連載小説「ペンフレンド」 -13ページ目

連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。

―優也さん



―引っ越しの荷物がだいぶ片付きました。


―今年の東京はかなり暑いので、引っ越しと片付けのおかげで、冬についた脂肪があっというまに落ちてしまったわ。


―痩せたい時は引っ越しに限るわね(笑)



―さて、今日のメールは、ちょっぴり感傷的かもしれないから先に言っておく。


―優也さんのヘルプが必要なの。だから、ちょっと書かせてね。


―お返事はいらないわ。そういうヘルプじゃないので大丈夫。


―私は答えがほしいのではなく、ただ、聞いて欲しいだけだから。



―知っていた?


―女性って答えを求めていないのよ。



 ここまで文字をうって、私は昨日の学とのやりとりを思い出した。


 昨日は、出張帰りの学が新しい部屋にはじめて泊まりにやって来た。私は、夕飯を作る合間に、出張先でたまった学の洗濯物を洗ってあげたり、蒸し暑い部屋で気忙しく動いた。


私が動く間、学は寝室のベッドで缶ビールを飲みながらマフィアものの映画のDVDを観ていた。


「この寝室は狭い上に暑いな」


 学は、映画を観ながら私につぶやくように話しかけた。寝室からキッチンにひとり言のような声が届くほど、ここは狭い空間ということなのだ。 


「この家は、前の家と違うのよ。狭いのは寝室だけではないわ。お風呂もキッチンもどこもかしこも狭い・・・ダイニングテーブルは捨てられなくてここに移動させたけど、小さいものに買い換えるべきだったわね」


 私は、話しかけるには少し大きな声で返した。お気に入りのダイニングテーブルを捨てる気などないくせに。


 学に対しては、自分を非難しがちな私だ。自分を責めることで、学を優位に立ててあげようとしてしまう。それは、小さい頃からの私の習性のようなものなのだ。


 私は、部屋に似つかわしくないその大きなテーブルの上にカッテージチーズと黒豆を和えた簡単な一品を置いた。


 学は飲みかけのビールを持ってキッチンにやって来て、ダイニングチェアに座った。そうして、私が空間に余裕のないところでせかせかと料理を作っている様子をじっと見ていた。


「こんなところで料理教室なんてできるのか?」


 私は、学の発言に何も返せずに困ったような顔をした。


 すると、学が続けた。


「木綿子の生徒は、いいところの奥さんが多いじゃないか。君は元フライトアテンダントって肩書きがあるからな。君へのあこがれや信頼があって生徒が集まったんだろう?そんなご夫人連中がここを見たら料理を習う気が失せると思うよ」


「本当ね。困ったわ」


「今さら、困ったわ、じゃないだろう。僕に相談しないで勝手に決めるからこんなことになるんだよ」


 私は、生徒が減ってもどうでもいいと思っていた。料理教室をメインの仕事にするつもりがないからこの部屋を選んだのだし。でも、学の機嫌が悪いことはわかっていたから、ここは学の意見を立てるべきである。


「確かに、生徒が減るかもしれないわね」


「この家を選んだ時点でそんなのわかることだったろ」


 そうは言われても、越してしまった今は現状維持しかない。でも、それは言わずに、私はしかたなしに笑った。


「勝手なことをしたことを反省しろよ。十分にな」


 学は厳しい口調で言い放った。学にとって、人形の独り立ちは許されないことなのだ。


「そうね。あなたに相談しなかった私がいけないの。ごめんなさい」


 私の謝罪に学は満足したようだった。


「僕の言うことさえきいていれば、木綿子は安泰なんだから」


 学は、そう言ってビールを飲み干した。そして、空になった缶を手でつぶした。いつもと違って、今日は「これでもか」というくらいに強い握力で押しつぶして平たく。


 私は、つぶされた空き缶を見て、からだの奥が震えた。私にとっての今の危機は、生徒が減ることではない。学が天子の怒りに触れたように急に怒り出すことである。学は、急に機嫌を損ねることがあるから、それが私の恐怖なのだ。こういう時は、学に逆らうような余計な発言は避けるべきなのである。


「生徒が減ったらどうしましょう」


 私は、どうでもいいことを言葉にすることで、不安を紛らわそうと思った。私の不安は、学の態度が豹変すること。自分の収入が減ることに関しては、恐怖は感じていない。収入が減ったなら、それなりの生活をすればいいことだし。


 学は、その後、食事中ずっと私にアドバイスをしたり、私のとった行動を浅はかだ、と言っては私をなじった。私は、学の発言に苛立ちに近いものを感じていた。そんなこと聞きたくない、と心の中で何度も叫んだ。


 確かに私は自分の未来を不安がった。愚痴に近いことも言った。でも、私は、それに対しての答えなどほしくはないのだ。


 私は、昨日の夕食時のことを思い出しながら、心の中でつぶやいた。


(男の人ってどうして答えを出したがるのだろう。私は、ただ、話を聞いてほしいだけなのに)


 私は、優也さんへのメールの続きをうち始めた。



―女性はね、話を聞いてほしいだけなの。


―だって、答えは自分ですでに出していることだから。


―たぶん、優也さんは、私の言っていることをわかってくれているのではないかしら。


―というわけで、ヘルプ。聞いてくれるだけで私は有難いの。



―感傷的になるわけは、古い傷が疼くから。


―でも、今、ここで疼く傷の膿を少しでも出しておかないと、今日これから会う人にまた甘えてしまいそうで怖いの。


―だから、その人に会う前に優也さんに聞いてもらいたいの。


―話せる人は他にはいないのよ。



―あの日・・・優也さんからメッセージをいただいたあの日。


―私ね、キーボードを操作する指が震えるくらい驚いたのよ。


―何にって・・・優也さんのメールアドレスにね。


―アドレスの表示がビートルズのあの曲だったから。


―あの歌はね、私の思い出の歌なの。


―あの歌が流れると、私の涙は枯れたの。


―小さい頃の話よ。


―暗い部屋で一人で泣いていると、お隣のお兄さんのギターの音が聞こえてきてね。


―いつも決まった時間にギターの練習をしていたみたいだから、私も決まった時間に泣いていたってことなのだけど。


―そのギターのメロディに励まされて癒されて、私は泣くのをやめられたの。


―大人になってから、それがビートルズの歌と知ったのだけど、ビ―トルズは聴けなかったわ。


―いわゆるトラウマね。


―その曲に癒されていたはずなのだけど、思い出がつらすぎて曲がそのつらさを連想させてしまったわけ。


―それで、聴けなかった・・・



―ごめんなさい。


―ここまで書いておいて、すべてを書けない自分に気づいたわ。


―優也さん、消化不良になってしまうわね(笑)


―でも、今日はここで一旦締めます。


― 一旦ということは、この物語は続くということよ。



―私を心配している?


―でも、今日これから会う人のことは大丈夫。


―優也さんに自分の秘密の序盤を告げたということで、私は少し楽になれたから。


―今日会う方はね、前の家の家主よ。


―引っ越したから鍵を返さなくてはいけないの。


―鍵を送るわけにはいかないから、会わなくてはいけないの。


―でも、会わなくてはいけないっていうのは、先方の言い訳なのよ。


―彼は、私に対して、気持ちの調和がとれていない状態なの。


―こんな説明では意味がわからないわよね。



―優也さん。


―私ってね、いつでも誰かのお人形さんなの。


―お人形は一生人間になれないのかしら。


―ピノキオみたいに・・・


―ピノキオみたいに人間になれるといいのにって願うわ。



 気づくと、私の目から大粒の涙がこぼれていた。


 しばらく、嗚咽が続いたけれど、その涙が悪いものを流してくれたかのように、自分の中がすっきりとしていた。


 私は、答えがほしいのではない。自分の発言にジャッジメントがほしいのではない。同情されたいわけでもない。


 私は・・・ただ、私の話を聞いてほしいだけ。



―優也さん、ありがとう。


―あなたならきっと、このメールを疎ましく思わないでくれるわね。


―とてもさっぱりとした気持ちになれました。



―木綿子



To be continued・・・   Written by 鈴乃

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