
▲アイドル雑誌「明星」の1976年7月号付録の中身。表紙は紛失。吉田拓郎の1976年のアルバム「明日に向かって走れ」の特集。この特集の中では触れられていませんが、問題はこのアルバムの中の1曲「我が身可愛いく」なんと、同じく1976年のジェフ・ベックの名盤「Wired」の「Come Dancing」と酷似。どちらも5月リリース!?これはいったい!?


▲「ライトミュージック」1974年3月号の表紙とその中身を一部抜粋。イエスの「海洋地形学の物語」のレコード・レヴューが



▲「Player」1994年3月号の表紙と44ページから4ページにわたるイエスのギタリスト「スティーヴ・ハウ」のインタビュー記事から抜粋。「クリーム」でのクラプトン渾身の名ソロが堪能できる「クロスロード」について言及
話しを戻します。
当時日本のフォークは
いつのまにかニューミュージックと
呼ばれるようになってました。
僕の記憶では1975年にヒットした
荒井由美の「あの日に帰りたい」
あたりからだったような気がします。
またアコギに戻った僕は、
ニューミュージックという現象にも馴染めず
どんどん時代を逆行していきました。
フォークに夢中だったころあまり聞いてなかった
吉田拓郎さんに興味を持つのもこの頃でした。
彼の過去のアルバムが大好きになりました。
特にその詩に共感を覚えました。
彼はアマチュア時代ローリング・ストーンズの
カバーもやっていたようです。
彼のラジオ番組で
その時の音源を聞いた記憶があります。
曲は確か「テル・ミー」でした。
僕は現在でも彼の詩が好きです。
学校を卒業して就職したばかりの時、
辛い時、口惜しい時、彼の歌詞を思いだしては
励まされたものでした。
僕が好きだった拓郎さんのフレーズ
◎どうしてこんなに悲しいんだろう
「人の心は温かいのさ。明日はもう一度触れてみたい。
独り言です。気にしないで。時にはそんなに思うけど。
明日になるといつものように、心を閉ざしている僕さ」
◎知識
「押しつけられたら逃げてやれ、
気にするほどのやつじゃない」
◎この指とまれ
「この指とまれ、ガキの遊びじゃあるまいに
オイラお先にちょいとゴメン」
などなど。
その後80年代半ばあたりに「夜のヒットスタジオ」
という歌番組で拓郎さんが「アジアの片隅で」
という曲を歌い終えたあと、
共演されていた「ブルーハーツ」の甲本ヒロトさんの
「カッコイイ~」の一言も印象的でした。
また話が脱線してしまいましたが、
この頃にはビートルズと並行して
サイモン&ガーファンクルも
聞くようになりました。
もっともサイモン&ガーファンクルは
1976年に洋楽好きな友人に
ビージーズの「メロディ・フェア」
バッド・フィンガー「明日の風」「Without You」
とともに勧められて聞いていました。
「Without You」はこれまでにたくさんの方に
カバーされてますね。
アコギに戻った僕は
ポール・サイモンのプレイに
非常に興味を持ちました。
日本のフォーク系ミュージシャンのほとんどが
コードを鳴らしたり、アルペジオやスリー・フインガー
など単調なものばかりなのに対し
ポール・サイモンのプレイは
ギター1本で面白い響きの音を鳴らす。
端的にいえば
ベース音をいかしながらの
アルペジオというかスリー・フィンガー。
ロカビリー・ギタリストによくある
ギャロッピング風なこの奏法に
強く惹かれました。
そういえば「イエス」のギタリスト
スティーヴ・ハウ。
彼の「クラップ」という曲は
この奏法をもっと高度に進化させた感じがします。
この奏法だとギター1本でも
ギターならではの良さも主張も強くでる。
ギャロッピング奏法といえば
チェット・アトキンス。
先日動画でご紹介させていただいた
成毛氏も実演してましたが、
ブリティッシュ・ロック・ギタリストの
「アルバート・リー」もなんだか凄い!
この頃に始めての海外ブランド
1977年製のギブソンJ-45を中古で入手。
〈つづく〉
イエス「Clap」
ギタリストのスティーヴ・ハウは凄いテクニシャン。
アルバート・リー「Country Boy」
超絶テクニック!
確かジョージ・ハリスンのトリビュート・コンサートにも
裏方に徹した形で出演されてた記憶が…。
もっと全面に出て派手にやってほしいミュージシャンだから残念。
確かジミー・ペイジと同い年。