pecobroのZEP絵日記 その6(最終回) | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

bro
今はあんまりわかんないけど
70年代のあの時代
ライブにおける各楽器の
ソロ・パートの不自然なほどの長さ。
プログレが起源なのかな〜?
これもよくわかんないけど

しかしハード・ロックという
看板でやっているバンドにとっては
当たり前となり様式美と化したじゃないか〜。

peco
でもクリームなんかジャズ・ロックっていうのか
インプロビゼーションの一環で
ソロの応酬みたいなこと
60年代中盤以降もうやってたじゃない?

bro
そうなんだけど
もっと各楽器だけの見せ場っていうのか
クリームの場合
はい!ここから各人のソロパートですよ〜
みたいな見せ方とは違うじゃん。

ZEPも最初はそんな感じだったけど
1973年頃にはあるパターンが出来上がって
1975年から1977年はそれが長尺化するんだ

これって
ロバートの声の負担を軽くするっていう
目的もあったのでは?

peco
そう考えるとロバートの肉体的な衰えが
ハードロックの様式美を作ったということになるのか?
なんだか皮肉なもんだな〜。

bro
でも素晴らしいことでもあるよ。
自分の弱点がジャンルを牽引するまでの
ある形を作ったんだからさ〜。
まさにピンチはチャンスでもあったわけだ。
そういう意味じゃツェッペリンって
音楽だけじゃなく人間の生き方まで
俺に教えてくれた存在なんだ。

能力の衰えとかいろんな原因で
バンドから放り出されたり首をすげ替えて
サイボーグ化して生き続けるバンドもあるけど

それに対してツェッペリンって
個々の能力の変化や嗜好の変化を
柔軟に受け入れ進化したバンドでもあったわけだね。
人間として生きることを決意したバンド。

peco
ボンゾの死はツェッペリンの死。
彼らにとってこれは必然だったんだ〜。
ツェッペリンって生き方だったんだね。

bro
「巨人の星」の星一徹も
似たこと言っていたけどな!

peco
ハ???

bro
飛雄馬は速い球は投げられるんだけど
背が低いために球質が軽い。
そのためバットに当てさえすれば
遠くまで持っていかれる。
この弱点はいくら努力してもどうにもならない
速球投手としての死刑宣告だな。

だが飛雄馬はくじけず
自分の弱点を長所に変えるという発想で
大リーグボール1号という魔球を生み出した。

それを見た一徹が一言こう言うんだ
「人間にとって自分の短所を長所に変えるほど
美しいことはない」

ツェッペリンも同じだよ。


peco
絵日記6

あとがき

長い連載お付き合いありがとうございました。
お前これはおかしいだろ!とか
突っ込みどころもたくさんあったかと思いますが
勝手きままに思っていることを
受け売りを交えつつ記事にしてみました。
コメントをくださったみなさんが捉える
ツェッペリン像も興味深くて
僕に新たなツェッペリン像がプラスされました。
とても楽しかったです。

ジョンジー寄りの記事になってしまいましたが
僕はジミー・ペイジのファンです。
かつてスタジオミュージシャンでもあった
ジミーとジョンジー
結局二人の間に
確執があったのかどうかはわかりませんが
バンドメイトでありながら
ライバルでもあったんじゃないかと思います。

音楽一家に育ち
鍵盤が出来るジョンジーに対して
ジミーはコンプレックスを持ちながら
オープンチューニングや
ギターのみで重厚なオーケストレーションで対抗。
ギターにこだわり続けギターの限界に挑んだジミー。

「pecobroのZEP絵日記 その3」の記事の最後で
「アキレス最後の戦い」を引き合いに
ジミーに意地悪なこと書いてしまいましたが
「アキレス最後の戦い」こそ
ギターでここまでできるんだという
ジミーがジョンジーに対する意地であり
回答だったのだと思います。

最後にツェッペリン濃度の高いのは誰か?
昨日のコメントにも書かせていただきましたが
アラジンと魔法のランプよろしく
4人が演奏した時にのみこの世に出現するもうひとつの人格
それがツェッペリンなのだと思います。
つまりツェッペリンはツェッペリンなのだと思います。

昔ブートレグにはまっていたので
ライブの場におけるツェッペリンの変遷なんかを
またいつか記事にしてみます。
ありがとうございました。

              pecobro