男と女 | がらくた通り3丁目

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人にとってはまるで無価値。それも一個人の形成には不可欠。自我の源泉をたどる旅。おつきあい頂けたら幸いです。

リッチー

いつかリッチー・ブラックモアについて
触れましたが
彼はジミー・ペイジとともに
ハード・ロックを作り上げた男。
ファンは大概はジミー・ペイジ
(レッド・ツェッペリン)派と
リッチー・ブラックモア
(ディープ・パープル/レインボー)派に
わかれてしまいます。

僕はもちろんジミー・ペイジ派。

ですがたまにリッチー・ブラックモアが
聴きたくなる時もあります。
彼のテクニカルなプレイはやはり魅力的。

ツェッペリンの限りなく湿度が低く
硬質な音はもちろん大好きなのですが
ちょっと乾燥しすぎると身体が湿度を要求します。
そんな時はパープル/レインボーなど
聴きたくなります。

ジミーはツェッペリンを始めるにあたり
アコギでいくかエレキでいくか
随分と悩んだことは有名な話です。

結局エレキを選ぶわけですが
「プレゼンス」は例外として
アルバムには必ずアコギ曲が入るほど
アコギへの嗜好と造詣を提示してきました。

これに対しリッチー・ブラックモアは
ずっとエレキにこだわってきたように思います。

その彼が1990年代後半
婚約者で年の差カップルのキャンディス・ナイトと
ルネッサンスミュージックをやると宣言
アコースティック・アルバムを制作。
あっさりとエレキを捨て
ロック界から足を洗ってしまいます。

ファンは最初やきもきしてましたが
そのうちロック界への復帰は半ば諦めていたと思います。

来年その彼があるイベントのために
ロック界に復帰はしますがその後はどうなるのか?

しかし女性の力は絶大です。

リッチーがエレキをアコギに持ち替えた時
ファンの誰もがあのリッチーが
エレキを捨てることなどあり得ないと思ったからこそ
やきもきしたわけですが
何年経ってもエレキに戻る気配すら見せないリッチー。

どんな強い精神や肉体を持つ男も
惚れた女性の前にはひれ伏すことしかできない。
ファンはリッチーからそれを痛いほど
読み取ったのだと思います。

考えてみたら男が頑張るその動機や理由は
女性が存在するからなのかもしれません。

自分のためだけに頑張るといっても
ある程度は頑張れるかもしれませんが
それ以上のことになると
誰かのためとか支えてくれているであろう人の
期待に応えるためにって思って
さらに頑張ります。

男と女って反目することもありますが
女がいるから男は頑張れる。
男がいるから女は頑張れる?

お互いを高めあえる関係っていいなって思います。