はじめて | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

プチッ、プチッ、
先生ってかわいいな〜〜。
幼稚園の担任の先生を見てそう思った。
まだ6歳だった。

きっとこれがはじめて
女性を女性として意識した時なのかもしれない。
家庭訪問に来る日はウキウキしてた。
先生が母親と話している時は
図々しくも先生の膝の上にチョコンと腰掛けて
笑われたもんだ。



今では想像もできないくらいの積極性だ。
この積極性
今も持ち合わせていればと思うものの
はじめてっていつまでも
忘れられないものだ。

プチッ、プチッ、
ギターのはじめては
12歳年上のいとこからもらった
ガットギターだった。

我流で単音ばかりつま弾いていたが
そのうちつまらなくなって
ほったらかしだったのだが
井上陽水さんの「心もよう」
Amのあの印象的なあのアルペジオを
中2のある日友人に教えてもらった。
すぐ弾けたのが嬉しかったものの
Amの後Dmへのコードチェンジができなくて
そのうち飽きてしまった。

しかしこの年の拓郎さんとかぐや姫の
つま恋コンサートを深夜ラジオで聴いてから
自分もやらなければ!そう思った。
きっとこれがミュージシャンに憧れた
はじめてなのかもしれない。

そして忘れもしない
年が明けたばかりの1月2日に
お年玉をはたいて
YAMAKIの1万5000円のギターを購入。
これが素人ギタリスト
pecobro誕生の記念日となった。

身銭をきって買ったギターだ。
今度は途中で投げ出すわけにはいかない。
一週間ほどコードチェンジの練習をして
はじめて弾き語りできた曲が
泉谷しげるさんの「寒い国からきた手紙」

プチッ、プチッ、
はじめてっていつまでも
忘れられないものだ。
そんなこと思い出しながら
口の中に含んだものプチプチ音をたてながら
思い出していた。
お正月の残り物だけどって
昨夜母からお裾分けされた数の子。



そういえばこれをはじめて食べた日も
忘れられない。
それまでも食べる機会はあったものの
食べず嫌いで
口に入れたことがなかった食べ物だ。
山形県酒田市の祖父の家に遊びに行った時
ひょんなことから食べて
その美味しさに気がついた。

ほ〜〜ら美味しいだろう!

大きな丸テーブルを囲んで
祖父も父も母も
ニコニコしながら僕に語りかけている。
賑やかな食卓だったな。
小学校1年の時だった。

プチッ、プチッ、
ある日の情景が奥歯にはさまった。