッドから起き上がると寝室を見渡した。


 ライティングデスクにいつものコンピューターが置いていないだけで、寝室が殺風景に見える。


 コンピューターがないわけは、昨日、学の車で引っ越し先に運んでしまったから。イコール、引っ越しまでの二日間は、iPadを使うしかないのだ。


 物の移動は、引っ越し業者にすべて頼む予定だったのけど、コンピューターの設置ができない私のために、予め学が引っ越し先の部屋に運んですべて設置してくれた。


 学は、情報技術の会社を経営している大学時代の友人高田の右腕として活躍している。高田の会社は、ビジネス上の要請をコンピューターで達成するビジネスを展開している。その会社のナンバー2の学は、いわゆるIT業界の人間なので、コンピューター設置など御茶の子さいさいなのだ。


 私は、コンピューターは、メールとインターネットだけに使う人間だから、仕組みや使い方などは一切理解していない。


 そんなアナログ人間な私の引っ越し日に、学は出張で東京にいないのだ。それなので、学が出張前の休日を利用して設置してくれたのだ。


 学は、自己中心的な男性ではあるけれど、私にはやさしい人なのだ。私は、昨日、重いコンピューターを雨の中、運んでくれた学の姿を思い出した。


(でも、彼が私にやさしいのは、私がお人形だから・・・)


 私は、心の中でつぶやいて、筋肉痛に近い痛みで熱く感じる右腕をさすった。



――― ”僕から逃げる気か?”



 学の声が頭の中に響いて、悪夢のような時間がよみがえる。 


 学は、私の引っ越し先を昨日初めて知ったのである。学に相談しないで決めた部屋なので、オートロックもエレベーターもない古いアパートメントの前に車を止めた時、学は驚くと同時に怒り出した。


「こんなところに住むなんて、どうしたんだよ。何でこんな部屋を借りたんだ?」


 強い口調だったので、私は、ひるんでしまい返答できなかった。


「この部屋に住まうってことは、僕との結婚の約束を解消して自分の収入だけで何とかやっていこうって目論見なんだな」


 私は、違う、という言葉が出なくて、ただ、首を横に振った。


「木綿子が部屋を借り替えるって言うから、へんだと思ったんだよ」


 私は、ここで反論した。


「だって・・・お部屋の更新だったから・・・」


「それなら、僕の部屋に越してくるべきじゃないか?」


「結婚して、新しい二人の住まいが決まるまでって私は言ったわ」


「そうだな、同棲はしたくないっておまえは言ったな。確かに言った。でも、それは建前だろ」


「違う」


 車の中で小さな言い争いが始まった。フロントガラスにうちつける雨が強くなってきた。


「とにかく、部屋に荷物を運んで、それから話し合おう」


 学は、そう言って、黙々と重いコンピューターを部屋に運んだ。傘をさしてあげても、邪魔といった態度で学は無視をする。


 私は、罵倒されるよりも口を聞いてくれない学に恐怖に近いものを感じていた。彼は、一人で勝手に相手の気持ちを判断して、そうしてそれが勘違いであっても、自分の気に入らないことであれば、ものすごい勢いで怒るのだ。


 無言な学になるのは、私の気持ちを勝手に推測していたに違いない。私は、部屋で起こることを想像して、不安な気持ちになっていた。


 車に積み込んだものをすべて部屋に運んで、コンピューター設置を終えると、学は、何もないがらんとした部屋で私をフロアに押し倒した。


 私は、押さえつけられた手を振り解こうと抵抗した。


「僕から逃げる気か?」


 学の手の力は相当なものだった。何とか左側は振りほどけたけれど、右腕を押さえる力が強くて、私は恐怖で頬に涙が伝った。涙が流れると同時に私は観念した。


「逃げません・・・だから、手を離して・・・痛い・・・」


 学は、やっと手を離してくれた。


「僕が君を大切にしているのをわかってくれないから、僕は教育しているだけなんだよ。わかったかい?木綿子は、僕のものなんだから、それがわかればもうこわがらなくてもいい」


 学は、さっきの勢いからうってかわってやさしい声で私にささやくように話しかけた。


「やっと、あのおやじから、僕のかわいいお人形を奪ったというのに」


 学は、私の上に覆いかぶさって、私の涙を指で拭りながら言った。


「おやじって・・・」


「おやじだよ。木綿子のパトロン」


「私にはパトロンなんていないわ」


 私は、懇願するような顔で反駁した。


「僕が知らないとでも思ってた?」


 そう言って、学が笑った。


「木綿子の知り合いたちが噂していたよ。木綿子があの家に住んでいるのは、フライトアテンダント時代の貯蓄なんかじゃなくて愛人として得たお金だって」


 私は、何も言えなかった。木下が、父の友人であることも、木下との関係は何の隠し立てのないことも。


 私が何も言えないでいると、学は言った。


「でも、いいんだ。木綿子は僕のものになってくれるって決めてくれたのだからね」


 そう言って、私のからだを起こして抱きしめた。


「いなくならないでくれよ。僕には木綿子が必要なんだ」


 私は、自分の本心が見つからないまま小さくうなずいた。学のこういうところにいつも負けてしまう。


「絶対、木綿子を幸せにするから。結婚は、僕の子供が成人するまで、あと少しだけ待ってくれよ」


 学の頼りない声が耳のあたりに響くと、私の右腕の痛い部分がだんだん熱を帯びてきた。数日後には、この部分の色がかわって小さなあざとなるのだろう。


 自分の肌に消えては浮かびだす、青紫のあの色が脳裏に現れると、自分のいたたまれない現状があれこれと重なって、現実から逃避したい気分になった。


「優也さんのいる神戸に飛んで行きたい・・・」


 私は、瞳を潤ませた。




To be continued・・・   Written by 鈴乃
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