ある家族① | 戦略室のつぶやき

戦略室のつぶやき

パチンコ周辺設備会社勤務。
多くのホール関係者さんや行政関係者との話、自身の考えを書いたブログ。

『車椅子のままで良いからパチンコに行きたい』

入院中の老紳士の言葉。

若いころから綺麗好きで、外出する際には近所でもお洒落をする。

『オレが入院している事はまわりに言うな』
見舞に訪れ、変化して行く自分を見られるのは嫌だったからだ。
もちろんパチンコには行かなくなった。


『車椅子のままで良いからパチンコに行きたい』

この言葉から2か月も経たずに亡くなった。
結論から言うと、パチンコには行けず仕舞いだった。


パチンコにはドラマがあった。
行きつけの店はパチンコ甲信越(仮称)
近所に新店が出来ても、当初は覗くが店を変える事は無かった。

『あっちに出来た店は、なんか温かみがないというか。。。なんだろうなぁ』


大勝した記憶。そのお金で、ちょっと豪華な食事をした記憶。
大負けした記憶。当時は悔しくて仕方なかったが、愛する機種だから今では良い思い出。
顔見知りが増え、好調な人がコーヒーを配って回る。
近所の若者との接点にもなっていた。来年の就職どうすんだ?なんて相談に乗る事もあった。
カミさんと喧嘩した時も、ホールに行って頭を冷やす。
次の日は二人仲良くパチンコだ。連チャンしないなと思えばカミさんに交代。
連チャンしたときは、してやったり。カミさんも嬉しげな顔。
パチンコが原因でケンカした事もある。
夕飯前に『ちょっとパチンコ行ってくるわ』と出掛け、蓮チャンが終わらず。。。
カミさんもパチンカーだから修羅場にはならないが、機嫌はもちろん悪い。
その八つ当たりは、店長へ(笑)駐車場で見かけたら、小言の一つを吐く『出ねぇぞ』と。
思い出が多く、ふとした瞬間にタイムスリップする錯覚に陥る。


ある時、娘が恋人を紹介したいと言ってきた。
会ってビックリ、ホールで良く見かけたスロッタ―だった。

『オマエ、あの店に通ってた坊主だろう』

田舎には良くある事なのかもしれないが、不思議な縁だ。(後に家族となる)



その老紳士が亡くなったのは、桜が散る頃だった。