「勇者召喚」
ゼロとグレノフ達は依頼を受けた村にはそれぞれが依頼達成の証明を受けて冒険者ギルドに戻って来た。ゴブリン討伐は規定通りの報酬を受け取り、余分に討伐した分に関してはグレノフ達にも余禄が入った。
しかし問題はゼロ達の方だった。倒したのがゴブリン・チャンピオン2匹とゴブリン・パラディン1匹、そして極め付きはゴブリン・ロード1匹だ。こんな大量の上位魔物の討伐はこの冒険者ギルド始まって以来だった。
「本当ですか、本当にゼロさん達がこの上位ゴブリン達を倒したんですか」
そう言うギルド職員にも無理はなかった。どれもこれもAランクの魔物だ。それをCランクとEランクの冒険者が倒したなんてお天道様が西から昇っても信じられないと言う所だ。
しかしグレノフ達「竜峰の剣」の証言があり認めざるを得なかった。その一言でギルド内はざわついた。
「おい、どうなってるんだ。本当にあいつらがあんな大物を倒したのかよ。あれって倒せるのはAランクの冒険者だけだよな。それも4人はいるんじゃないのか。なのにあいつらまだCランク・パーティだぜ。しかも二人だ。信じろと言う方が無理だろう」
その時受付の奥から声がかかってゼロ達にギルドマスターが会いたいと言ってるのでギルドマスターの部屋まで来て欲しいとの事だった。ゼロはまた面倒な事にならなければいいがと思った。
案内されてギルドマスターの部屋に入るとそこには50歳位の偉丈夫がいた。まさに歴戦の勇士と言う感じだ。ゼロは流石は質実剛健の国のギルドマスターだと思った。
「君達が『虎の爪』か、まぁそこに座ってくれ。俺はここのギルドマスターでゴレフォングと言う」
そう言われてゼロ達はギルドマスターの正面のソファーに腰を下ろした。
「ところであんたはゼロとか言ったよな。この町には何しに来たんだ」
「何しにと言われてもなー、俺は冒険者だから各地を巡ってる。それだけだが」
「それでCランクのくせに各地で大物を倒してると言う事か。もうそろそろランクを上げたらどうだ。あんたならAでもSにでもなれるだろう」
「俺はそう言うのは好きじゃなんだ」
「だと思ったよ。しかしなーギルドの立場にもなってくれ。あんな大物をCランクに倒されたら上級者の顔が立たんだろう」
「それは俺の知った事ではない。倒したければ腕を上げればいい。それだけの事だろう」
「確かにそうだ。しかしな、その為にランク・システムと言うものがある。それは冒険者達の職域と生活を守る為でもあるんだ。その秩序を壊されては冒険者達は安心して働けなくなる」
「つまり俺にランク以外の余計な事はするなと言う事か」
「はっきり言えばそうだ。上位魔物を倒したければちゃんとランクを上げて倒して欲しい」
「なるほどな、わかった。今後気を付けよう」
「助かる。今回の分に関してはちゃんと支払わせてもらおう」
「ああ、頼む」
「それとそっちのマーカス君だったか。君は今日からCランクだ」
「俺はEランクだったはずだがそんなに簡単に上げていいのか」
「これでもまだ上げ足りないのだが俺の一存ではここまでだ。取りあえずはCランクで我慢してくれ」
「わかった。感謝する」
これでやっと解放されそうだとゼロは思った。
「ところでキリマンがあんたに会ったら宜しく伝えてくれと言ってたよ」
「キリマン、あのソレーユのギルドマスターか。知り合いなのか」
「ついこの間、年に一度のギルドマスター統括官会議と言うのがあってな、あいつはソレーユの統括官の一人だ。俺もな」
「なるほどそう言う事か。わかった」
やっと面倒な事が終わってゼロ達は解放された。ギルドの受付に戻ってみるとそこにはまだ「竜峰の剣」の面々がテーブル席の所で待っていた。
「どうしたお前ら、もうここでの用事はすんだんじゃなかったのか」
「ええ、そうなんですが実は俺達ゼロさんにお願いがあって」
「お願い?何だ」
「俺達を鍛えて欲しいんです。今回の事でよくわかりました。俺達じゃ全然力が足りないと。だからもっと強くなりたいんです」
「それでお前ら、このゼロに鍛えてもらいたと言うのか」
「はい、そうです。マーカスさん」
「死ぬぞお前ら、はははは」
「えっ、ええっ」
「俺からも頼んでやるよ。どうだゼロ、こいつらを鍛えてやってくれないか」
「マーカス、お前にしては珍しいな」
「まぁな、しかしこいつらならいい戦力になるかも知れん」
「そう言う事か。まぁいいか。わかった鍛えてやる。しかし俺の修行は厳しぞ。覚悟しておけ」
「はい、わかりました」
それからは依頼を受ける時以外は全てゼロの修行に費やした。それはマーカスの時と同じで基本はやはりサバイバル・スキルからだった。それも一つ一つが実に厳格だった。まるで軍隊にいるような。
「なぁゼロ、前々から聞きたかったんだがあんた軍隊の経験があるのか」
「俺の前の仕事は傭兵だった」
「傭兵か、なるほどな。それでわかったよ。しかも俺達よりそうとう厳しい訓練をこなして来た傭兵だったんだろうな。あんたのランクは何だったんだ」
「俺は軍に入って直ぐにフリーの傭兵になったからな、ランクはない」
「フリーの傭兵だって、それは凄いな。普通はフリーになっても仕事なんかは回ってこない。よほどの凄腕でないとな。やっぱりな。でどんな仕事をしてたんだ」
「俺は主に単独専攻の特殊任務だった」
「じゃー単独の将校格って訳だ。納得だな」
それからしばらくは4人の悲鳴が響き渡っていた。
一方こちらは帝都の王城では王子が襲われたと知った母の王妃は気を失ってしまって寝室に連れて行かれた。父たる帝王もその驚きは隠せなかったが少なくとも無事に帰ってきた事に安堵していた。そして一緒にいた護衛隊長に怒りの目を向けていた。
「どう言う事だ。何故そこまで危険な状態になった」
「申し訳ありません。相手があまりにも強力で手に負えませんでした」
この警備隊長とてそれほど軟な男ではない。王子の護衛隊長を務めるほどだ。優にBランクの実力は持っていた。それでもどうする事も出来なかったと言う。
「強力な敵だと。それは何者だ」
「二体の獣人でした。しかし普通の獣人ではなくAランク・レベルの獣人と言うか、もはや魔物に近かったかと」
「魔物に近い獣人だと。まさかそれは獣魔人では」
「帝王様、その獣魔人と申しますのは」
「古の魔物じゃ。人間と獣人を掛け合わせて作るとされておる一種のキメラ獣人じゃ」
「キメラ獣人、そのようなものが」
帝王は遠くを見つめる様な目をしてから頭を振った。
「しかしその技術はもう失われたはずじゃ。しかしもし誰かがそれを復活させたとなればとんでもない事になる。まさか獣人国が仕掛けて来たのか。それでその獣人達はどうなった」
「はい、途中で飛び込んで来た奇怪な者に討伐されました」
「奇怪な者とは」
「はい、体は人でしたが腕だけが獣の腕で。あれは虎でしょうか」
「その者の正体はわかったのか」
「いいえ、仮面をつけておりましたので皆目」
「獣魔人とそれを倒せる怪人だと。その様な者が。信じられん」
しばらくその場に沈黙が流れた。
「宰相よ、その後の獣人国の動向はどうじゃ。何か動きはあったか」
「いいえ、これと言っては何も。この前のサザン侵略で相当な手痛を受けましたのでここしばらくは動けないかと」
「なら獣人国の線は薄いか。となると。まさかな」
「帝王様、まさか、かのお方でしょうか」
「わからんが調べよ。そしてその怪人についてもじゃ。是が非でもその正体を掴め。もしかすると我が国の救世主になるやも知れん」
「御意」
所変わってこちらはマトリスト公爵家の執務室ではマトリスト公爵と側近の魔術師グレハーンと懐刀と呼ばれるカーネルが顔を揃えていた。
「どう言う事だ、カーネル」
「はっ、申し訳ありません。例の食料強奪作戦は失敗した模様です」
「だからどうしてだと聞いておる。ゴブリン・チャンピオンにゴブリン・パラディン、そしてゴブリン・ロードまで揃えておったのだろう。その戦力で何故負ける」
「敵方にどうやらそれ以上の戦力が投入された模様です」
「それら4匹を合わせた以上の戦力だと。そんな物がおるのか」
「どうやら王家の秘密戦力のように思われます。王子殺害の折も2体の獣魔人が殺されました。この時は姿を晒しております。そして遡ればメルゲスにあった獣人化実験場の20体の獣魔人の殺害も証拠こそありませんがそれも含めて恐らく同じ戦力を持つ者達ではないかと推察いたします」
「それはどの様な戦力なのだ」
「それはまだ完全には把握出来てはおりませんが我々の獣魔人に近い戦力ではないかと推察されます」
「獣魔人か。それはつまり逃げ出した例の兵士達と言う事か」
「その可能性もありますが、王子の時は例の兵士の獣魔人と同一ではありませんでしたのでその仲間かも知れません」
「敵方にその様な戦力があるとなるとちと面倒じゃの」
マトリスト公爵は忌々しそうに宙を睨んでいた。
「我が君、実はよい方法があります」
「何だグレハーン、良い方法とは」
「はい、ここで異世界召喚を行って勇者を呼び寄せるのは如何がでしょうか」
「勇者か、そ奴らに戦わせようと言うのか」
「左様でございます。その戦力ならば申し分ないかと」
「そうよのーこの世で勇者に勝る者はいないか」
「御意、召喚ならば召喚時に契約紋が付きますれば我らの思いのままに」
「しかし契約紋とは本来召喚主には逆らえんと言う程度のものではなかったか。こちらの意図通りに動かすまでは行かんであろう」
「いいえ、今回ゴブリン・ロードに用いた物を改良すれば何とでも」
「それは出来ると言うのか」
「御意」
「なるほどのーそれなら駒としては最高と言う事か」
「左様でございます」
「わかった。では早速準備に入ってくれ」
「御意」
こうして魔法使いのグレハーンは勇者召喚の準備に取り掛かった。それは古代遺跡から発見した召喚の魔導具だった。この魔導具を使えば多くの魔導士がいなくても異世界召喚が可能になる。
その時に契約紋を少し加工しておけばいい。ただその魔導具も大分その魔力が減ってきているので使えるのは後1~2回と言った所だろう。それでも今回はまだ間に合う。
ただこの契約紋も誰の言う事でも聞くと言う訳には行かない。最大4人までだ。だからグレハーンが選んだ4人と言うのはマトリスト公爵とその長女ナターシャ、それと懐刀と呼ばれるカーネルと自分自身、魔法使いのグレハーンだった。これだけの人間がいれば十分に勇者をコントロール出来るはずだ。
召喚の当日その4名と20人の魔法使い、更にその外側には同じく20名の騎士達が公爵達の警護に当たっていた。
魔導具が唸りを上げ魔方陣を形成して魔力投入と共に地面から光の筒が立ち上がり、その中に4人の人の姿をしたものが浮かび上がって来た。
今回召喚された勇者は4人だった。それも3人は男、そして3人共紺色の同じ形の服を着ていた。これが日本で学生服と呼ばれている物だとは誰も知らなかった。そして最後の一人は女だった。
これも同じ色の服を着ていたが形状は少し違っていた。そして皆若い。この4人は高校3年生だ。だから歳はみな17歳になる。何故この3人になったか。それは特定エリアでの魔力の存在値の高い者を上位から4名選択したからだ。そしてこの選択には人としての資質などは考慮されていなかった。
一番魔力値が高かったのは岬裕子、クラスの学級委員であり、また生徒会の副会長でもあった。次が正木裕也、岬裕子と同じクラスの学級委員で彼は生徒会の会長だった。
3番目は黒崎満、正直この男は悪だ。学校で番を張る鼻つまみ者だった。そして最後が金森健吾、彼は黒崎の弟分のような存在だった。一緒につるんでは悪い事をしていた。正に両極端の二組が揃った事になる。
4人共この世界に召喚された時は何が何だかわからずに周りを見ては目をぱちくりさせていた。しかも周りには見た事もないような服装をした大人達がいる。
少なくともわかる事は後ろで取り巻いている者達は甲冑のような物を着て腰には剣を下げていると言う事だ。ただ日本にある反り身の刀ではなく西洋でよく見られる両刃の直剣だろう。少なくともこの者達を相手に逆らう事はよした方がいいと言う事くらいはわかった。
ここで声を発したのは侯爵の娘ナターシャだった。彼女は治癒魔法が使える他に意識誘導も出来る。こう言う場合は最適だろう。
「勇者の皆様、よくぞ我が帝国、ドイケル帝国においで下さいました。私はマトリスト公爵家の長女ナターシャと申します。皆様方は神のお召により我が帝国に召喚されたのです。きっと突然の事で精神的にもお疲れでしょう。私がそのお疲れを取り除いて差し上げます。私は治癒魔法が使えますので」
そう言ってナターシャは一人一人の首の後ろに手をかざして治癒魔法を掛け始めた。その感触は実に心地よく、混乱していた異世界の者達の心を落ち着かせ体にも活力が増したように感じられた。
しかし同時にナターシャは勇者達の首の後ろにある契約紋の上にもう一つの魔方陣を重ね掛けしていた。これで勇者達はこのマトリスト公爵家の奴隷になったも同じだった。
この瞬間この世界の次元に歪みが生じ魔力値に変動があった。ゼロは気のセンサーを使ってとある所に四つの大きな人の魔力が出現した事を知った。
これはもしかするとゼロの時と同じ様に次元の歪か移動でもあったのか。もしそれが誰かの意思で行われたのだとしたらそれはこの世界の神かそれとも魔導士と呼ばれる者達か。
そしてその目的を考えると正規のものならば勇者の召喚と言う事も考えられる。しかし勇者と呼ばれるにしては魔力量がまだ少ない様に思えた。恐らく彼らもまた修行を積んで更に強くなって行くんだろう。それは楽しみな事だとゼロは思っていた。