「地上最強の傭兵が異世界を行く-3-05-65」 | pegasusnotsubasa3383のブログ

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「クリアの特訓」

 アズドリアの町から少し西に行くとクルハの森と呼ばれる所がある。そこは中規模の森でそれなりの魔物も出ると言う。ゼロはクリアと共に岬裕子と正木裕也を連れてその森に入った。

 ここで岬裕子が望んだサバイバル・スキルの訓練を行おうと言うのだ。

 この森は中位程度の魔物しか出ないと言う事なので訓練には丁度いいだろう。それでも油断をすれば命を失う事はある。それは元勇者と言えども例外ではない。

 まずは森に馴染みそして森を知る事からだ。それは森に生息する草花を知り森の地形を理解する事から始まる。

 それ為には森で寝起きし、森で食事をする。食事をすると言ってもそこに物を持ち込んでピクニックをする訳ではない。材料は全てその森にある物だ。

 日本でなら精々が森の周辺や小川のある所でテントを張って飯盒炊爨の様な物をするのが関の山だろう。

 ワンダーフォーゲル部にでも入っていればもう少し踏み込んだ事をするかも知れない。それでも所詮は森の外からの活動に過ぎない。

 自然の中で何が食べられて何が食べられないか。草花、茸、種実、果実、それらを実際に手に取り形状を知り、色を見、匂いを嗅ぎ、味見をする。

 そんな基本的な事から始めるのだが舐めてはいけない。当然中には人間の体に取って良くない物や毒を含んだものもある。

 それを理解し体験する事で森の中で生きて行く術を学ぶのだ。自給自足、それが出来なければ森に中では生きては行けない。それと共に重要になるのが危険から身を守ると言う事だ。

 勇者程の力があればそれは容易だろうと思うかもしれない。確かに敵対するものが目に前にいればそうだろう。

 しかしそれが24時間、何時何処で何がどう言う形で襲って来るかも知れないと言う状況の中では元勇者と言えども身を守る事は容易ではない。

 つまりそれは24時間気を抜く暇がないと言う事だ。勿論寝る時も。

 そんな中で生き延びてこそサバイバルと言える。それをこのクリアと言う子供はやって来た。

 いやそれ以前にミレと言う幼女ですら生き延びた。高校生の彼女らに出来ないはずがない。ただ本当にそれだけの覚悟があればだが。

 果たして日本の様な平和ボケした世界で育った二人にそれが出来るかどうか。しかしここでは状況が違う。

 そんな悠長な事は言ってはいられない。彼女らの生活にも火が付き始めている。それならするしかあるまい。

 日に日に厳しくなる状況の中で裕子達はよく耐えた。そこには年端も行かないクリアの手本があったからこそだろうがゼロはそれなりに評価していた。

 森で獣や魔獣を狩り、生きる為の糧として処理をし食らい、保存食としての燻製や日干しの方法も学んだ。狩る事の意味は何も金稼ぎだけではない事を身を持て知る事が出来た。

 そんな中、ゼロとクリアはいつもの様に朝には瞑想を行っていた。それを見た裕子はそこに父親の姿を見たような気がした。

 裕子の父親は古武術の師範でありよく瞑想をやっていた事を思い出した。ただこの瞑想は父の瞑想とは少し違うように思えた。

 何がどう違うのかと言われてもよくわからないがやはり何かが違う。それを知るには自ら体験するしかない。それで裕子もその瞑想に付き合い出した。

 裕子とて武術家の娘だ。小さい頃から父親に鍛えられ瞑想もやらされていた。だから瞑想の基本位は出来る。

 我を滅して空に至る。それが瞑想の究極の境地だと教えられた。その空の状態で技が使えればあまねく天地に恐るるものなし。まさに空とは静の究極。

 しかし彼らのやっている瞑想はそうではなかった。裕子はあれは何だと思った。いや、そう感じた。

 静の極みにあらず、かと言って動でもない。あっ、そうかあれは自然との融合、いやこの世に満ちる魔力との融合かと。

 瞑想の気が周りの空気を動かし魔力気円を作っている。そう感じたのは裕子自身が武術の奥義に達していたからだろう。

 もしかするとあれは私の武技にも応用出来るのではないかと裕子は考えていた。正にそれこそがゼロの言葉で語る事のない指導だった。

 ある日裕子が瞑想している後ろにゼロが立った。ゼロはその時隠形の法を使っていた。

 普通なら関知すら出来ないはずが裕子には何かを感じ後ろを振り返った。そこにゼロがいた事に驚いた。まるで何もない空間から突然に出現したようだった。

「少しは気が練れてきたようだな」
「今のは何だったんですか」
「お前の魔気が俺の気に反応したと言う事だ」
「私の魔気」
「ただまだ足りないようだ。要するに魔穴がまだ開き切ってないと言う事だ。少し手を貸してやろう」

 そう言ってゼロは裕子の頭に手を置きゼロの気を流した。その時裕子は体が熱くなり震えが来た。

 まるで自分の体の中にマグマの様な物が流れるのを感じた。その感覚は恐れでありまた喜びでもあった。これは一体何、裕子はそう思った。

 ただゼロは何も言わなかった。要するに後は自分で精進しろ。そう言う事なんだろうと裕子は思った。

 そして裕子は、もしかすると自分の技の次の段階に立てるかも知れないと思った。

 一カ月の日時を割いてゼロは裕子達にサバイバルの基本を教えた。それは森を外から眺める事ではなく森の中に入り森の住人になる事だった。

 後は自分達で精進しろとここで一旦修行を終了した。そしてこうも言った。

 この国の更なる東に東アレイン国と言う国がある。そこでは東洋人風の人間が多く住んでいると言う。そこでならあまり容姿を気にせずに生きて行けるのではないかと言った。

 勿論初めての国だ、難しい事もあるだろう。しかし森で生きて行ける技術があれば何とかなるだろう。

 ゼロはそれだけを言い残してクリアと共に去って行った。

 裕子と裕也はゼロに感謝し、自分達の生きるべき道を求めて彼らもまた新たな旅に出る決心をした。

 裕子と裕也はまずゼロが言ったように当座の資金として森の魔物を狩って冒険者ギルドに持ち込み買い取ってもらって路銀を作った。それから東を目指す事にした。

 ゼロはこれでようやく最初の目的に戻れると冒険者ギルドから聞いたダンジョンに向かった。

 このダンジョンの低階層にはダンジョンバットと言うのが出る。

 これはさほど攻撃力は高くないが機敏に飛び回り、鋭い歯と爪で引き裂きに来るのであまり多くの攻撃を受けるとこちらも戦闘不能に陥る。問題は捉え難いと言う事だ。

 クリアは踏み込んだ階層で早速ダンジョンバッドの複数に襲われた。この位の数ならまだ問題ないがこれが数十、数百ともなれば回避も難しくなる。

 この時もクリアは最初のバットは何とか回避していたがその回数が上がる毎に体に傷を負い始めた。

「ゼロ様、これって防ぐの無理ですよ。助けてくださいよ」
「何を情けない事を言っている。これくらい捌けないでどうする」
「だって相手の動きが速くて避けられないしこっちの攻撃も当たりません」

「クリア、魔功円を発動させてみろ」
「こうですか」
「そうだ。それを維持したままで歩け」
「そんな事していたらまた標的になってしまいますよ」
「いいから黙って歩け」

 クリアは習った様に魔功円を残留思念で維持しダンジョンバットを視界に捉えながら進んだ。すると何故か今度はバットがクリアを避けて行った。

「あれーおかしいな。今度は全然当たって来ませんね。何故避けるんだろう」
「避けているのはバットじゃない。お前だ」
「えっ、そんな。僕は何もしてませんよ」

 それはバットがクリアの作った魔功円による制空圏に入った瞬間に、無意識にクリアがその軌道を感じ取って最小限の動きで避けていた。

 それがこの制空圏の能力だ。言ってみれば制空圏とは意識のレーダーの様な物だ。

 クリアは魔功円で作ったこの制空圏で防御の能力をものにしていた。ただし本人にはその自覚がないようだが。

「では今度は歩きながら敵を補足したら剣で切ってみろ」
「無理ですよ。あんなに速く動いてるのに」
「まぁいいからやってみろ」
「はい、まぁ、そう言う事でしたら」

 クリアは剣を抜き、意識を瞑想状態に持って行った。すると制空圏を抜けたバットの軌道が手に取る様にわかった。

 しかも遅い。これなら切れると剣を振るうとあのすばしっこいバットを真っ二つにしてしまった。

「えっ、ええっ、何んでですか」
「お前はあのバットの動きを意識で捉えたんだ。だから切れた。肉眼で捉えていたんではまず切れんだろう」
「ぼ、僕がですか。意識で・・・」
「おい、気を抜くな。バットに食われるぞ」

 ギャーとクリアは喚いていた。どうやら肩を少しかじられたらしい。だから気を抜くなと言っただろうとゼロに怒られた。

 魔功円とはセンサティブなものだ。精神のコントロールが乱れると直ぐに消えてしまう。そこを突かれたら防御もレーダーも全て機能を失ってしまう。クリアは気を取り直して再度魔功円を作り上げた。

「クリア、その状態で回復魔法を使ってみろ」
「出来るんですか、そんな事が」
「出来るさ」

 魔功円を維持したままで回復魔法を使い、さっきかじられた所を復元させた。これでどうやら防御系の方は出来たようだとゼロは思い次に移った。

 ダンジョンバットが出て来なくなった所でゼロは今度はクリアにさっき作った魔功円を凝縮し小さな球体を作れと言った。

 そんな事が出来るのかと疑問に思いながら意識を集中させて、魔功円を凝縮して行った。それは魔功円を拡張させる逆の工程だった。だから出来ない事はない。

 そして何度かの試行錯誤を繰り返してやっと直径3センチ程の球体を手の上に作った。それを正面の岩にぶつけてみろと言われクリアは弓を射るイメージで飛ばした。

 するとその玉が岩に当たった瞬間岩が爆発して大きな窪みが出来た。今度はその玉に魔力も一緒に込めろと言われ魔力の詰まった凝縮魔功円を作った。

 そしてそれをまた別の岩にぶつけてみると今度は岩が爆発して木っ端微塵になった。その威力の幅は自分の込める魔力量と凝縮の状態によって変わって来ると言われた。

 これもまた全ては修練次第と言う事になる。ゼロはそれの玉の事を魔弾丸だと言った。

 クリアは今度はその魔弾丸で魔物を撃つ練習を散々やらされた。今回のターゲットは迷宮ウサギだ。

 このウサギは魔力を使って地場ジャンプをする。要するに空中を自在に走り回ると言う事だ。これに魔弾丸を当てるのはかなり難しい。

 しかしこれが出来なければ魔弾丸を撃つ意味がない。ゼロはクリアにこの練習をまる1日やらせた。

 出来なければ明日もまた同じ練習だ。出来るようになるまでやる。それが今回のクリアの課題だった。

『これって本当に出来る様になるんでしょうかね、僕は』