Yukaさんに入れ込みすぎているかもと思いながら、久しぶりの顔合わせ。
他で会ってたEmiさんとは、向こうから指定される日がYukaさんとの予定と被るため最近は会っていません。
そんな状況だったので、あまりガツガツしていない子とご飯でも行ってみようという気持ちで会ってみました。
とはいえ、初回はお茶ですけどね。
会ってみると割と見た目は好み、目元が柔らかくコロコロとよく笑うところは良いですが、緊張しているのか何なのか話のペースは少し噛み合わなかったり。
話題もコロコロと変わったと思えば、話題がなくなったのでお暇します、と言い出してみたり、少し不思議な子でした。
結局、1時間お茶して、じゃ次は食事でもという感じで。
会ってみた感じもガツガツしておらず、この活動も始めたばかりで楽しんでいる様子なのは良いところかな。
お金に困っているわけでもなく、明確な目的があるわけでもない、というのは気軽に付き合いやすいかもしれません。
気軽に切れるという意味でもあるでしょうけど。
会いたいというエリアも使いやすいエリアで頻度もほどほどなので、また2回目ご飯で会ってみて報告しようと思います。
良心がほとんど、ないしはまったくない人たちを「反社会性パーソナリティ障害」と呼びます。
人口の4%ほどに存在すると言われているため、25人に1人はそういう人がいるということです。
一般的にはソシオパス、サイコパスと言われたりする人たちです。(この二つは違いがありますが、ここでは省略します)
どのような特徴を持つか?
- 社会規範に順応できない
- 人を騙す、操作する
- 衝動的で計画性がない
- カッとしやすく攻撃的である
- 自分や他人の身の安全をまったく考えない
- 一貫して無責任である
- 他の人を傷つけたり、物を盗んだりしても良心の呵責を感じない
https://universe-club.jp/staffblog/settohigai/
3月上旬、男性よりデートされた女性に財布から5万円を抜かれたという報告がありました。
弁護士を介して示談にするか、警察に窃盗で被害届を出すかの判断を双方で話し合い示談となっております。
残念ながら窃盗被害は時々報告されており、トラブルの上位にランクする事案です。
これはユニバース倶楽部の窃盗事件ですが、パパ活アプリなどでも実際に窃盗事件は起きています。
要するにそういったことを行う人たちは良心の呵責がないということです。
他人であれば騙してもいい、傷つけてもいい、お金を盗んでもいいと考えているわけです。
PJさんがお金を抜くというだけではなく、P側が渡したお金を抜くとか、食事中に逃げるとか、そういうことも起きています。
男女に関係なく、こうした事件は起きるということです。
そして、こういった障害を持つ人たちの最もよくある特徴として、口が達者であり表面的な魅力があるということがあります。
一種のオーラやカリスマ性を持っていて、普通の人からはずっと魅力的で面白い人間に見えたりします。
他の誰よりも気さくで、真剣で、色々なことを話してくれ、性的にも奔放で、一緒にいて楽しいという印象すら与えます。
彼らは感情が浅く、口では愛していると言いながら感情移入することはなく、相手に価値を感じるとすればそれは所有物としての価値であり、失うことに腹を立てたりはしても、悲しんだり責任を感じたりすることはないと言います。
25人に1人が感情を持たないということは、中学校や高校のクラスに1人はいると思うとわかりやすいでしょう。
普通の人たちが良心によって制限している行動を躊躇なく行うことができる人が、その割合でいるということです。
では、この見分け方はあるのでしょうか?
相手と長く付き合う以外に相手の信頼度を推し量る方法はないというのが実情です。
そして、誰かを信じるということについて、人間は誰しも間違いを犯します。
なら、どうやって対処すべきなのでしょうか?
対処しない方がいいのでしょうか。
ここにアインシュタインの名言があります。
「この世は危険なところだ。悪いことをする人がいるためではなく、それを見ながら、何もしない人がいるためだ」
要するに、性善説を信じているからなどと言って何もしない人がいるからこそ世界は危険だと言っているわけです。
少なくとも私たちは自衛をする必要があります。
もし身近にいる信頼できない人を見分けたい場合、目安になるのは「同情を誘ってくるかどうか」だと言います。
不適切とまでは言えないまでも気になる言動をする相手が、繰り返し同情を買おうとしたら、警戒をすべきです。
とはいえ、これは絶対ではありません。
このような活動をしている以上、人間の悪意に対しては気を付けていきたいものです。
表題は「毒島ゆり子のせきらら日記」からいただきました。
本作は、前田敦子が「二股をしないと生きていけない女」を演じて話題になったものですが、観た時は「前田敦子って恋愛体質の女が凄く似合うなあ」という感想でした。
さて、このドラマは前田敦子演じる毒島ゆり子が「どれほど愛しても、男は必ず裏切る。裏切られた時に自分が傷つかないように」という理由で常に男を複数抱えておかなければいけない故に、様々な恋愛問題に巻き込まれる話です。
ある意味、パパ活とも似ていますよね。
どれほど会っても、PもPJも必ず裏切る。裏切られた時に自分が傷つかないように複数の関係を持つ。
もしくは一人に依存しすぎないように気持ちを複数に分散する。
色々な理由があるでしょう。
もしかしたら、恋と愛は違うという理由で別々のパートナーが欲しいのかもしれません。
私は私で、今は一人で満たされていますが、なんとなく他の子と顔合わせでもしてみようかと思いメッセージしてみるも、やりとりが面倒くさくなりつつあります。
そして、考えるのはパパ活のゴールはあるのかということ。
恋愛のゴールは結婚という道があります。
しかし、パパ活のゴールはあるのでしょうか?
死がふたりを分かつまでこの関係は永遠なのでしょうか?
不安定な気持ちやモヤモヤした気持ちはいつまでも続くのでしょうか。
パパ活はゴールのない賽の河原のようなものでしょうか。
もちろん、私も正しい答えを持っていません。
そういう意味ではパパ活は恋愛や結婚よりも儚いように見えますが、別に恋愛だって結婚だっていつ気持ちがなくなるかわかりません。
人の気持ちが不変であるわけはなく、永遠の愛も永遠の絆もないわけです。
すると、私たちは何を目指せばいいのでしょう。
それとも目指すべき場所などないのでしょうか。
そんなことを考える最近です。
であれば、逆にお金という建前があった方がより強い絆と言えるのかもしれませんね。
