「スタンピード」
勇者との模擬戦を終えた帝都の王室では帝聖騎士団の総団長と各隊長が顔を揃えていた。
「で今回の模擬戦を通して勇者達をどう見た」
「そうですな王よ、まだまだと言う所ですがポテンシャルは高いでしょう。特に第一戦と第二戦を戦った二人は」
「私もそう思います。特にあの裕子と言う者は先が恐ろしい気がします」
「エミリアを持ってそう言わせるとはな。ハインリッヒはどうじゃ」
「裕也と言う者は良き師を得ればもっと伸びましょう」
「さようか、良き師のう。では後の二人は」
「あれら二人はだめですね。まぁあそこ止まりでしょう。特に満と言う者は」
「俺も同感です。ただちょっと心配なのは、彼らが悪に染まれば厄介な者になるかも知れません」
「なるほど。では気を付けて監視をせねばなるまいな」
「御意」
その後帝王はノイマン宰相と帝王の片腕とも言うべきミューラー侯爵と会っていた。
「イノマン、マトリストは何を考えておると思う」
「もしやあの勇者達を持って反逆の旗印にしようと考えておられるのでは」
「それもあるかも知れんの、しかしそうなるとちょと厄介じゃの」
「ドイケル王、あの勇者達をこちらの陣営に取り込む方法はないのでしょうか」
「それよ、そもそもマトリストはどうやって勇者達を召喚したのじゃ。その方法はもうないと思っておったが」
「はい、召喚魔法の使える魔導士はもうおりませんよって、可能性があるとすれば」
「古代の魔導具と言う事か」
「御意」
「あやつめその様な物を何処で手に入れたのじゃ」
ここマトリスト公爵家でも反省会がおこなわれていた。
「カーネル、グレハーン、どう見た」
「流石は帝聖騎士団と言う所ですね。特にあのアントン殿はまずいですね。あれ程の強さの者は見た事がありません」
「仕方あるまい。護国の武神とまで言われておる奴だからの」
「しかし我が君、さほど心配なさる事はないかと」
「それはどう言う意味じゃ、グレハーン」
「今はまだ無理でしょう。しかし考えてもご覧くださいませ。彼らがこの世界に来てまだほんの半年ほどです。その半年であの帝聖騎士団の隊長格にあそこまで迫れる者達がおりましたでしょうか」
「確かにそう言えばそうじゃの。後は訓練次第と言う事か」
「御意」
マトリスト公爵はカーネルに向かって、
「カーネル、お前に任せる。あ奴らを鍛えよ。一日も早く帝聖騎士団に並び立ち追い抜くのじゃ」
「承知いたしました。特別メニューを組むといたしましょう」
「それと我が君、秘密部隊の方も順調に仕上がっておりますれば」
「そうか、それは楽しみだな」
また勇者達も自分達の反省会をやっていた。
「黒田君、何よあれは。恥さらしもいいとこじゃないの」
「うるせーな、負けたものは仕方ねーだろう」
「負け方にもよるわ。あれは負けたとは言わないのよ。戦いにすらなってなかったじゃないの」
「・・・」
流石の黒田も自分がどんな惨めな負け方をしたかはわかっている様だった。それも2度も。
「裕子そう言ってやるな。俺達はこっちの世界に来てまだ間がないんだ。訓練だって十分じゃない。今回の事を教訓にしてこれから頑張ればいいじゃないか」
「わかったわ。それなら今度からちゃんと訓練やってよね。黒田君に金森君、気の抜き過ぎよ」
「わかったって、ちゃんとやればいいんだろう、ちゃんとやれば」
「それにしてもあの総団長っておっさん、凄かったな」
「ああ、あれって人間かよ。あんなのに勝てってか。無理無理」
「だけど黒田君、僕達だってそんなに悪くはなかったはずだよ。少なくとも隊長クラスとはそれなりに戦えたんだから」
「そうだよな、岬なんかは勝ったんだしな」
「勝ってないわ。勝たしてもらっただけよ。エミリアさんが本気を出してたら完全に負けてたわ」
「そんなにか、岬」
「あの人強いわよ。まだ6割位しか力出してなかったみたい」
「あれで6割かよ。この世界ってどれだけだよ」
この後彼ら勇者には地獄の特訓が待っていた。
秘密部隊の一つの実験として魔物に魔導具を使って強制進化を行って他の魔物達を統率する能力を植え付ける実験をしていた。例えばそれが普通のゴブリンをゴブリン・ロードに変えたり、普通のオークをオーク・ロードに変えたりする事だった。
普通そう言うのは自然発生するものだがそれを魔導具を使って強制的にしようと言う計画だ。そう言う事で作り上げた魔物も数体確保していた。
今回その最終段階として試みたのがギリゲンの東にある不死の森だった。その森の中央には沼がありその沼からは死の匂いがすると言われる毒素が噴出していた。そして多くのアンデットがその森にはいた。流石の冒険者達もこの森には近づこうとはしなかった。
その森の中ににある洞窟に封印されて眠るアンデット・ドラゴンがいた。マトリスト公爵の魔法使い達が魔導俱を使い長年かかってやっとその機能をそのアンデット・ドラゴンに植え付けた。
しかし流石の魔法使い達にしてもそのアンデット・ドラゴンを意のままに操る事は出来なかった。力が違い過ぎたからだ。
その反面今まで封印されていたその封印をアンデット・ドラゴンが強化された力で自ら解いて今眠りから覚め動き出した。このアンデット・ドラゴンと言うのはSランク級の魔物だ。
ドラゴンの咆哮に呼応して多くの魔物達が共に動き出した。ギリゲンの町に向かって。何故ギリゲンの町なのか。何故か眠れるアンデット・ドラゴンの志向はギリゲンの町に向かっていた。
それはマトリスト公爵にとっても都合が良かった。その町が帝王派に属する町だったからだ。そこの冒険者ギルドのギルドマスターのゴレフォングは帝王とは既知の間柄だと言う。それなら潰すには持って来いだと思った。そしてそれは12000にもなる魔物のスタンピードだった。
スタンピードの知らせを受けた冒険者ギルドでは緊急依頼を出し、参加出来る冒険者は是非参加して欲しいと連絡を取ったが、ここまでのレベルと規模になると並みの冒険者では返って犠牲者が増えるかも知れないとギルドマスターのゴレフォングは思った。
だからやはりBランク以上の緊急依頼に頼るしかないかも知れないと思い、それでも防げない時は住民を逃がして最後の手段を取るしかないと考えていた。
その時ふとゴレフォングは思い出した、あの二人の事を。あのゼロとマーカスと言う冒険者に連絡を取って、ギルドマスターが是非会って欲しいと言っていると伝えてくれと事務員に頼んだ。
それはもう夜も遅い時間になっていた。ゼロとマーカスはこんな時間に一体何の用だと渋々冒険者ギルドに顔を出した。そしてギルドマスターの部屋でまたあのギルドマスターのゴレフォングと顔を合わせる事になった。
「わざわざこんな時間に来てもらってすまない」
「もう俺達が呼び出される事はないと思うんだがな。余計な事はしてないぞ」
「いや、今回はそう言う話ではないんだ。今緊急事態が起こっている。スタンピードだ」
「スタンピード?何だそれは」
「あんたは知らないのか」
「ああ、俺は冒険者のランクが低いんでなそう言う知識はない」
「スタンピードと言うのは魔物の凄い数が集まり溢れて進行してくる状態を言うんだ。今回この町の東にある死の森から凡そ12000近い魔物が今この町に向かっている。このままだとこの町は崩壊する」
「それで俺達にどうしろと」
「今緊急依頼を出してその冒険者達に対処に当たってもらう事にしているがそれでも数が足りないんだ。無理を承知で頼む。手を貸してはくれないか」
「随分と虫のいい話だな。あんたじゃなかったのか、ランク以外の事はするなと言ったのは。緊急依頼と言うのは確かBランク以上だろう。それなら俺達のする事じゃない。そうじゃないのか」
「確かに建前はそうだ。しかしあんたらの実力はBランク以上、いやAランクさえ凌駕するんじゃないのか」
「その建前を盾に取って俺達の活動を制限したのは何処の誰だ。そんな奴に手を貸してやる義理はないと思うんだがな」
「この町が魔物に壊滅されたらもう冒険者活動は出来ないんだぞ」
「何か勘違いしてないか。俺達冒険者は自由人だ。ここがだめなら別の所で冒険者活動をすればいい。その制限は誰にも受けない。それだけの事だろう。マーカス帰ろう。時間の無駄だ」
そう言ってゼロが席を立ってドアに向かうとギルドマスターがざっと床に手を膝を着けて頭を下げてこう言った。
「悪かった。あの時の言葉は全て取り消す。今後あんた達の活動には一切の注文や文句は付けない。だから今回だけは助けて欲しい。頼む」
「マーカスこう言ってるがどうする。お前やるか」
「仕方ないんじゃないか、こうなったら」
「お前も物好きだな。わかった今回だけだぞ。しかしさっき言った条件は必ず守ってもらうからな」
「わかった。必ず守る」
これで助ける交換条件が揃ったとゼロは思った。
「で、スタンピードは何時ここに来るんだ」
「あのスピードなら恐らく明日の明け方5時か6時頃だろうと思う」
「するとあまり時間はないな。今晩は徹夜か」
「そうなるかも知れんな」
「わかった。では後で会おう」
そう言って今度は本当にドアから出て行った。
「なあゼロ、お前こうなる事をわかっててごねただろう」
「まぁな、今回が良いチャンスだろう、冒険の条件を良くするには」
「ほんとお前と言う奴は食えねーな」
二人は要壁の上に立って地平線の彼方に目を向けていた。すると日の出と共にもうもうと立ち上がる土煙が見えて来た。
『あれがスタンピードか。久し振りにやってみるか、死神の舞を』