
▲先日ご紹介させていただいた「ヤング・フォーク」1977年夏号のグラビア




▲友達に譲り受けた成毛滋の教則本。上から表紙とまえがき。まえがきには、当時のジミー・ペイジのイクイップメントについても触れられており、興味深い。その下の写真はオルタネイト・ピッキングの解説と裏表紙。さすがにカセットテープは行方不明
1978年、この頃はクィーンの
「バイシクル・レース」が
ラジオでもよくONAIRされていたのが
印象的でしたが、
クィーンに興味を持つのは
もう少し後になってから。
フォークばかり聞いていた僕は
ロックに対してはかなりオクテ。
クィーンは前年の1977年
「伝説のチャンピオン」でブレイク。
洋楽を聞かなかった僕の記憶にも残っているくらいだから
かなりのものだったと思います。
この「伝説のチャンピオン」
僕が記憶をたどる時には映画「ロッキー」と
アリスの「チャンピオン」が
一体化して浮かびあがってきます。
アリスは確かこの曲で
一躍メジャーに躍り出たはずです。
1979年くらいには
ロッド・スチュワートの「アイム・セクシー」が
大流行しました。
「アイム・セクシー」という言葉が流行語になるほど
一般レベルまでに浸透し、
その後サッカーボールと一緒に
確かウイスキーのCMにも出てました。
「ナウイ」という言葉が流行ったのもこの頃でした。
ゴダイゴも良かったですね。
「ガンダーラ」のイントロをコピーしようと
頑張ったものでした。
この頃一発屋で終わってしまいましたが
「スペクトラム」という
日本のロックバンドが注目されてました。
今聞いてもカッコイイです。
アース・ウインド&ファイアーみたい。
ギターの方が演奏中抱えてるギターを
プロペラのように回すパフォーマンスが斬新でした。
そんなパフォーマンスする人この人くらいでは?
1977年の映画「サタデー・ナイト・フィーバー」に
端を発したディスコ・ブーム。
ビージーズが一躍脚光を浴びたり
アース・ウインド&ファイアーも
「宇宙のファンタジー」で露出度アップしてた時代。
話を1978年に戻します。
僕もロックをやってみようと
友達にグレコの黒いレスポール・カスタムと
当時グレコのギターを買うと
必ずおまけでついてくるという
成毛滋の教則本とその教則テープを安く譲り受け
ロック・ギターをはじめました。
教則テープの中で
成毛氏はオルタネイト・ピッキングの重要性を
ツェッペリンの「移民の歌」と
パープルの「ブラック・ナイト」などを教材に説明します。
アンプも持ってない僕は
サンヨーのラジカセ「REC」の
マイク端子にギターのシールドを
つなげて練習に励みました。
成毛氏の驚くほど良い音と
僕のラジカセから発せられる音は雲泥の差。
ギターを取り巻く環境がこれじゃ
いくら練習しても成毛氏のような音は出ない。
そこで考えました。
いらないヘッドフォンもラジカセにつなげて
ラジカセの音量をフルヴォリュームにする。
それは単に割れた音なのですが、
いくらかディストーションがかかった感じを
僕に与えてはくれました。
しかし妙に軽い音。違う!
そのうちこんな試行錯誤に嫌気がさし断念。
またアコギに戻ってしまいます。
それにしても成毛氏のグレコのギターの音。
その後87年に入手することになる
本家ギブソンの59レスポール・リシューよりも
音の輪郭がはっきりしていてシャープ。
成毛氏のグレコの方が
断然音が良い事実を突きつけられて
驚嘆したのでした。
〈つづく〉
ゴダイゴ「ガンダーラ」
人気絶頂の最中ベースの「スティーヴ」は
宣教師になってしまい脱退してしまいます。
スペクトラム「イン・ザ・スペース」