金曜日。


 「金曜日」という1週間の終わりの日が、こんなにもうれしいものだなんて。4月からの新しい環境の中、金曜日が終わると、本当に心からほっとします。


 教員生活がスタートしてひと月が経ち、時々「慣れた?」と聞かれるけれど、「いえ。全く慣れません。」これが正直な答えです。


 学校では、いつも不安で、いつもいっぱいいっぱいで、慌てていて、焦っていて、どきどきしていて。せまい目、小さな耳、ちっぽけな心の私は、きっと、いろいろなものを見落として、いろいろなものがこぼれ落ちているのだろうと思います。でも、そうわかっていながらも、具体的に自分が何を見落としているのかがわからない。いろいろなものごとをわかっていない・気付いていない、そのことはよくわかるのに。


 いつも「何かわからないでいる」不安が、自分をもやもやと取り囲んでいるのです。



ドイツの詩人 ノヴァーリスの言葉


すべてのみえるものは

みえないものにさわっている

きこえるものは

きこえないものにさわっている

感じられるものは

感じられないものにさわっている

おそらく

考えられるものは

考えられないものにさわっているのだろう


                    (『断章』)



 今、この深い言葉の解釈に頭を悩ませています。感覚的にはわかる、この言葉の本質。それをどうやったら、具体的に立体的に示すことができるのかなぁ。うーん、悩ましい。

 少し前に話題になった、宮崎あおい出演の「earth music&ecology」のCM。このCMで、あおいちゃんがアカペラで口ずさむ歌は、THE BLUE HEARTSの「1001のバイオリン」。


 私はCMを見るまで、この歌を知りませんでした。


 この歌詞から感じる大きなパワー。まっすぐに前だけを見て、一歩一歩足を大きく踏み出して、握った拳に力を込め、強い意志のある歩み。ある重大なものを背負いながらも、その重みで体が傾くのではなく、しっかりと背中に抱いて歩き出す。まっすぐで、実直で、潔い。前に向いた顔と目が、明日を見据える。


 先日、私の友人のAがこんな話しをしてくれました。


 友人(A)は、その友人Bと話している時に、あおいちゃんのCMが話題になりました。


 CMであおいちゃんが歌っている部分、つまり「1001のバイオリン」のサビについて。



 ヒマラヤほどの消しゴムひとつ

 楽しい事をたくさんしたい

 ミサイルほどのペンを片手に

 おもしろい事をたくさんしたい



 友人Aが「“ヒマラヤほどの消しゴム”に比べて、“ミサイルほどのペン”って、ペンはずいぶん小さいよね。」とBに言うと、Bはすぐに「“消したいもの”が多いってことなのかな。」と言ったそうです。


 Aは、Bのこの鋭さにすごく感動したんだ、と熱っぽく私に話してくれました。


 ものごとをどう見るのか、どう受け取るのか。


 私の読み方・見方・切り取り方は、とても拙い。感性は、懸命に磨けば、まだ光る可能性があるのだろうか。