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大村幸太郎ブログ

先日、あるビルの前で足を止めた。ビルの裏側その一角にて

もう20年も前になるのだけれど、昔ここに人が住んで居た。
住んで居た。というよりは拝借されていた、だろうか。その方は見たところホームレスの方で、いや、方、ではなく方々。ご夫婦でした。
年の功は四十〜五十歳くらい


僕は当時、右も左も分からない駆け出しで毎日お使いや外回りで自転車を走らせていて、外回りするうちにお二人を良く見かけるようになったのだ。
ビル裏を通る時は二人が居るか、何となく気にしていた。

外回りをしながら僕は少しずつ仕事を覚えていった、やがて内の作業が多くなり外回りに出る事が少なくなっていった。

 

そんなある日、
同僚が外回りから慌てた様子で帰ってきた。 開口一番発した言葉は、そのご夫婦の奥さんのお腹が大きいという。

「あれは妊娠じゃないかな。」

そんな事をさらりと言ってのけ、同僚は机に向かう。

同僚も前から二人を気にかけていたのだ
 

 

「そうか、、おめでた、か、」 と呟いて、僕はその日色んな事を考えながら仕事をした。



夫婦を見かけなくなったのはそれからだった

同僚が外回りから帰って来る度、「見かけない、、」と言っている
僕も外に出た時はビル裏をちらり寄ってみるが居ない。
何かを色々想像して、どことなくモヤモヤして僕は色々な事を考えながら仕事をしていたと思う


それで、
あれは多分季節を一つまたいだ頃だろうか。
同僚が外回りから帰って来るなり慌てて声を上げる
「子供抱いていた!」

ご夫婦は揃ってビル裏に戻ってきていて、奥さんは赤ん坊を腕に抱いていたという。
僕はその場面はすぐに思い浮かべることが出来た。いつも笑ってらしたのでそういう表情をして居たと思う。それはすぐに思い浮かべた。そうだと思う  でも僕は考えていた。
しかし、、果たして、これから、、この先は、、お子さんは、、と口を挟もうとしたその時


「あ〜良かったなあ!!」
と同僚の喜びの声が響いた。それからまた、良かった良かった。とさらりと言って、いつものように机に戻って仕事をする。

僕は言おうとしていた口を閉じ、
そうだ、誰かが決めることではない。


勝手ながら僕はご夫婦が姿を消した時、二人は子供は産まないんじゃないか、とさえ想像していた。 環境の事とか、いわゆる良識ぽい事とか、世間の事とか、自分の価値観のみで考えていたからだ。狭かった。


同僚は違った。自分の価値観と誰かの価値観はそれぞれのものであって、他人が決めるものでは無い−、そういうのをしっかり持っていた。
その上で「良かった良かった!」とご夫婦を心より祝福したのだ

僕は全くのお門違いというか、筋違いも甚だしい、というか情けなくて。

元々肝も器も小さい男だけれど、この時はより自分の小ささを感じました
そして人の喜びをこんなに純粋な気持ちで分かち合う人がいるのだ、という事も知った。



その後僕は独立し、同僚は結婚し京都を離れ、ご夫婦は今どうしてられるかは知る由もない。

 

久しぶりに訪れたビル裏は当時のままに残っていた。 

あの時から果たして僕は成長したのか、それともそのままか。 誰に聞こうとしてみてももう目の前には誰も居なくて、白い壁と鉢で囲われた花壇がただそのままそこにあるだけだった