第二部「地上最強の傭兵が異世界を行く-2-07-44」 | pegasusnotsubasa3383のブログ

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「勇者の模擬戦」

 1週間が過ぎ、ゼロとマーカスは注文してあった服を受け取りにヨハネル服店に行った。服は約束通りきっちりと出来上がっていた。またその仕上がりも申し分のないものだった。

 良い腕だと思いゼロが代金を払おうとしたら店主がそれはいりませんと言った。いくら何でもこれだけの仕事をさせておいてただはないだろうとゼロが言うと、それでは一つお願いがありますと店主が言った。

 もし出来ればこの素材の生地を分けてはいただけないかと言う事だった。もしもう手元にないのなら、改めて購入したいので手に入れてはもらえないだろうかと言う。金に糸目はつけないとも言っていた。

 この生地の手触りの素晴らしさは高級素材として貴族のご婦人達の間で必ず評判になるとの事だった。店主は職人としてもこの素材に惚れたと言っていた。

 ゼロにはこの展開が大よそ読めていた。だから岩トカゲを倒した時にみんなマーカスの手柄にした。そして金が入って来る当てがあると言ったのはこの事だった。

 ゼロはヨハネルと契約を交わし鬼蜘蛛の糸の採取を約束した。ただしこの糸を得るにはまたゼロが命を晒さないといけない事になるがそれは全く気にしていなかった。これを採取出来るのはゼロだけだ。

 何故なら鬼蜘蛛の糸を繭にしないとそこから生地は作れない。繭を作らせるには糸を吐き出させなければならない。その為には標的がいる。普通の者がこれをやるには誰かを犠牲にして繭に取り込まれなければ繭は出来ない。

 仮に鬼蜘蛛の体を解剖しても糸の元は液状のものでしかなく鬼蜘蛛の体から吐き出した時に初めて糸になる。だから犠牲を失くしてこの繭を得る事は出来ない。

 その前に鬼蜘蛛に殺されてしまう確率の方が高いのでこの繭の採取は殆ど不可能に近いと言っても過言ではない。ゼロを除いては。

 それからしばらくして今回ゼロは10個の繭を確保した。ただ問題はこの繭から生地にする過程だ。これを全てゼロがやっていたら時間が取られて他の事が何も出来なくなってしまう。

 そこでゼロは自分が持っている繭から糸に巻き取りそれから生地にする古代の魔導具をヨハネルに売り渡した。これにはヨハネルが大喜びをした。

 それはそうだろう世界にたった一台の魔導具なんだから。金貨2000枚と言う大金を支払った。繭も一個につき金貨50枚だ。

 それでもヨハネルは将来を見越せば元は十分以上に取り戻せると確信していた。その予見通りこのヨハネル服店はやがて世界屈指の衣料メーカーとなる。

 今で言えばイブ・サンローランやクリスチャン・ディオールと言った所だろうか。その間ゼロも供給を続けた。

 ゼロはついでに古代遺跡の資料から見つけた転送装置も作り出していた。転送板を設置しておけばいつでもその場所に飛んで行ける。

 これでゼロはいつでも鬼蜘蛛の魔窟に行ける様になった。勿論利用価値はそれだけではない。他の要所にも飛んで行ける様になった事だ。

 今回の新しい服の実験をしないといけないとマーカスを森の中に連れて行き、そこで獣魔人の力を全開させて獣人化させた。体が膨張しマーカスの体が1.5倍位の大きくなった。ここまでくればもう魔物いやバケモノと言ってもいいかも知れない。

 そして力はAランク最上位クラスだ。この獣魔人に勝てる者など世界でもほんの一握りだろう。これだけ体が大きくなっても服は破けてはいなかった。

 服がちゃんとその大きさに応じて伸びていた。膨張が止まり体が元の大きさに戻ると服もまた元の大きさに戻った。これは本当に便利な服だ。

 それともう一つ半獣人化の時、例えば腕だけを獣人化させた時でもこの生地で作った手袋をはめていれば、どれだけ手が大きくなっても中が見えずどんな動物なのかと言う事が誤魔化せる。これも利点だ。ともかく実験は満足の行く結果だった。

 それにこの素材に魔力を流していると少々剣で切り付けられても体が傷つく事もまた服地が切れる事もない。最高の防具にもなる。これだけの事を実験してゼロ達は次に移った。それは勿論「竜峰の剣」達への特訓だ。

 ここ3カ月ほど緻密で過酷な訓練を重ねた結果、彼ら、「竜峰の剣」も大分使えるようになってきた。本来彼らはCランクとDランクだが今ではBランクとCランク位の実力はついているだろう。今後が楽しみなパーティーだ。

 ここマトリスト公爵家の騎士の訓練場でも今回新しく召喚された勇者達が騎士団にしごかれていた。勿論彼らはこっちの世界に渡った時に常人を遥かに超えた魔力を持って召喚されたが所詮ぬるま湯の日本で育った少年達だ。

 人を殺す戦い方などは何も知らない。ただ彼らにはこれが人殺しの方法だとは教えられず強くなる為だと言われて特訓を続けていた。

 それでも地力の違いか短期間で普通の騎士などでは足元にも及ばない程強くなっていた。そうなると増長するのが人の常だ。特に黒崎や金森達は。

 もう俺達に勝てる奴はいない。何でも出来る。何をしても文句を言う奴はいない。そう思ってもおかしくはないだろう。

 元々がそう言う単純馬鹿だったのだから。しかも性格が暴力的ですこぶる悪い。こんな奴に力を与えたらどうなるかなんて事は考えるまでもない。

 夜な夜な領主の城を抜けして町を徘徊し女性を見つけては犯し殺していた。またそれを見つけて咎めた者も皆殺しだ。

 顔こそ鼻から下を覆面で隠していたが黒目黒髪は目立ち過ぎた。いつしか町で黒い通り魔と呼ばれるようになっていた。それでも彼らは悪びれる事は寸毫もなかった。

 ある日彼らは調子に乗ってグレーハンに女を部屋に連れて来いと言った。その途端全身に痛みが走り息が出来なくなり体が痺れて死にそうになった。

「ガキが調子に乗るなよ。領主様やそのお嬢様、それとカーネル殿やわしらはお前達の殺生権を握っておるのだ。わしらに楯突くけば次は命はないものと思え」

 ようやく馬鹿な彼らも自分達よりも上がいる事を理解し、それからは一生逃れられない事である事を知らされた。

 なので彼ら4人に対して黒田達は慇懃に振舞っていたがその他の者に対しては横暴な態度は変わらなかった。

 その嫌な事件の事は正木裕也も薄々とは知ってはいたが敢えて何も言わなかった。それは共に異世界からこの世界に連れて来られた仲間意識の性なのか。

 それとも彼らのこの不条理の世界の不満に対する鬱憤を容認しようとしたのか。正木も彼らがやっている事を良い事だとは決して思てはいなかったがここが自分達の世界ではないと言う事である程度目をつぶっていたのかも知れない。

 ただ岬裕子だけは許せないらしく、事あるごとに黒崎達に注意と反省を求めた。しかしそんな事で言う事を聞くよう奴らではなかった。そのうち裕子を襲おうとまでした。

 しかし裕子の父親は元の世界では古武術の師範をやっており裕子自身も小さい頃から実家の道場で鍛えられていた。一夜漬けの技術でどうこうなるものではなかった。

 一瞬にして二人共床に叩きつけられていた。これに懲りて流石の悪ガキ達も裕子に手を出す事は諦めた。ただし今はだ。いずれもっと力をつけて裕子を捻じ伏せ凌辱してやろうと考えていた。

 正木裕也の事を心良く思っていた公爵令嬢のナターシャが事ある毎に裕也に近づきスキンシップを計っていた。正木裕也もそんなナターシャの態度にいつしか好意を持つようになった。

 しかしそれがナターシャの誘惑魔法だとは気が付かなかったようだ。ただ裕子だけは何かおかしいと思ってはいたが確たる証拠もないのでただ裕也を見守っていた。

 そう言う状況の中で勇者の使命はこの世の魔王を倒す事、そしてその手先たる悪魔と魔人とそれらに手を貸す悪しき人間達を退治する事だと日夜教え込まれていた。

 特に今の現帝王は悪魔に意識を乗っ取られているので国民の為にも一日も早く帝王とその取り巻き達は排除しなければならないと教え込まれた。それは一種の洗脳に近かった。

 そしてかなりきつい訓練を勇者達に課していた。それはマトリスト公爵達の一種の焦りでもあった。これまでの失敗とまだ優勢が見えない戦力に対して。

 帝都には帝聖騎士団と言うのがある。それは選び抜かれた帝都を守る騎士達だった。一人一人が一騎当千とまで言われ、各隊長格はAランクに匹敵し団長ともなればAランクどころかSランク相当とさえ言われている。

 そんな帝聖騎士団と正面からぶつかっては流石のマトリスト公爵軍と言えども勝ち目は少ない。

 だからこそこの勇者達の力を急いで底上げし、古代の魔導具を使って秘密部隊の数を増やし対抗しようとしていた。だから勇者達の多少の蛮行には目を瞑っていた。

 そんな折、帝都にも勇者の存在が知れる事となったのでマトリスト公爵は勇者達を連れて帝王に拝謁する為に登城した。

 謁見の間では帝王始め王都の重鎮達が並んでいた。この時勇者達はマトリスト公爵に何を言うべきかを言い包められていたのでそつのない受け答えをしていた。

 黒田達は帝王も倒すべき相手だと教え込まれていたので表面とは裏腹に敵意を内に隠していたが岬はちょっと違った。本当にこの帝王は悪魔に与する者なんだろうかと疑問に思っていた。

 そんな折り、話が弾んで勇者の実力が見たいと言う事になった。それは帝王もまたマトリスト公爵も確かめておきたい事だった。

 ただ普通の騎士では話にならないと言う事で帝都の最強騎士団、帝聖騎士団が相手をする事になった。しかも隊長クラスが。

 帝聖騎士団は4師団から成り立っている。その各師団を隊長格がまとめている。今回はその隊長と勇者との模擬戦と言う事になった。これは正に最高戦力同士の戦いと言ってもいいだろう。

第一部隊隊長、ハインリッヒ・ミューラー(対)正木裕也
第二部隊隊長、エミリア・シュルツ(対)岬裕子
第三部隊隊長、ルイス・シュナイダー(対)黒田満
第四部隊隊長、レオン・ベッカー(対)金森健吾

 岬は女性同士と言う事でエミリアとの組み合わせになった。審判は総団長のアントン・ホフマンが勤める。

 試合内容は今回は純然たる模擬戦の為武器は刃引きした片手剣か両手剣と言う事になった。

 魔法は大魔法以上はなしそれと殺傷魔法もなしと言う取り決めになった。どちらかが戦闘不能になるか負けを認めるかもしくは試合場から場外に落ちるかだった。基本的な武術大会の基準と同じだ。

 第一試合のルイスと裕也はどちらも両手剣を使った戦いだった。裕也は日本の他の者よりも身長が高い。185センチあったのでその身長を生かした戦い方を選んだが相手も同じような身長だったのでアドバンテージにはならなかった。

 どちらも剣の長さを生かした戦いになった。特に裕也は剣に炎を纏わす付与魔法を使い灼熱剣を使った。それに対しルイスは冷気を剣に纏わせ上手く受け流し隙をみては反撃に移っていた。

 その流れが実に無駄のない美しい動きだった。要するに技術とキャリアの差と言う事だ。魔力量で言えば裕也の方が少し上かも知れないがそれを技術に生かし切れてないと言えるだろう。一応は時間切れで引き分けとなったが試合内容では明らかにルイスだった。

 第二試合のエミリアと裕子の試合は実に見応えのある試合だった。どちらも片手剣を使ったが使い方が全くちがった。エミリアは剣をまるで飛燕の様に使いその一刀一刀に風の刃を飛ばして来た。風切剣と言うらしい。

 彼女の本気の風切剣は大物魔物のキングエイプも一刀で切断すると言う。それに対し裕子は切っ先を見切り居合切を応用した一瞬の溜め切りと言う剣技を使った。これはまさに動対静の戦いであり玄人好みの戦いだった。

 最終局面でエミリアの風刃が裕子の左腕を浅く切ったがその時裕子の剣がエミリアを剣を弾き場外に飛ばした。

 本人が場外に落ちた訳ではないのでこれでは負けにはならないがエミリアは自ら負けを宣言した。これには騎士団からも裕子に対する称賛の拍手が鳴りやまなかった。勿論二人共技の上に置いても奥義を出し尽くした訳ではなかった。

 第三試合はルイスと満だった。こちらは対照的にルイスが片手剣、満は両手剣だった。ルイスの剣は実に捉えどころにない剣だった。それに引き換え満の剣は剛そのもの。

 むしろ力任せと言った方がいいかもの知れないがなまじ魔力があるだけにその威力は馬鹿に出来ないものがある。例え刃引きの剣でも満の剣が当たれば軽く死もあり得るだろう。風をうならせて満の剣が飛び交っていた。

 しかし満はルイスを捉えられずにいた。何処をどう切ってもルイスの体がかすみの様に消えてしまう。まるで幽霊と戦ってるようだった。これはルイスの陽炎剣と言うらしい。満に取っては最悪の相性の相手だったかも知れない。

 ルイスを試合場の端に追い詰めて今度こそ仕留めてやると意気込んだ時何かが足に触ったように感じた時には体が宙に浮いて頭から場外の地面の上に激突していた。

 こんな事で死ぬような勇者ではないが脳震盪を起こしたようで試合続行不可能となってルイスに軍配が上がった。

 最後の第四試合はレオンと健吾の対戦となった。こちらは逆にレオンが両手剣、健吾は片手剣だった。健吾はそれほど剣技が得意ではない。

 剣士というよりかは魔法使いだ。得意の魔法は土属魔法なので相手の足場を不安定にさせたり絡めたりと言った戦法のあと止めを刺すと言うやり方だった。

 しかしレオンは駿脚と言うか、どんな攻撃も即座に回避してしまう。間に合わない時は蹴りで障害物を破壊する。空中から攻撃出来ない健吾には不利な相手だった。

 相手が迫って来たので目の前に岩の壁を築いたのだがそれを蹴破って岩の断片の隙間をついて突入そして剣を一閃。それであっさりとケリがついてしまった。

 結果は1勝2敗1引き分けと言う事で勇者側の敗北だった。これはある程度予想出来た事だった。

 それは当然だろう。騎士団は連戦の強者、それに引き換え勇者はこの世界に現れてまだ半年も経っていない。完全なキャリア不足に技術不足だ。ただしポテンシャルは高い。だから今後の修練次第では騎士団の脅威とならないとも限らない。

 そんな時やっと脳震盪から目が覚めた満は顔を真っ赤にして走って来た。そしてあれは無効試合だと言いだした。俺は足を滑らせて落ちただけだ。試合に負けた訳ではないと。

 この男は全く戦いと言うものがわかってない。足を滑らせただけから再試合をさせろと言っている。町の喧嘩ではないのだ足を滑らせようが何をしようが戦えなくなったら戦場では死しかない。再戦などと言うままごと遊びはないのだ。

 この言葉を聞いた騎士や聴衆は唖然とした。こいつは本当に勇者なのか。国を守って魔王や悪魔と戦う勇者なのかと。

 その時一人の巨漢が前に進み出て、それではエキシビジョン・マッチをしようと言い出した。貴殿のお相手は私が勤めるとその男は言った。

 これを聞いた全騎士達は驚いた。まさか総団長自らが戦うなんて何年振りだ。新人の騎士団員などは総団長が武器を持つ所さえ見た事がないと言う。

 帝聖騎士団総団長アントン・ホフマン、帝国の護国武神とまで言われた武人だ。この試合の条件は今までと同じだが、勇者の満にはどんな防具を付けてもいいと言った。

 満は騎士団の騎士鎧を付けて試合場に臨んだ。アントンは士官の騎士服で何一つ防具は付けていない。

 試合場の石円板の上に立つその姿はまるで微動だにもせぬ巨岩の如し。立ってるだけでその威圧が周囲を空気を震わせる。

 その目の前に立った満はそれだけで足が震え咽喉が乾き目が充血してきた。しかしここで引く訳にはいかない。そう思えるだけでも大したものだ。

 満は渾身の力を込めて剣を真横に一閃した。するとアントンは右手に持っていた剣を逆手に持ち替えて正面の石板に突き立てた。そこに満の剣が当たったが折れたの満の剣の方だった。

 ピキーンと言う音を立てて。その時間髪を入れずにアントンの蹴りが満の胴を蹴り飛ばし遥か後ろに壁まで吹き飛ばした。今度こそ失神。いや肋骨の4-5本は折れただろう。しかし治癒魔法を使えば死ぬ事ははないだろう。

 護国の武神は貴賓席のマトリスト公爵に向かい、もう少し勇者殿をお鍛えになった方がよろしかろうと言った。マトリスト公爵は苦虫をかみ潰しような顔をしていたが事実だ。どうしようもない。

 この結果を持って帝聖騎士団と勇者達の模擬戦は終了となった。