〜以下、引用〜
寄り添うとは、相手の気持ちをイメージしたり感じたりして、場の雰囲気から感じ取ったことを元に言葉を選んだり黙っていたり、状況に合わせた寄り添い方をする。
自分の感情を相手の気持ちと同化させるようにするようなこと。
いかに相手の気持ちを汲み取れるか、自分の心をいかに寄せていくことが出来るかで、寄り添う度合いが分かる。
〜引用終わり〜
当事者会におけるピアサポートでも、相手に寄り添うことは必要ですが、
「きちんと相手に寄り添うことができていなかったな。」
と反省する場面もあります。
例えば、いじめのような嫌がらせや仲間外れの現場を目にしたとき、いじめられた経験のある私はどうしても、嫌がらせや仲間外れを受けている側に寄り添ってしまいます。
でも本当は、嫌がらせや仲間外れをしている方にも寄り添う心が必要なんですよね。
実際、いじめられた経験のある人は、いじめられることから身を守るために、いじめる側に回りやすいという報告も上がってきているようです。
だからといって、嫌がらせや仲間外れをしていい理由にはならないのですが、上記の事実を知って、嫌がらせや仲間外れをしている方にも「寄り添いの心」が必要だったと反省しました。
私は相手に対して厳しいことを言うことが苦手なほうですが、「時には厳しさも必要である」ということをよく分かっているため、嫌がらせや仲間外れの現場を目にしたときは、相手に対してかなり厳しく注意しました。
厳しいことを言うことが苦手だと自分で自覚しているからこそ、かなり厳しく注意しました。
注意したこと自体は悪くなかったし、必要なことだったと思いますが、そのときに「寄り添う心」も持てていたらよかったというのは反省点です。
嫌がらせや仲間外れをされた方ばかりに、寄り添ってしまったから…。
しかしこの経験から、精神保健福祉士や社会福祉士には、「自己覚知」を深めることが必要だと言われている理由がよく分かったのはよかったと思います。
仮にまた似たような場面に遭遇することがあったら、今度は嫌がらせや仲間外れをしている側にも「寄り添う心」を持つことができるでしょう。
最後に寄り添うといえば、「全国ピアスタッフの集い」にて聞いた、
「支援者やピアスタッフ自身がリカバリーしているほうが、利用者に寄り添える。」
という言葉がとても印象に残っています。
それは本当に、自分の経験からもその通りだと思うんですよね。
私の場合で言うと、精神保健福祉士や社会福祉士の資格取得を目指しているとき、生活苦や体調不良、試験に対するトラウマやフラッシュバックなど、様々な問題を抱えながら生活していましたが、そのときは、自分のことで精一杯であまり相手に寄り添えていなかったなと感じています。
資格取得の際に身につけた僅かながらの傾聴に関する知識も否定されるべきものではなく、大切なことではありますが、それはリカバリーあってこその話だと思います。
今まで以上に相手に寄り添えるようになるためにも、これからもリカバリーストーリーを積み上げていきたいです。