腎移植日記 -46ページ目
漁師で家が豊かでなかった私は、
経済的理由で授業料免除となり、
奨学金をいただいての苦学生生活…
先輩に誘われてラグビー部に入るも
試合中、タックルをくらい、血尿。
その後、腎臓病とわかり半年ほどで退部。
そんな学生生活も終わり、
教員採用試験に合格、
自治体の面接もパスし、
教員採用通知が下宿に届く。
早速、親に合格と帰省を電話連絡。
母親も嬉しくて、スーパーの魚屋のご主人に
私が教員になることを話すと、
「えっ〜、
あのピーちゃんが学校の先生かい???」
悪事、イタズラの限りを尽くした
あの悪ガキが…と、
魚屋オバチャンもまわりのお客さんも騒然!
その後、私は喜び勇んで電車で帰省。
自宅最寄駅手前で乗り換え、
満席のため、吊り革につかまり、
故郷の景色を眺めていた。
すると、
「ピーナッツくんじゃない?
今日は帰省なの?」
ふと目を落とすと、
なんとそこにいたのは
まさかのS先生…
私は、その時までに、
教育実習、学習塾のアルバイトなどの
経験を積み、教えることの難しさを
ちょっぴりわかりはじめた頃…
突然の邂逅に、
あの頃の思い出が一瞬で蘇る。
そして、
あれだけの悪ガキたちに、
イタズラされたり、
落とし穴で埋られたりしても、
子どもたちの成長の先を
ずっと見守ってくれたS先生…
猛烈なリスペクトの気持ちが
溢れ出て、
「お久しぶりです。S先生‼︎
ピーナッツは小学校教員になりました‼︎」
と、腰が直角に曲がるほど最敬礼…
その姿に周りの乗客も顔がほころぶ…
「そう。おめでとう。
いい先生になってね。」
私の仕事は終わったかなとでもいうように
と微笑むS先生…
まるで、すべてお見通しだったみたい。
その後、28年間教員を続け、
腎移植をして民間企業に再就職。
そして、今年還暦を迎えた。
S先生の思い出を書き綴りながら、
教育の仕事の奥行きの深さと素晴らしさを
改めて実感いたしました。
S先生の思い出話、
これにておしまい。
私にとって先生(担任)卒業は、
1999年11月29日…
その後も教務主任などで教員は続けますが、
担任としての勤務はこの日で終わりました。
健康診断後、懸案となっていた私の処遇は、
教育委員会からの判断で、5時間目終了後、
子どもたちにも十分な説明のできぬまま
突然の強制帰宅で自宅療養…
失意の中迎えたクリスマス、
後任のM先生が子どもたちを連れて、
サプライズ訪問‼︎
その時いただいた千羽鶴…
先週末、外でホコリを払いました。
さて、S先生の思い出その4
いよいよ卒業…
これで、S先生から離れることができる。
嬉しいような、寂しいような…
卒業後、
中学校の入学式を前にしたある日、
S先生から電話が…
「お前、またなんかやったの?」
と、訝る母…
「センセーが用があるから
うちに来いと言っている。
なんかわかんないけど行ってくる。」
S先生宅に伺うと、
「よく来たね、ピーナッツくん、
家に上がって!」
家に上がると、
コップにジュースが用意してあり、
あと、紙が一枚置いてあった。
S先生は、
「ピーナッツくん、
今年はうちの学校が中学校の
新入生代表挨拶をする番なの。
あなたがその挨拶をするんです‼︎」
何を言ってるか意味がわからない。
おれは勉強は出来ないし、
イタズラばかりしてきたし…
学校以外でも、
廃品回収のお爺さんが集めたビンの山を
パチンコで割ってしまったり、
井戸の水を出しっぱなしにして、
近所の家の井戸を空にしてしまったり、
(汲み上げモーターは焼けました…)
豆腐屋のマネをして貝の笛を吹き
となりのおばちゃんが鍋を持って
出てきちゃったり、
悪いことばかりしている。
だからダメだよ、センセー…
でも、S先生は、
「確かにあなたより勉強のできる子は
大勢います。それにあなたは大変な
イタズラっ子です。」
「今年の中学校の新入生は300人以上で、
全校生徒は1000人を超えます。
そこで大きな声で挨拶できるのは
あなたです。
だから、やってちょうだい。」
成績、人格はともかく、
声の大きさと度胸だけ買われた⁈
「挨拶の中身は短くしておいたから、
大きな声で言うんだよ。」
今でも覚えている
「春の日差しをいっぱいに浴びて…」
で始まる挨拶文は確かに短い。
「でも、先生、入学式がもし雨だったら
どうするの?」
すると何事にも動じないS先生は、
「大丈夫。
ピーナッツくんなら、
きっと晴れる。」と。
当日は、雲一つない入学式日和。
こんなに大勢の人がいるのを初めて見て、
なんだかドキドキする。
それでも、内容はともかく、
生徒会長の挨拶より声だけは大きく
母親採点100点満点の挨拶ができました‼︎
チョーきもちいい❗️
落とし穴に落ちた時、
S先生のメガネはなにを見ていたのだろう…
つづく…
今日は土用の丑の日
というわけで、
ポストにはウナギイヌの飾りを。
これは48年前、S先生に教えてもらって
糸鋸で作った現存する私の最古の図工作品。
前置きはさておき、本題へ。
6年生の担任が決まった初日から、
私はS先生と馬が合わず、
大嫌いでした。
なにをするにもキチッとしていて
拘束されるのが嫌いな私は
とても窮屈に感じてました。
なんとかS先生をやっつけたい‼︎
ある日、掃除の時間、
(なぜか、ことは掃除の時間に起こる⁈)
「センセー、
ゴミ捨てに行ってきま〜す」
と、仲間と焼却炉へ…
家から隠し持ってきたのは、
短時間で焼けるようにと、
細めのサツマイモ。
それをアルミホイルで包み、
焼却炉で焼きイモに…
そして、
「センセー、焼きイモができたよ!」と、
S先生を校庭の外れにある焼却炉に
誘い出す。
なんだ、焼きイモを焼いてたのか…
S先生は、こちらに向かってくる。
そこに待っていたのが、
大きな落とし穴‼︎
海辺の学校だったので、
校庭は砂地で掘りやすい。
そこで、昼休みから落とし穴を掘り、
準備していたのだ。
「あっ‼︎」と、
声を上げて、
S先生は腰まで落ちる。
私たちはみんなで
穴に落ちた先生を埋めちゃって、
「わーい」と声を上げ、校庭へ逃げる。
でも、かわいそうなので、
すぐ掘り出しに行く。
「ちょっと、ピーナッツ、
出しなさいよ。」と、先生…
みんな全力で先生を掘り出す。
コイツら、やったな、という顔をして
S先生は、みんなに声をかける。
「教室へ帰るよ。」と…
なぜか、笑みを浮かべて、
なぜか、お咎めなし。
S先生によく叱られたが、
いま思うと、叱るふりをしてるみたい。
メガネの奥のまなざしは、
いつも温かく、
いつも遠くを見ている。
やっつけたと思っていたけど、
結局、先生の手のひらで、
弄ばれていたみたい。
かなわないなぁ、S先生…
つづく…

