「責任」って、いったい何なのでしょうか。


 数年前、「自己責任」ということばが盛んに言われたこともあったけ。


 これまでいろいろな場面で、「責任がある」とか「責任を持つ」とかって使ってきたけれど、今になって、「責任」って何だろうと。よくわからないです。


 特にわからないのが、「責任をとる」ってどういう行為・行動のことを言うのかということ。


 今日、「政治」を見ていて、何気なく、「責任をとること」ってどういうことなのかなぁと考えたのでした。

 大好きな野球選手の一人、ソフトバンク 川崎宗則 選手ドキドキ


 6月1日朝日新聞(夕刊)にインタビュー記事が載っていて、さらに同じ日、22:00~の「報道ステーション」でもインタビューの様子が放送されていました。


 「好調の要因は?」との質問に、


 「好調じゃない。絶好調です!(笑)」とキッパリ。確かに、絶好調のむねりん。キッパリ、気持ちよく言い切るところ、すてきです。


 「元気がない時ってあるんですか?」には、


 「あります。メンタルは弱いし、今も緊張して足が震えることも。」と。意外だった。

 「でも、一生懸命やっているからこそ、へこむ。適当にやった時はへこみもしないですから。」と。励まされます。


 さらに、「“野球腹”が減る」というムネ語も飛び出し。毎日、「あれもこれも食べたい!自分のものにしたい!」と貪欲に野球を追っかけていることがうかがわれます。


 「今後の目標は?」という質問には、


 「優勝とか先の目標はみんな立てますが、僕はまず明日の試合を全力でハッピーにやりたい。」


 “全力でハッピー”ということばが、すごく印象的でした。


 最後に、 「小さい後悔、大きい後悔をしながらでも、前へ進みます。」と。


 「後悔する」ってことは、後ろばかり振り返って、「あまりよくないこと」みたいに捉えがちだけど、でも実は、前へ進むためには必要なものなのかもしれない、と思いました。うんと「後悔」して、そして、そこから前に進む。後ろ向きのパワー・下に落っこちるパワーは、前へ進むため・上を向くための「原動力」かもしれない。


 ありがとう、むねりんビックリマーク


 

 今日は高校が学校行事で授業がないので、久しぶりに「一日中、大学にいられる日」。


 ◆1講目

 2回生の演習で研究発表。先輩として、一応、「模範発表を」ということだったけれど、またしても自分の力不足を思い知った。

 先生は、「お話し」が本当に上手だ。高校での授業と同様、私の発表が「おやすみの時間」になってしまった人もちらほら。話しのめりはり、強弱、盛り上げ方、テンポなどなど、「語り」には特に課題が山積みであることを改めて痛感。ダラダラと淡々と、同じ調子で話しが続くからつまんないんだろうなぁ。はぁ・・・・・・


 ◆3講目

 研究会に出席。今年度も、この会の研究報告を学内雑誌に掲載するので、その打ち合わせ。

 1講目から引き続き、大学での「学問」や「研究」ってやっぱりおもしろいなぁと思う。「研究を続けたい」という思いが確かに強くなる。


 ◆4講目

 ゼミ。なごやかに、資料の輪読。みんな自由に発言するわきあいあいとした時間。


 ◆5講目

 教育法の授業に参加。この科目は、過去に履修済みだけど(履修しないと免許取れないし)、とっても勉強になる参加させてもらっている。

 この先生は、本当に本当に、すばらしい。この先生みたいに授業ができたらどんなにいいだろう、といつもいつも思う。目標であり、憧れであり、心から尊敬する人の一人。それに、先生とお話しをしていると、いろいろな発見があったり、見落としていたことに気づいたり、考えが深まったりする。

 

 今日の教材は、『徒然草』第11段「神無月の頃」。たった「1文字」の違いに着目するだけで、文章の理解がぐっと深まる。兼好の人間観が浮かび上がり、その発見に感動を覚える。これを生徒にも体験させることができたら・・・それはどんなにかすてきなことだろう。


 一日、大学で過ごして、ホームの温かさに少し元気をもらいました。また、がんばらないとビックリマーク