去年6月の休校明けから

給食当番のエプロンが

各自持参になりました。

 

 

 

 

 

息子はこちらの黒使用。

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アイロンがけしなくてよいのが

誠に嬉しい。

 

 

学校の割烹着を持ち帰る度に

毎回毎回萎えていたので

 

こういうものこそ、

素敵なお買い物だな、

と思った次第。

 

 

 

当時、割烹着のアイロンがけに

激しく拒否反応があったので

闇出しもしていました。

 

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給食当番の割烹着から

めでたく解放されたのですが、

 

 

やはり、

週末に持ち帰ってくる上履き洗いも

大げさに萎える。

 

 

 

 

保育園時代は、

息子に上履き洗いをやらせてみましたが、

 

結局、

仕上げ洗い必須となるので

上履き洗いは

「わたしの係」となったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

お風呂に入る時に

洗うようにしているので、

 

あまりにも

上履き洗いをしたくなさすぎて

入浴も後回しの先延ばしするようになり、

 

毎度毎度、

深夜〜朝方くらいまで

時間を引っ張ってしまうというゴテゴテ感。

 

 

嫌なもんは嫌なのだが

どうにかこの上履き洗いを

少しでも楽しめないだろうか

 

.....と考えていました。

 

 

 

 

あるとき、

 

こんなに自分が拒否っている

「上履き洗い」を

 

わたしの母は、なにも言わずに

ずっとずっとキレイに洗ってくれていたのだな、

 

と感謝の想いが

突然!!激しく噴出し、

大量の目水と鼻水を流しました。

 

 

そこから

今までの感謝の想いが

とめどなく湧き上がってきて

 

上履き本体にも

「学校で息子のことを護ってくれて

ありがとう」

という想いでいっぱいになりました。

 

 

 

上履き洗いをしながら

己にこびり付いたしぶとい穢れ

ドサドサと落ち、

 

目に見えて

キレイに洗い流されていくようで、

とっても気分がよくなったのです。

 

 

 

そ、そうだ!!

 

「上履き洗いの日」を

「己の禊(ミソギ)の日」にするとしよう!!

 

 

まぁ〜

『禊』とは『闇出し』のようなものですけども

 

1週間の穢れを落として流す日に

決めたのでした。

 

 

 

以前、

なにかの読みモノで、

 

『掃除やモノを磨く行為は、

己のココロの汚れを落とす行為である』

 

 

.....というようなのを

読んだ記憶があります。

 

 

汚れていないような箇所も

毎日掃除することによって

自分のココロの中をキレイにしてゆく。

 

外側を掃除しているんじゃない。

自分の内側をキレイにしているんですよ

 

....みたいな感じ。

 

 

 

自分の身の回りに存在するものは

すべて己の被造物であるのだから、

自分そのものなのである。

 

 

 

上履き洗いに対して

相当な反発心を持っていたのですが、

 

こんなわたしでも

毎日欠かさずやっていることがあります。

 

 

 

 

それは、

 

息子が学校に履いて出掛ける運動靴を

ウェットティッシュなどで

キレイにする

 

....です。

 

 

これをやり始めたのは、

忘れもしない.....

 

 

 

息子が

ひとりで遊びに

出掛けるようになったときでした。

 

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このときのわたしの緊張感。

 

もう2度と会えなくなるかもしれない

という異常なまでの心配性炸裂で

 

根っからの神経質体質も

表にで出てきちゃいましたので、

 

自分で自分を痛めつけるほどに

己と戦っていました。

 

 

そんなときに

自分のココロを守るために

 

息子の靴を磨く

 

という

【おまじない】を思いついたのです。

 

 

息子の靴に向かって

 

「今日も無事に連れて帰ってきてくれて

ありがとう。

明日も無事に連れて帰ってきてください。」

 

という想いを乗せて

砂埃まみれの運動靴を拭いていました。

 

 

息子の運動靴も『わたし』であるので、

運動靴に

『わたし』の魂を乗せてやるぞ!!

乗せちまうからな!!このやろーー!!!な勢いで、

 

何が何でも無事に帰宅させる!!

明日も無事にどうか頼む!!

 

という

念力を込めていたのでした。

 

 

 

 

こんな【おまじない】に頼らずに

心配なく送り出せればいいものをね。

 

 

 

でも困ったことに、

これが自我(エゴ)の特徴であり、

自我の性質なんですね。

 

 

自我は、

なにもせずに安心する、

というのがとっても苦手です。

 

なにかしていないと落ち着かない...

なんでもかんでも

したがり屋さんなのです。

 

 

安心できる根拠は?証拠は?

どうやったら安心するの?

 

安心するために、〜しないと!!

 

『何かをしなければいけない』

 

という強迫観念に囚われます。

 

 

本当は、

心配なんていらないし、

 

我々には、

【安心】が初期設定されているので

 

何かをする必要はなく

【安心】していい。

 

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ただ自我の暴走が止まらないとき....

 

このような自分独自の

【おまじない】に頼ってもいいと思います。

 

本当は、

なにも心配いらないと知っているけれど、

 

自我の暴走を落ち着かせるために

コレをやっている、

と気づいていること。

 

 

 

あと、

自我を落ち着かせる方法で、

 

『お前はもうシんでいる!!』

 

もよく使っていました。

 

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自我(エゴ)は、

 

心配や不安といった

マイナスエネルギーこそが

 

これから起こりうる最悪な事態を

回避できると信じている。

 

 

 

自我は、

不安になることがお仕事なんだ

 

....とイチイチ気づくこと。

 

 

『わたし』が不安になっているんじゃない。

『自我』が不安になっているだけなんだ、と。

 

 

苦しくてどうしようもないときは、

『自我』と同化している証拠です。

 

だから、

気づいたら離れること。

 

一歩引くって感じ。

 

舞台から降りるって感じです。

 

 

 

 

 

 

どうして?

 

外靴は平気なのに

上靴は拒否ってんだよっ!!

 

 

というツッコミは、

真顔でスルーすることにいたしまして、

 

 

なんだよっ!!

雪降らないじゃん...

 

楽しみにしてたのに....

 

と心底ガッカリしたけれど、

 

今宵も酒が旨いので、

ヨシとした。

 

 

 

今日は以上です。

ありがとうございました。