連載小説「ペンフレンド」 -11ページ目

連載小説「ペンフレンド」

男女2人の作家による1話掛け合い形式の連載ブログ小説です。東京に住む女性と神戸に住む男性がメールによるバーチャルな恋愛ストーリー。行きつく先は・・・。


―優也さん



―ありがとう。


―私の苦しみの核心に触れないでくれたこと、とてもうれしく思います。


―あんな風に書いたら、矢継ぎ早にあれこれ聞いてきそうなものなのに・・・


―優也さんの気遣いに感謝します。


―優也さんと私の関係は嘘であっても本当であってもいい・・・ってところを読んで、私、つい泣いてしまった。


―そんなこと言ってくれた人ははじめてだったから。


―ごめんね、私って涙もろいの(笑)


―優也さんが言うように、私たちの関係が嘘であってもいいのなら、続きを書くことができるわ。


―でも、本当であっても、優也さんになら書くことができる。



―私の「お人形から人間になりたい」という願いは、今始まったことじゃないの。


―子供の頃から、私はお人形だったから。


―私ね、父のドメスティックバイオレンスに耐えていたの。


―虐待って書くとせつないから英語で表現するわ。



―小学校低学年の時に母が突然いなくなってしまったの。


―父が言うには、母は男性と駆け落ちしたんですって。


―でも、母がいなくなったことは、誰にも知らせられなくてね。


―父なりにつらかったと思うわ。


―父と母は、許されない結婚だったの。


―父の家柄がよかったせいで、周りからかなり反対をされたらしくて、だから、父も意地があって、母がいなくなったことを親や親戚には言えなかったのよ。


― 一人っ子の私は、母がいなくなった後、父と二人暮しになった。


―家事はお手伝いさんを雇って何とかしたけれど、お手伝いさんにも母のことは言えなくて。


―母は重症な結核で隔離療養しているってことになっていたのだけど、お手伝いさんには父に内緒でよく聞かれたわ。


―「奥様はどこに入院しているんですか?」って。


―明らかに、母が療養していることを疑っているって顔でね。


―母がいなくなったことと、それを周りにごまかす心労で、父は精神が病んでしまった。


―それで、母に劇的に似ている私に対して支配欲のようなものが芽生えてしまったの。


―私を支配することで、母への気持ちを発散していたと言ったらわかってもらえるかしら。


―自分の子供というのに、自分の妻と重なってしまったのね。


―私は、支配されることに不満を感じながらも、その支配に安心するようになってしまった。


―かわいがってくれていた母が、私を置いていなくなってしまったから・・・


―誰かに依存しないと自分はどこかに置いていかれて死んでしまう、って思うようになってしまったの。



―父は忙しい人だったのだけど、母がいなくなってからは仕事のつきあいを一切断って、夕方早い時間に帰ってきて私とお夕飯をとるようになった。


―私の行動が気になってしょうがなかったみたいなの。


―そうして、そのお食事の時間に、理不尽なことで私を罵倒するようになった。


―礼儀正しく食べていても、食べ方がいけないって、お箸を持つ手を強く叩かれたり・・・


―「学校の話をしなさい」って言うから「今日は校庭でお砂遊びをしたの」って言うと「どうしてそんな不潔な遊びをするんだ」ってテーブルの上のお椀を投げつけて私が泣くまで怒ったり・・・


―私が怯えた態度をとると父の怒りは余計に増してしまうの。


―「菊枝のような顔をするな」って。


―菊枝って母の名前。


―私の怯える顔が母の顔に重なったということは、きっと、母も父のドメスティックバイオレンスに耐えていたってことだと思うの。


―母は、駆け落ちなんかしていない。


―私は、本当の理由をわかっている。



―そして、お食事の後で必ず父に反省部屋に閉じ込められた。


―納戸なのだけどね、そこは反省部屋と呼ばれていたの。


―電球が切れていて真っ暗でこわい部屋。


―私はそこで膝小僧を抱えて父が許してくれるまで暗闇に耐えて泣いていた。


―すると、お隣のお兄さんのギターの音が聞こえてきて。


―そのギターの音色に癒されて泣くのを我慢することができた。



―こんなストーリーよ。


―驚かせてしまったかしら。


―でも、優也さんと私の関係が嘘であっても本当であっても正解なら、こんなお話を聞かせても大丈夫ね。


―思い切って続きを書くわ。


―でも、ここからは、私の転機のお話だから安心して聞いて。



―父の支配は大学を出るまで続いたの。


―ガチガチのミッションスクールに入れられて、門限は厳しかったし、ボーイフレンドなんて作れるわけがなかった。


―まあ、これは普通にある厳しい家の特徴かもしれないけれど、とにかく嫌だったのが、夕飯を毎日同じ時間に一緒に食べるってこと。


―小さい頃は当たり前と思っていたけれど、年頃になるとその時間が苦しくてね。


―お友達とお夕飯を食べたいし、恋もしたい。


―少しでも帰宅が遅れると、玄関で仁王立ちしているのよ。


―部活を理由に謝罪したら、とうとう部活をやめさせられた。


―お友達と寄り道してアイスクリームを食べていたことが知られた時は、一週間学校を休まさせられたわ。



―子供の頃は、自分は非力で何もできないって思っていたから、依存することで自分を保ってきた。


―でも、成人になれば自分だって何かできるんだって気持ちになるのよ。


―英語が得意だったってことが、私を勇気付けたわ。



―それで、思い切って就職先を外資系のエアラインに決めたの。


―私の意志ではなく、父から逃げるための就職よ。


―仕事で海外に滞在している時は自由だったから、大勢の仲間たちとお夕飯を食べることは新鮮だったわ。


―就職が決まった時、父は猛烈に反対したけれど、私は反対を押し切って空を飛ぶ仕事に就いた。


―その反対を押し切るにあたって助けてくれた方が、昨日のメールに書いた前の家の家主なの。


―彼は、父の学生時代の親友で、母がいなくなった頃から我が家に出入りするようになったの。


―だから、母のことも、父が私を支配していることも、すべて知っている人で。


―父が私の就職を許してくれたのは、彼の父への説得のおかげなの。


―そして、私が病気が原因でフライトアテンダントを辞めた時、ひとり立ちのお手伝いをしてくれたのもその方なの。



 私は、無心になって優也さんへのメールを綴っていたが、ここで「父の学友」が文面に登場したことで、シガーの煙を燻らせる木川の後ろ姿が脳裏に現れた。


 昨夜、私は、父の友人であり、前の家の家主でもある木川とおなじみのバーで待ち合わせをした。


 そのバーは、以前の私の家の近くにあるシガーバーで、カウンター席が七席とソファ席が三つ。


 木川は、待ち合わせの際に必ずソファ席を予約して、約束の三十分前に来ている。そして、エントランスに背中を見せて座る。そうして、シガーを楽しみながら私を待つのが常だった。

 
 彼の背中のイメージが強いのはそのせいだ。どうしていつも私に背中を見せるのだろう、と不思議に思っていた。


 でも、待ち合わせしているというのに、初っ端から私に後姿を見せるのは意味があったのだ。それを聞いたからこそ、私は木川の支援を受けることをやめる決意をしたのだけど。


 あの日、木川は私を抱きしめながら言った。


「僕の時間に木綿子がいきなり登場すると、若い時間を思い出してせつなくなるんだ。だから、いつも後姿で君を待っていたのだよ」


 木川のせつない吐息を感じた時、「父親の友人のおじさま」の木川ではないと認識した私は、木川の抱擁に抵抗した。


 木川とは、月に一度会って私の生活の報告をすることが義務付けられていた。上場した会社が株主総会をするように、私も木川から支援してもらっている以上は報告するということである。


 そうして会って別れる際、木川は必ず私を抱きしめた。「がんばるんだよ」と言って一瞬だけぎゅっと私を抱く。それは、人形を抱くような軽い抱擁で、私は応援の形ととっていたので一度も気にしたことがなかった。


 けれど、学と結婚を考えていることを報告した日の抱擁は明らかに違った。


 抵抗する私に「お願いだから、少しだけこうしていてくれ」と懇願され、私は人形のように魂が抜けておとなしくなってしまった。


 木川は、私の背中をやさしく撫でながら、私の父との関わりをはじめ、古い時代の思い出を語り始めた。


 彼は、私の母を愛していたのだ。


「菊枝さんと僕はね、正式ではなかったが結婚の約束をしていたんだよ。でも、君の父上は、強引に僕から彼女を奪ったんだ」


 私の知らなかった衝撃的な告白は続いた。


 木川は、自分の思いを留めることができなかったのだろう。長い間、溜めていた苦しい思いである。彼は、私が傷つくことはなど考える余裕がなかった、というより、私が学のもとにいくことは、木川にとっては裏切りに近いことだったのだ。彼は、友人に奪われた恋を取り戻すがごとく、父と同じく私の中に母を見ていたのだから。そうして、木川は、お金という紐で私を支配したのだ。


 その支配を解こうとする私に対して、木川の溜まっていた父への憎悪が決壊するかのように堰を切って流れ出した。


 父が母のからだを無理矢理奪った際にできた子供が私であったことを告げられた時、木川に抱きしめられながら私はからだを震わせて泣いた。


 知りたくないことを聞かされて、私の頭の中は空洞のように無となり、ショックのあまり一瞬目が見えなくなった。そうして、真っ暗闇の穴の中に落ちて、胸のあたりはざわざわとした混乱の風が嫌な音を立てて吹き荒れた。その風に自分がなぎ倒されそうになった時、木川を突き放してどこかに逃げたい気持ちになった。


 けれども、そんな状態でも、私は完璧に木川の人形だったのだ。彼の苦しみを吸い取る人形のように、私は酷な過去という大きな矢が胸に突き刺さっていようとも彼の腕の中でおとなしくなっていた。


 私は、確かにお金という紐で縛られていた。でも、実際は、私が人形になることで木川を支配していたのである。私は、人形でありながら人をコントロールしている事実が恐ろしくなり、それで、木川と離れる決心をしたのである。


 昨夜の木川は、大切なものをなくした子供のような瞳で私を見つめることがしばしばだった。つい、そんな彼の瞳に引き込まれそうになったが、私は、冷静な態度で鍵を手渡した。そして、深くお辞儀をしてお礼を言った。


 木川は、顔を歪めつつ、私のお礼に対して無理に笑顔を作った。


「伺いたいことがあります・・・母のことを・・・母は、今、どうしているんでしょう。もしかして、ご存知なのではないですか?」


 木川と会うことはもうないかもしれない、と思ったので、私は、今まで聞きたくても聞けなかった母の行方を尋ねた。


 すると、木川は一瞬、何か言いたそうな顔を向けたが、無言で首を横に振った。


 答えはどうであれ、彼の態度で、母は私たちのもとに戻らないという事実に偽りはなかった。彼の深い悲しみの空気が私に伝わってきたから・・・



 私は、回想をやめてコンピューターの画面に目を向けた。でも、母の面影が頭の中をちらちらと動いていて続きを綴ることができなかった。


(お母さんにとって幸せな結婚じゃなかったの・・・?)


「お日様のにおいよ」と言いながら、干した布団を取り込む母の笑顔が現れた。


 あの時の母は、幸せではなかったの?私に向けた笑顔の裏には、どんな悲しみがあったのだろう。木川のことは、まだ愛していたのだろうか。


 私は、苦しい思いを無理に自分の秘密の小箱に押し込むと、優也さんの返信にスクロールダウンして読み返した。



―人生っていろいろあるよね。
―どちらかというと嫌なことの方が多くて・・・
―そしてそういう嫌なものにはついつい蓋をしようとしてしまう。
―そんな時に、ジョンの「振り返ればみんな愛おしい人ばかり」という歌詞は、ぼく自身にとって愛のなんたるかを教えてくれてるような気がするんだよ。
―もっと人を大切にしなきゃいけない。
―人から逃げてちゃいけない。
―本当は誰しも愛おしい人ばかりなんだから・・・って。



(人から逃げてちゃいけない・・・誰しも愛おしい人ばかり・・・)


 私は、心の中で優也さんの文面をつぶやいた。でも、自分から出るものは溜息ばかり。たぶん、自分の行動と合わせてみると、優也さんの言うことに納得できないのだろう。私は、いつも嫌なものに蓋をしてしまう。


 私の中で自己嫌悪の塊が突如として現れた。


(私の過去を話したら嫌われるかも・・・だって、何のために彼にそれを伝えるわけ?優也さんに甘えてどうなるというの?)


 私は書きかけのメールを下書きボックスに入れて、コンピューターをシャットダウンした。





To be continued・・・   Written by 鈴乃

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