レオニード・アンドレーエフ「沈黙」 | サーシャのひとり言

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以前読んだ「ラザルス」が非常に印象的だったレオニード・アンドレーエフの短編「沈黙」を手に取りました。

イグナーチー神父の一人娘ヴェーラは、親の反対を押し切ってペテルブルクに出かけるも、戻ってからは何か悩みを抱え、殻に籠るようになってしまう。
妻に促されて「話してくれ、お前はどうしたんだ」と問いただす神父だが、元々尊大で厳しい父親であった彼にヴェーラは心を開かない。

そんな会話の1週間後、ふらりと散歩に出たヴェーラは列車に飛び込み自死してしまう。
訃報を聞いたイグナーチー神父の妻は脳卒中を起こし、寝たきりで発語も出来ない状態に・・。

〜葬儀の日以来、小さな家には沈黙が訪れた。それは静寂ではなかった。何故なら静寂とは単に音の不在であるが、これは黙っている人々が話せるであろうと思えるのに話したがらない時の沈黙だったからである。〜

娘ヴェーラが何故死んだのか、その事について誰とも話せない、そんな中、次第に「沈黙が聞こえるようになる」イグナーチー神父。

娘が亡くなって初めて、誰からも忘れ去られたような辺鄙な場所にある墓地に行き、在りし日のように娘に問いかける神父。

〜「ヴェーラ!」声は執拗に呼ばわった。そしてそれが止んだ時、一瞬どこか下の方から不明瞭な答えが響いたような気がした。イグナーチー神父はもう一度周りを見回し、片方の耳から髪を押し退けてそれを硬くてちくちくする芝生に押し付けた。「ヴェーラ、話してくれ!」そしてイグナーチー神父は恐怖とともに、墓場の冷気のようなものが彼の耳に流れ込んで頭を冷やすのを、そしてヴェーラが話すのを感じた、――だが彼女はやはり同じ長い沈黙によって話していた。〜

真綿で締め付けられるような沈黙の恐怖に、半狂乱で墓場から飛び出す神父。
正気を失って訳もわからず走り回りながら、ようやく夕方に自宅に戻った神父は、最近は見向きもしなかった寝たきりの妻の元に向かい跪く。
「母さん、わしを憐んでくれ、わしは気が狂いそうだ。」

〜そして、彼はすぐに奇蹟が起こって妻が話し始め、彼を憐れむだろうと確信して頭を上げた。「愛しいお前!」彼は大きな体全体を妻の方に差し伸べた――そして灰色の眼差しと出会った。そこには、憐れみも怒りもなかった。もしかすると、妻は彼を赦し憐れんだのかもしれないが、その両眼には憐れみも赦しもなかった。それらは無言で沈黙していた。そして、暗く人影の絶えた家全体が沈黙していた。〜


結局、ヴェーラが何を悩み何故自死してしまったのかは最後まで明らかになりませんが、娘を亡くしたあとの神父が娘の墓に話しかけても、脳卒中で発語の無くなった妻に話しかけても沈黙しか返って来ず、少しずつ精神のバランスを崩していく様子がとてつもなく重い雰囲気で描かれています。
特に、何も映さず、何の感情も表さない深い深い妻の瞳の描写が実に恐ろしいです。

でもヨコですが、思春期の子供って本当に頑なに話してくれなかったり・・しますよね。
今でこそ、些細な事でも色々相談してくる長男ですが、昔はお布団を被って何も話さなくなってしまったりで、本当にどうして良いか分からなかった時代もあります。
沈黙ってある意味罵詈雑言より辛いかも、読んでいてふとそんな事も思い出しました。




こちらは聖書に出てくる「ラザロの復活」のその後を描いた作品です。↓。怖いですが、お勧め。

レーピンによるアンドレーエフの肖像画。
この絵自体は知っていましたが、「ラザルス」の作家さんだとは今回まで知りませんでした。
何たる美形・・・。