88歳の父
妻ロスからだいぶ立ち直っているようです
先日の北海道旅行も楽しかったようで
ニコニコしております

帰って来てからも
毎日、ハーゲンダッツを食べ
朝も昼も夜もしっかりと食べています

好きなときに好きな物を食べ
後はテレビを見て
本を読んで
大好きな絵を描いて
過ごしています

そうは言っても 歳を重ねているので
毎日のように
DVDのリモコン操作の確認をし
クーラーの付け方を確認します

時々、日付が分からなくなるようですが
大丈夫

なぜなら、父には今 大きな目標ができたんです!
12月28日から1週間
ペナコ一家、恒例のペナン年越しの旅にでます

飛行機は今年は、JALしかとれずに
でも、父には言っていません
どうせ、忘れるし、行くことには変わらないから。

さっき、一緒にパスポート申請用紙を記入しました
父曰く
「こんなことなら、前の時に、10年にしとけば良かったね」 と
そして、続けます

「もう、さすがに5年でいいね~」

いくつになっても 旅はわくわくするもの
父の体力を維持させて
少しでもたくさん歩かせようっと!


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出張がありました
母が倒れたときに勤めていた学校でした

認知症かな?って思い始めた頃
いきなりの妄想で大変だった頃

四六時中電話でヘルプを求められた頃

たくさんの仕事を抱えながらも
5時に学校を出て、小走りで駅に向かっていた頃

目的地は
実家
緊急搬送先の病院
リハビリ病院
老人ホーム

って変わったけど いつもいつも走っていた頃を思い出しました

今から思えば 本当に走り続けていたんだなあって感じです

久しぶりに 走っていた毎日を思い出しました




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父の日
父は友人たちと北海道旅行中です

この2ヶ月ほど
抜け殻だった父が やっと動き始めました
ちょっと心配でしたが
好きなことを好きなだけやってほしいなあと思っています

そして 久しぶりにホームへ行ってきました
この1ヶ月ほど 遠ざかっていました
叔母がいるのだから 行かないといけないとはわかっていても

どうしても 足が遠のいてしまうのです
なぜでしょう

母と過ごした日は ホームより実家の方が遥かに長いのに
思い出すのは ホームでの日々ばかり
なんだか 悲しいです

久しぶりに会う叔母は…壊れかかっていました

ぼさぼさの髪
下着の七分袖のシャツの上にノーリーブのブラウスを着ていました

足下は外用の靴

そして、まだ自分はキャリアウーマン
部下たちを叱責しているようです

叔母も母も認知症でしたが 母は妄想がひどくて大変でしたが
あんな壊れ方はしませんでした

母は一見すると 全く異常が内容に見えていました
時折 スイッチが入ると父を攻撃し 私たちを攻撃し 
でも スイッチが切れると 普通の母でした

だから 今日の叔母の姿 とってもショックでした

どうしたらいいんだろう?
2年前の父の日、
私たち家族と 叔母とで ホームの近くの中華料理店に行きました

あれが 母の最後の外食でした
父が初めて母の車椅子を押してわずか100m歩いた日です

なんだか 悲しい一日になってしまいました
姉と一緒に叔母を外に連れ出してみようと思います




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一昨日、仕事で帰りが遅くなってしまいました
父が待っているのに、ご飯をたくのも忘れているし
どーしよう

そうだ!お寿司でもかって帰ろう!
たまには手抜きだ!

母も倒れる前
料理が面倒なときには
駅ビルに行って お寿司を買って来たり お弁当買ってくることもありました

でも、買って帰った物は、母の大好きな食器たちに美しく飾られることで
ものすごーく美味しく感じていました

まねっこして、母の大好きな織部の大皿にお寿司を並べてみました

気がついたら、父が母の前に小皿に取り分けたお寿司を母の前に

「おかあさん、お寿司大好きだったよね」と
「でも、お母さんが好きだったのは、赤貝のひもなんだよ。」って

昨日は、帰ったときに、iPadで何やらしていました
「また、ペナンに行きたいなあ」と

父は、iPadでペナンの写真を見ていたようです
どんな思いで見ていたんでしょう

悲しいのは 私だけじゃなかったんです
父もまた 悲しいんですね
昭和一桁男は 通夜、葬儀の時もいっさい涙を見せてはいません

もしかしら、昼間一人ですごしているときに
母と話をしているんですね

実家に帰らずに
ずっと私の家にいるのは 母と50年以上暮らした家に一人でいるのは辛いからなのかもしれません



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母ロスをたっぷり味わっている私です
先日も、姪が大学の課題に書いた英作文を読んで号泣しました
日本語に訳すとこんな感じです

「もし、もう一度会えるなら」

姪は語っていました

もし、もう一度会えるなら、おばあちゃんに会いたい
おばあちゃんはとても料理が上手だった
きっと今の私をみたら「だめねー」って笑われちゃう
でもきっと優しく丁寧に教えてくれるはず
そうしたら 私の人生変わってくるかも

もし、もう一度会えるなら、おばちゃんに会いたい
ビールが大好きなおばあちゃんは 毎晩飲んでいた
「大人になったら、一緒に飲もうね」っていってた
ビールが飲める年になったけど
おばあちゃんとは飲めない 残念

おばあちゃんに会いたいな

スピーチしたあと、先生にほめられちゃった という姪の報告を聞きながら
涙があふれてしまいました

もし、もう一度会えるなら、母に会いたい
ビールは一緒にたくさんのだし
旅行もたくさん行った
だけど やり残したことが一つある

もし、もう一度会えるなら、母に言いたい
「お母さん、生んでくれてありがとう。いっぱい迷惑かけて、いっぱい心配させてごめんね


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