「ばんざーい、ばんざーい、ばんざーい」


11日夜~12日のテレビは、両手を振り上げて「ばんざい」と繰り返す、間抜けなおじさん・おばさんばかり。


いったい、何が「ばんざい」なのか。「自分が当選した」というだけで、問題は何ひとつ解決していないのに、「当選」という結果に全身で喜んで、お祭りかのように騒いで。こんなばかばかしいもの、見ていられないと目をそらした。こんな恥ずかしい姿を全国に垂れ流れていることに、誰も疑問を待たないところが、なお重症。


どこかの報道番組で、出演者が「いい加減、“権力ゲーム”ではなく、国民の暮らしを守ることを考えてくれないと・・・」と言っておられたが、まさにその通りだと思う。別のニュースの街頭インタビューで、若いお母さんが「党や派閥の争いではなくて、国民の生活を考えて」とコメントしておられたが、まさにその通りだと思う。ふたつの意見は、まことに正しい。


どうやら、日本で「政治」とは、「“権力ゲーム”に勝つこと」あるいは「負けること」であるらしい。


政治家は、一生をかけて、自らの地位や権力を争うゲームを繰り広げる。「国民のため」なんてもっともらしいことを言いながら、見ているものは、同じ政治家の顔ばかり。

皮膚は大切なパートナー。でも、調子が悪い時、ちっとも良くなってくれない時、やっぱりすごくきらいになる。


お化粧だってしたいし、何にも気にせず半袖を着て出歩きたいし、髪の毛をアップして堂々と過ごしたいし。


診察でも「自分の皮膚をきらいにならないことやで~」と言われるけど(その時は、「そうやな~」と思うけど)、今はしつこい湿疹にうんざり。


他のことをしていても、ふとした時に自分の皮膚に目がいって、アトピーのことを考えている。一日に何度も、「湿疹だらけやな~」とへこむ。こうやって、アトピーのことばかりを考えているうちは、なかなか良くならないもの。アトピーのことが、頭からちょっと離れるようになった時、いっしょに皮膚も良くなっていくみたい。


うーん、まだ停滞中しょぼんあせる


時々、人と人との「不思議なつながり」に驚くことがあります。


例えば、今の勤務校のお話しをいただいた、そのすぐ後に(翌日とかかな)、かつてその学校に勤めていたことがある、高校時代の塾の先生から久々にメールが来ました。その先生は、今は関西を離れ、関東の方で教員をされているのですが、もう随分と長い間連絡をとっていませんでした。


それが突然、「最近、どうしてるん?」というメールがきました。しばらくメールのやりとりをしていて、ふと、その先生が昔この学校に勤めていた、と言っていたようなことを思い出しました。「もしかして」と思って聞いてみると、大当たり!過去に勤務していたとのこと。教科も同じだし、うれしくなって、いろいろ聞いてみました。


仕事のお話と先生からのメール。この不思議な重なりには、何かしらの「力」を感じないわけにはいきません。


それから、それから、つい最近。


仕事からの帰り道、自転車に乗って自宅に向かっていると、前から、大学の友人がビックリマーク瞬間、思わず名前を呼んだものの、普段は大阪の会社に勤務している友人が、まさかこんなところにいるはずはないと、次の瞬間には「人違いだ」と思いました。また次の瞬間、それは確かに友人で、今日は仕事でこの辺りに来ていたとのこと。お互い、まさかこんなところで会うとは、これっぽちも思っていなかったから本当にビックリでした。


あの時間に電車を降りて、あの時間に自転車で通っていなければ、決して会うことはなかったと思うと(ちょっと大げさだけど)、人と人が出会うことは、つくづく「奇跡」だなぁと思いますラブラブ


それで、一緒にごはんを食べることにして、お店でごはんを食べながら、共通の友人たちに私たち2人の「バッタリ」を報告することに。写真をくっつけて、3人(仮に、AとBとC)にメールを送信。


しばらく後にわかったことは、私たち2人がこのメールを送信した、ちょうどその時、AとBは別件で電話でお話していたとのこと。そこに、メールがきたから、「今日はいったい何があったの~?」と思ったそうです。今は、それぞれ、大阪、東京、静岡と離ればなれです。


何だか「ミラクル」な一日。きっと、何か不思議な力が、みんなを引き寄せたのかな、と思ってしまいますラブラブ


それにしても、こんな驚きは、とってもうれしい音譜