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ピア精神保健福祉士として

ADHD(発達障害の一種)の当事者であり、精神保健福祉士でもあります。当事者性を持つ専門職として、そして、専門性を持つ当事者として、「当事者」と「専門職」の架け橋になっていきたいと思います。

「寄り添う」という言葉をよく耳にしますが、改めて、これはどういう意味なのだろうかと疑問に思い、調べてみたら以下の通りでした。


〜以下、引用〜
寄り添うとは、相手の気持ちをイメージしたり感じたりして、場の雰囲気から感じ取ったことを元に言葉を選んだり黙っていたり、状況に合わせた寄り添い方をする。

自分の感情を相手の気持ちと同化させるようにするようなこと。


いかに相手の気持ちを汲み取れるか、自分の心をいかに寄せていくことが出来るかで、寄り添う度合いが分かる。

〜引用終わり〜


当事者会におけるピアサポートでも、相手に寄り添うことは必要ですが、

「きちんと相手に寄り添うことができていなかったな。」

と反省する場面もあります。


例えば、いじめのような嫌がらせや仲間外れの現場を目にしたとき、いじめられた経験のある私はどうしても、嫌がらせや仲間外れを受けている側に寄り添ってしまいます。


でも本当は、嫌がらせや仲間外れをしている方にも寄り添う心が必要なんですよね。


実際、いじめられた経験のある人は、いじめられることから身を守るために、いじめる側に回りやすいという報告も上がってきているようです。


だからといって、嫌がらせや仲間外れをしていい理由にはならないのですが、上記の事実を知って、嫌がらせや仲間外れをしている方にも「寄り添いの心」が必要だったと反省しました。


私は相手に対して厳しいことを言うことが苦手なほうですが、「時には厳しさも必要である」ということをよく分かっているため、嫌がらせや仲間外れの現場を目にしたときは、相手に対してかなり厳しく注意しました。


厳しいことを言うことが苦手だと自分で自覚しているからこそ、かなり厳しく注意しました。


注意したこと自体は悪くなかったし、必要なことだったと思いますが、そのときに「寄り添う心」も持てていたらよかったというのは反省点です。


嫌がらせや仲間外れをされた方ばかりに、寄り添ってしまったから…。


しかしこの経験から、精神保健福祉士や社会福祉士には、「自己覚知」を深めることが必要だと言われている理由がよく分かったのはよかったと思います。


仮にまた似たような場面に遭遇することがあったら、今度は嫌がらせや仲間外れをしている側にも「寄り添う心」を持つことができるでしょう。


最後に寄り添うといえば、「全国ピアスタッフの集い」にて聞いた、

「支援者やピアスタッフ自身がリカバリーしているほうが、利用者に寄り添える。」

という言葉がとても印象に残っています。


それは本当に、自分の経験からもその通りだと思うんですよね。


私の場合で言うと、精神保健福祉士や社会福祉士の資格取得を目指しているとき、生活苦や体調不良、試験に対するトラウマやフラッシュバックなど、様々な問題を抱えながら生活していましたが、そのときは、自分のことで精一杯であまり相手に寄り添えていなかったなと感じています。


資格取得の際に身につけた僅かながらの傾聴に関する知識も否定されるべきものではなく、大切なことではありますが、それはリカバリーあってこその話だと思います。


今まで以上に相手に寄り添えるようになるためにも、これからもリカバリーストーリーを積み上げていきたいです。

年が明けました。 

昨年、従兄弟が急死したため「おめでとう」は控えますが、皆様、今年もよろしくお願いいたします。

今年は出だしから非常にブルーです。

昨年のことは昨年のうちに片付けようと、部屋の片付けに着手しましたが、結局は片付けられなくて、しかも途中で体調が悪くなって今に至っています。

おかげで、楽しみにしていたカウントダウンパーティーも行けませんでした。

ADHDとは別名、「片付けられない症候群」と言われていますが、こうしてまた障害によって、楽しみが1つなくなるのかなと思うと、悲しくなりました。

ついでに、子どもの頃に片付けられなくて、よく怒られていたことを思い出してしまいました。

片付けようと頑張っても、どうしても頭がもやもやして片付けられませんでした。

しかし、それは皆同じだと思っていたから、助けを求めることも言語化することもできず、ただただ苦しかった…。

今はADHDであるからと、原因が分かっているだけその頃よりも苦しみが少ないけれど、それでもやっぱり辛いです。

ただ、当事者として1つ訴えたいことがあります。

発達障害=コミュニケーション障害

とは思い込みは、どうか捨てて頂きたいということです。

私の場合の障害による困り感は、
①乗り物に弱い、②片付けができない、③手先の不器用さ
です。

特に②と③は、仕事よりも家事で障害が出ています。

①はかなり克服できつつあるので、年末年始のラッシュを避けるなどすれば、基本的には業務には支障がない範囲です。

年始からややネガティブな投稿で申し訳ありません。

しかし、障害による困り感をすべて克服しまったら、きっとピアサポートも出来なくなってしまう(=ピアとしての寄り添いができなくなってしまう)ので、「障害によって感じる悲しみややるせなさ」も大切にしていこうと思います。

今年は1月の初めに新しい仕事がスタートするところから始まり、環境もがらっと変わって大変な1年でした。

ここで改めて、1年を振り返ってみようと思います。

 

1月:
1月初めより、新しい仕事開始。初の福祉業界、初のオープン就労。初めてなことばかり。
 

2月:
いとこが急死したという知らせを受ける。
「生きること」について、本気で考える。

 

3月:
「つむぎ 発達障害当事者会」の前身団体の解散。

 

4月:

「つむぎ 発達障害当事者会」設立。

ウェブサイトを立ち上げた。

 

6月:

「つむぎ 発達障害当事者会」にて、「ピアスタッフのお仕事」をテーマに講演デビュー。

 

7月:
発達障害当事者会フォーラムに、パネリストとして登壇。

発達障害当事者会フォーラムにて、ピアサポートの研究をしている教授と出会い、講演を聞いて感銘を受ける。

そして、ピア精神保健福祉士の先輩と久々に再会する。

※当事者会フォーラムが転機のきっかけとなる。

 

8月:

リカバリーフォーラムの分科会「ピアスタッフになるには」に出席。
ピアスタッフの研究をしている教授と再会し、「全国ピアスタッフの集い」の方々に出会う。

※この分科会に参加したことが大きな転機となる。

 

9月:
リカバリーフォーラムの出会いがきっかけで「全国ピアスタッフの集い」の実行委員になる。

IPSピアスペシャリスト協働学習会にて、「ピアスタッフのお仕事」をテーマに話題提供する。

 

11月:

久留米の「精神障害者リハビリテーション学会」にて、「ピアスタッフのお仕事」をテーマに発表する。

ピアスタッフ協会の会長のご講演を聞いて涙する。

 

12月:

「全国ピアスタッフの集い」に実行委員として参加。

・分科会2の「ピアスタッフのクライシス」にて発表する。

・ピア精神保健福祉士の先輩と再会し、必要ならば、定期的にスーパービジョンを行うと声掛けしてもらう。

・多くのピアスタッフに出会う。

 

「ピアサポートとアウトリーチ」に出席。

・人と人との出会いについて、点と点が線になり、面になっていくことを感じる。

それにより、まだ公表はできないが、あるビッグな構想が生まれる。(できれば来年実現したい。)

振り返ってみると、本当に大変な1年だったと思いますが、その分、多くの出会いがありました。

ピアスタッフになり、クローズ就労からオープン就労に切り替えて本名を出し、障害のことを包み欠かさず情報発信するようになってから、一気に人脈が広がりました。

それは本当によかったと思います。