剛志
アメリカに頼っても、本当に守ってくれるとはかぎらない。
集団的自衛権で安全だと思って安心していると、自力で国を守るための準備の努力もそれだけ少なくなる。
集団的自衛権があるから大丈夫、なんて安閑としていると、自主防衛の実現はもはや手遅れになってしまう。
適菜
そうです。本来なら個別的自衛権の強化をやらなきゃいけない。
剛志
ただ、集団的自衛権にしがみついても手遅れであるだけではなく、今から急いで個別的自衛権を強化しても、それもすでに手遅れかもしれないのです。せめて十年前に個別的自衛権の強化に向けて歩み始めていなければならなかった。
2000年代前半、中国は年率二桁のペースで軍事費を伸ばしており、アメリカはイラク戦争の後始末に失敗して、いずれ世界の警察官の地位から落ちることも、すでに予見できていた。
実際、そう予言した人たちは相当おり、私も当時、それを活字にして発表しています。
ところが、時の小泉政権は財政構造改革と称して、その後十年間、防衛関係費を一貫して減らし続けた。
中国は、経済成長で儲けたカネを軍事につぎ込んでいるというのに、膨張する中国市場に目がくらんだ日本企業は、せっせと中国に投資して、その経済成長を助けていたのです。
中国の軍事的膨張を、日本は間接的に支援していたというわけ。
こんな致命的な戦略ミスを十年以上も続けた後で、今さらどうにかしろと言われてもねぇ。
信子
たった十年先のことも読めなかったわけですね。
剛志
安全保障の世界では、十年なんて長い年月じゃないのです。第一次大戦でドイツが負けてボロボロになってから第二次大戦を引き起こすまでたった二十年です。
中国の軍事力は、ほんの二十年前はずっと弱かった。
1996年の台湾総統選で李登輝をけん制するため、中国は台湾への威嚇砲撃をしましたが、米国第七艦隊がすこし動いただけで砲撃を即座に中止したほどでした。
それがたった二十年で、尖閣や南シナ海でやりたい放題できるまで力をつけてしまった。
安全保障においては、十年あればあっという間に形勢逆転してしまう。
アメリカが弱って中国が伸びている大事な2000年代に、日本は、日米同盟さえあれば大丈夫という岡崎久彦らの意見をそのまま聞いて自主防衛の可能性を考えることすらしなかった。
岡崎らは、イラク戦争でアメリカが世界を安全にしてくれるから日本もずっと安泰だと言っていたのですよ。
そして現在、そのイラク戦争の失敗でアメリカは大きな痛手を受け、アメリカ依存ではもうどうにもならない状況になってもまだ、岡崎らの路線を続けている。
適菜
その岡崎を重用したのが、平和ボケした「保守論壇」ですね。
剛志
手遅れとはいえ、個別的自衛権の強化は喫緊の課題です。
個別的自衛権については憲法問題に抵触しないから、右も左も合意できるはず。ところが、そういう議論にはならない。
なぜなら自主防衛力の強化は非常に辛い道だからです。
右にとっては、アメリカ抜きの安全保障という、戦後一切考えてこなかった絵図を描かなくてはならない。
左にとっては、軍事力の強化という、これまた嫌なことを直視しなければならない。
両者ともに考えたくないものだから、右も左も一緒になってそこから眼をそらして、集団的自衛権と憲法違反の問題で延々議論を続けたのが先般の安保論議だったのではないか。
『脳・戦争・ナショナリズム』 中野剛志・適菜収・中野信子