最近毎日書いていたブログを

昨日は書けませんでした。

 

昨日の午後、小林麻央さんが

亡くなられたことを知って

様々な思いがあふれてきて。。。

 

私は彼女の直接の知り合いでも

ないですし、ブログの愛読者でも

ありませんでした。

 

けれども、テレビで拝見していたときから

「とても魂の綺麗な、ピュアな人

なんだろうなぁ」と感じていました。

 

姿たたずまい、言動から、

お人柄があふれ出ていたのだと

思います。

 

「ぼくを変えた人」

と海老蔵さんはおっしゃいました。

 

そして、最後に

「愛してる」という言葉を残し

旅立たれたと。

 

彼女は、

「旦那さんを変えてやろう!」なんて

たぶん思っていなかったと思います。

 

純粋な愛を注ぎ続けたのだと思います。

 

どのような事があっても、夫を愛し

子供たちを愛し、家族を愛し

旅立たれた、「愛の人」だったのだなぁと

目頭が熱くなりました。

 

その一方で、まだ小さな子供たちを

残して旅立つことについて

一体どんな気持ちだったのだろうと

考えれば考えるほど、

胸が苦しくなりました。

 

私も今では1児の母になり

まだ4ヶ月の息子の寝顔を見ながら

「まだまだ元気でいなくちゃ」と

気持ちあらたに今日の日を

迎えました。

 

そして、旦那さんとの関係についても

どちらかが旅立つ時の最後に

「愛している」と思える

そんな関係を築いていきたいと

思いました。

 

家族のためにも、

そして、もちろん

自分のためにも、

私が健康で元気に笑顔でいられるように

これからも無理をしすぎず

がんばりすぎず

「ゆるく」「たのしく」

毎日を送りたいと

このブログのタイトルの意味を

あらためて心に刻みました。

 

 

 

麻央さん、ご冥福をお祈りします。

 

※この記事は、過去にさかのぼって

投稿しています。

 

これまでの妊娠経過に関する記事は以下↓

 

妊娠するまでのこと

 

妊娠1ヶ月(フライング検査&診察)

 

妊娠2ヶ月(胎嚢・心拍確認とややつわり)

 

妊娠3ヶ月(つわりが辛い)

 

妊娠4ヶ月(つわり終了と時短勤務)

 

妊娠5ヶ月①(初めての胎動)

 

妊娠5ヶ月②(無痛分娩への決心と転院)

 

妊娠5ヶ月③(出生前診断)

 

妊娠5ヶ月④(性別判明と低置胎盤と尿淡白)

 

妊娠6ヶ月(お腹のふくらみと骨盤ベルト)

 

妊娠7ヶ月①(旦那さん、まさかの「料理だけは作らない!」)

 

 

 

 

「たまにでいいから料理してほしい」という

私のお願いに対して

 

「料理だけはムリ!」と

確固たる姿勢を崩さなかった旦那さん。

(あ、普段はいろいろ協力的なんですヨ)

 

 

腹をくくって、毎日の夕食作りを

頑張っていた私。

 

妊娠7ヶ月目(妊娠24~27週目)に入り

お腹も結構大きくなり

身体も重くなりはじめて来た頃でした。

 

妊娠26週目の検診で突然

聞いたことのない単語を

先生から言われました。

 

「子宮頚管が短めだね。。。仕事してる?

なるべく仕事は控えた方がいいなぁ」

 

と。

 

「シキュウケイカン??」

 

それは何だ?

(子宮の下部にあり、子宮と膣をつなぐ

部分。出産のときに赤ちゃんが通る

部分なので、妊娠中は固くとじていて、

赤ちゃんが下がるのを防いでるそう)

 

子宮頚管の平均的な長さは

約3.5~4.5cmでだそうで、

私はこの時点で3.5cmでした。

 

平均の一番下ってことですね。

 

「この週数で、3.5cmで、仕事も

しているのかぁ。。ちょっと危ないなぁ」

 

と先生。

 

「え、仕事、マズイですか??」

 

と慌てふためく私の様子を見て、

また、事務仕事だと言うのは聞いて

 

「仕事はしていいけど、その分家では

なるべく安静にしてね。」

 

といわれました。

 

私の場合、お腹が張ることで

子宮頚管が短くなってしまっている

可能性があるとのことでした。

 

その結果、早産になりかかっている

「切迫早産」になりそうだと。

 

この頃は、「お腹が張る」という感覚が

分からず、「胎動」だと思っていたんです。

 

そしたら、検診の時に

 

「ほら、今もお腹張ってるよ、わかる?」

 

って言われて、

 

「え?そうなんですか?」

 

っていうリアクションを取った私に

先生はちょっとびっくりした表情で

 

「パンパンに張ってるよ。気をつけて。

張り止めのお薬出すので、

まずは一日3錠飲んで。」

 

と言われました。

 

そして、母子手帳の検診の特記事項の欄に

「安静」のスタンプが押されてしまいました。

 

順調に思えた妊娠生活だったのに

突如、黄色信号が・・・・。

 

「家では、食事の支度はできますか?」

 

と聞いたら

 

「う~ん、なるべく最低限にして。

少しでも動かないように、横になるように

して。ご主人にも協力してもらってね。」

 

と。

 

 

ということで、私の「料理頑張るか」の

決意もむなしく、台所に立つのは

必要最低限、旦那さんの協力を

仰がざるを得ないという状況に

なってしまったのデス。

 

 

こうとなれば、旦那さんも協力せざるを

得ないということで、二人で食事を

食べるときは、鍋などの簡単なものを

作ってくれるようになりました。

 

アリガタヤ・・・

 

 

もしこのまま子宮頚管がどんどん

短くなってしまったら、「休職」の可能性も

あると考え、職場にも状況を説明しました。

 

例の職場の上司(50代女性、未婚)は、

「もうーーー、無理するからよーー!

頑張らなくていいのよ。仕事は必要最低限。

仕事の代わりはいるけど

お母さんの代わりはいないんだから!」

 

と温かいお言葉をいただきました。

 

この上司、とても優しい方で

いつもねぎらいの言葉をかけて

くれたり、心配してくれたり。

 

私にとって大変ありがたい存在でした。

 

「私もこれまで職場の同僚や後輩が

あなたと同じく切迫流産で突然入院

するのをたくさん見てきたから

よくわかるのよ。

ただでさえ高齢なんだから、

本当に無理しちゃだめよ!」

 

と。

 

また、「高齢」と言われちゃいました(笑)

ま、そうなんですけどね。

 

 

あと、「切迫流産」ではなく「切迫早産」

なんですけどね。

 

説明すると長くなるので、流しちゃいましたが

この上司、今後ずーっと、「切迫流産」と

言い続けるのでした(汗)

 

この上司以外にも、職場の皆さん(ほぼ女性)は

心配してくださり、17時なったら

「ほら、帰る帰るーーー!」と声をかけてくれたり

立ち仕事を代わってくれたり、

本当にたくさん気遣っていただきました。

 

今でも感謝してもしきれません。

 

 

今思うと、子宮頚管3.5cmで

慎重になりすぎちゃったかなとも

思うのですが

私の通っていた東京衛生病院は

NICUが併設されていないこともあり

早産の対応が難しく

切迫早産に対してはとても慎重な

対応だったように思います。

 

と言っても、やはり先生によって

対応が少し異なる部分もあるようで

別の日に受診したときの先生は

子宮頚管長のことは

特に何も言いませんでした。

 

なので、たまたま3.5cmの時に

受診した先生のおかげで

私は早い段階から

切迫早産の状況を理解し

慎重に行動することが

できたのだと思います。

 

この時の先生の判断を信頼し

その後の診察もほぼその先生に

お願いすることにしたのですが

最後までこの先生でよかったなぁと

今も思っています。

 

楽観的な先生の方が安心するという方も

いると思いますが、私は慎重な先生で

よかったな、と思っています。

 

この子宮の張り止めの薬が「ウテメリン」

というのですが、噂によると、ほとんど

と言っていいほど副作用がでるとのこと。

 

だったのですが、幸いにして、私は

ほとんど副作用がなかったです。

 

たま~に、手のふるえや動悸が

ちょっとするくらいで、吐き気や頭痛

などはありませんでした。

 

なので、薬を飲む手間がかかるくらいで

大きな負担はなかったです。

 

ところが、次の検診で、さらなる

トラブルが・・・。

 

なんと、今まで見たことのない

高い数値の血圧が出てしまったのです。

 

※この記事は、過去にさかのぼって

投稿しています。

 

これまでの妊娠経過に関する記事は以下↓

 

妊娠するまでのこと

 

妊娠1ヶ月(フライング検査&診察)

 

妊娠2ヶ月(胎嚢・心拍確認とややつわり)

 

妊娠3ヶ月(つわりが辛い)

 

妊娠4ヶ月(つわり終了と時短勤務)

 

妊娠5ヶ月①(初めての胎動)

 

妊娠5ヶ月②(無痛分娩への決心と転院)

 

妊娠5ヶ月③(出生前診断)

 

妊娠5ヶ月④(性別判明と低置胎盤と尿淡白)

 

妊娠6ヶ月(お腹のふくらみと骨盤ベルト)

 

 

 

 

少し余裕が出てくると、

先々のことまで想像を膨らまして、

必要以上に準備を整えようとする私。

 

仕事には活かされるんですけどね。

 

夫婦関係においては、

「ほぼNG」

デス。

 

特にうちの旦那さんに関しては。

 

 

妊娠についても、

打てる手は全て打って、

 

「さぁ、赤ちゃんよ、いつでも来なさいな!」

 

という臨戦態勢(笑)の私に対して

 

「子供は授かりモノなんだから

焦っても仕方ない。

ベストなタイミングで来てくれるよ」

 

という、若干モドカシイ&冷静な姿勢を

崩さなかった旦那さん。

 

授かれた今となれば、

「確かにな~」と思うのですが(笑)

 

 

で、安定期満喫中の私ではありましたが

「遊びも仕事も!」と欲が出てしまったようで

実は、身体は疲れていたみたいです。

 

遊びと仕事はフル回転なものだから

家に帰ると疲れがドドドーーっと

出てしまうんです。

 

で、とある日、思ったのです。

 

「そもそも、私も毎日働いてて

さらに赤ちゃんをお腹の中で

育てるという重大任務を遂行

しているのに、何故、

毎日の料理を作るのは

私ばかりなんだ???」

 

「百歩譲って、今はまだやれるけど

子供生まれたらムリじゃない?

さらに仕事もしてたらムリじゃない?

今のうち、料理の練習しておいて

もらわなきゃ、将来大変なことに

なっちゃうじゃない!!」

 

って。

 

料理担当は私だったので、

皿洗いはたいてい旦那さんが

やっていてくれましたし、

その他のことも比較的協力的な

旦那さんだったのです。

 

が、

 

「料理」をやってほしかった!!

 

何故ならば、

料理って、家事の中の一つと

カウントされがちですが、

実は、いくつものタスクに

分かれているんですヨ!

 

①献立考える

(しかも1つではなく3~4つ)

 

①-α

栄養や彩りに偏りがないかの

チェック。NGの場合は

①に戻る。

 

②食材をそろえる

(①と②は逆転もあり)

 

③下ごしらえをする

 

④調理をする

 

⑤盛り付ける

 

 

5つもタスクがあるんですよ!!

大変なんです、毎日やるの。

 

って言っても、当時の私は

夕食だけなので、

毎日3食作っている方には

頭があがりませんが・・・><

(朝は旦那さんフルーツのみ

のため、用意不要、昼はそれぞれ)

 

 

 

で、とある日、お願いしてみたんです。

 

「たまに・・・・たまにでいいから

お料理してほしい・・・なぁ・・・」

 

って。

 

そしたら、「申し訳ないけど、

料理だけは無理。」

 

と・・・・!

 

旦那さんはフリーランスで働いているので

働いた分だけ仕事も生み出せるし、

どこからどこまでが仕事か境目のない

生活をしているので、彼にとって

「時間がとても大切」であることは

分かっていたのですが。

 

でも、でも、「料理だけは無理」ってぇ~!

 

せめて、折衷案とかさぁ、ないのかいなぁ?!

 

「パスタとか丼とか、一品モノは作るよ」

 

とか

 

「仕事のない完全オフの日は作るよ」

 

とか。

 

 

でもね、その時の彼の目を見て思ったのです。

 

「あ、これはムリだ。本気だわ」

 

って。

 

 

 

たいていの事は、きちんと話し合えば

理解してくれて、解決策をスッと

提示してくれる、話の早い旦那さん。

 

基本は優しいし、いつもねぎらってくれるし。

 

洗濯や掃除に関しては、私よりもむしろ

「家事力高いよね?」な

一人暮らし歴長い旦那さん。

 

だから、お願いすれば、料理も

やってくれるかな~と期待して

しまっていたのです。

 

だからこその、「料理だけはムリ」

 

は結構効きました(汗)

 

 

チーーーーーン

 

 

となった私は、

「仕方ない、料理、頑張るか」

 

と腹をくくったのでした。

 

 

ところが、数日後、それが

くつがえされる出来事が起きるのです。

 

 

まさかの

 

「家では安静」通達。

 

切迫早産になってしまったのでした。

 

続く。

※この記事は、過去にさかのぼって

投稿しています。

 

これまでの妊娠経過に関する記事は以下↓

 

妊娠するまでのこと

 

妊娠1ヶ月(フライング検査&診察)

 

妊娠2ヶ月(胎嚢・心拍確認とややつわり)

 

妊娠3ヶ月(つわりが辛い)

 

妊娠4ヶ月(つわり終了と時短勤務)

 

妊娠5ヶ月①(初めての胎動)

 

妊娠5ヶ月②(無痛分娩への決心と転院)

 

妊娠5ヶ月③(出生前診断)

 

妊娠5ヶ月④(性別判明と低置胎盤と尿淡白)

 

 

 

妊娠6ヶ月(妊娠20~23週)目に入り

相変わらず私はアクティブに動いていました。

 

前回の診察で、「低置胎盤気味かも」と言われ

尿淡白±が出たので「なるべく減塩に」と

言われたにも関わらず、あまり深くは考えず

楽観的でしたね。

 

それよりも、ふくらみが目立ち始めてきたお腹を

見ては、シアワセを噛み締めていました。

 

この時期は、

身体も比較的調子がよく、仕事も順調で

妊娠期間中の中で最も安定していた時期かも

しれません。

 

「高齢出産だけど、ちゃんと妊娠もできたし

つわりも比較的軽かったし、わりと順調だし

このまま元気に出産だー!」と

浮き足立っていたと言っても

過言ではありません。

 

でも、甘かった・・・。

そうは問屋はおろさなかった・・・。

 

この頃の私に「もう少し慎重にね」と

伝えてあげたい。

 

その1つが「骨盤ベルト」のことです。

 

私の職場のとなりの課長さん(女性・子供2人)に

妊娠の報告をしたときのこと。

 

「私、2人とも切迫早産で入院してたのよ。

お腹はしっかりさらしで支えてあげた方がいいよ。

しっかりね!」

 

と何回か言われてたんです。

 

その方は、50代の方なので、「さらし」という

表現をしていましたが、今でいう「骨盤ベルト」

レベルのニュアンスだったと思います。

 

私は、腹帯や腹巻はしていて、

それで支えたつもりになっていましたが

甘かったデスね。。。ゆるゆるでしたもん。

暖めていた程度。

 

「骨盤ベルト」でしっかり支えるべきだったと

後悔しています。

 

しかも、私の仕事は、立ったり座ったりを

繰り返す仕事。

 

一度カウントしてみたら、1日40回くらい

立ったり座ったりを繰り返していました。

 

そして、一度たったら、1時間くらいずっと

立ちっぱなしということもよくあり。

 

支える力が弱かった、私の骨盤と子宮には

負担が大きかったのかもしれません。

 

でも、まだこの頃は、

そんなことに気付くわけもなく

悠々と過ごしていたんです。

 

6ヶ月目の検診では、引き続き

「低置胎盤気味だけど、これから上がって

来る可能性もあるので、引き続き様子見で」

と言われた以外は全て順調でした。

 

ポコちゃんも日に日に大きくなっていってて

大きさも平均的。

 

お腹もいい感じにポッコリしてきて

毎日お風呂でお腹をなでながら

ポコちゃんとお話をしていました。

 

そんな生活がいっぺんするのが

妊娠7ヶ月目からでした。

 

子宮頚管の長さが短いと言われ

張り止めの薬を処方されることに。

 

まさかの展開にびっくり、

その後の安静生活への1歩が

始まるのでした。

 

※この記事は、過去にさかのぼって

投稿しています。

 

これまでの妊娠経過に関する記事は以下↓

 

妊娠するまでのこと

 

妊娠1ヶ月(フライング検査&診察)

 

妊娠2ヶ月(胎嚢・心拍確認とややつわり)

 

妊娠3ヶ月(つわりが辛い)

 

妊娠4ヶ月(つわり終了と時短勤務)

 

妊娠5ヶ月①(初めての胎動)

 

妊娠5ヶ月②(無痛分娩への決心と転院)

 

妊娠5ヶ月③(出生前診断)

 

 

 

妊娠5ヶ月目の最終週である

妊娠19週目に、転院先の東京衛生病院を

初めて訪れました。

 

転院前の病院も大きな総合病院で

かつ産婦人科が人気の病院だったので

診察はいつも2時間ほどかかりましたが

東京衛生病院も負けてはいません。

 

この日は3時間くらいかかりました(涙)

 

3時間待って、診察は10分くらい(涙)

まぁ、人気病院の宿命でしょう。

仕方ない。

 

この待ち時間が長い以外については

とてもいい病院でした。

 

キリスト教系の病院で、院内は

清潔感がありとても綺麗☆

 

看護師さんや助産師さんの数は多く、

とてもテキパキしていて、無駄のない

印象を受けました。

 

出産中のケアもとても温かく

傷心の私(息子が呼吸障害のため

別の病院に転院してしまったため

孤独な入院生活だったのです。

このことはまた追って詳しく書きます)

の心の支えとなってくれました。

 

あ、ちなみに、この待ち時間が長い

という点も、午前中早い時間の

予約を取ることで解消されましたよ。

 

 

そして、ようやく迎えた診察時間。

なんと、この日、ポコにゃんが

お股を開いてくれました!

 

「う~ん、おそらく男の子ですね」

と、先生。

 

しっかり、見えました、例のモノが!(笑)

 

ひゃ~、男の子かぁ~!!!

 

なんかビックリ!!

 

・・・というのも、私はポコにゃんは

なんとなく女の子かなぁと思っていたのです。

 

職場の上司(本人いわく、ちょっと霊感が

あるらしい、笑)も

「なんとなく女の子な感じがするわよ」と

おっしゃっていたので、

私もすっかりそのつもりになっていました。

 

女の子を抱き

すっかりデレデレの旦那さんの姿や

大きくなったら一緒にショッピングを楽しむ

私と娘の姿などを妄想して

楽しんでいたので、

 

「男の子」

 

と聞いて、ちょっと拍子抜けしました(笑)

 

でも、ポコにゃんは結構胎動が激しかったので

「女の子であればおてんば娘かなぁ、または

もしかして男の子なんていう可能性もあるかなぁ」と

少し思っていたところでもありました。

 

男でも女でも、どちらでもヨシ!

 

ウェルカム、わがファミリーへ☆

 

「ポコにゃん」と呼んでいた頃は

まだ性別のないキャラクターのような

そんな感じだったのですが

 

いざ、性別が分かったとなると

お腹の中のこの生き物は

いっきに「人間」という存在に

置き換わったのでした。

 

なので、「ポコにゃん」の愛称は卒業し

「ポコちゃん」にリニューアル。

 

ここからは、「ポコちゃん」、「ポコちゃん」と

呼ぶようになります。

 

うちは、息子の名前を考えるときに

この「ポコちゃん」の響きに

近いものがいいね、ということで

今の名前に至っている経緯もあるので

この胎児ネームはとても重要な

位置づけになりました^^

 

ところで、この時の診察で

「胎盤が少し低い位置にあるね(低置胎盤?)。

まぁ後期に向けてこれから上がってくる

可能性もあるので、少し様子をみましょう」

言われました。

 

さらに、尿検査で、「尿淡白±」が

出てしまい、「減塩食」指導が入りました。

といっても、この時点では

「塩分に気をつけてくださいね」

と言われた程度。

 

のちほど、もっとコッテリとした

減塩指導が入ることは

この頃は知る由もありません(汗)

 

診察前にコッテリ濃厚なトマトソースの

パスタを食べてきたのが影響しているだけだと

いいのだけど・・・。

 

と都合のいい解釈をしながらも

この日から、なんとなーく、塩分の取りすぎに

注意をするようになりました。

 

ちなみに、妊娠5ヶ月の終わり、妊娠19週目で

体重はプラス4キロ!順調に増えております。

 

そしていよいよ、引き続き、安定期満喫の

6ヶ月目に突入です。