今日は予定のない休日。
買い物をしたくなって、大阪へ行きました。
私の場合、行き先はほとんど決まっていて、MUJIとヒューマンウーマンと、カンペールとビルケンシュトックと、アフタヌーンティと、それに本屋さんくらい。
こんないつも行くお店の入っているデパート。店内は相変わらずたくさんのお客さんで賑わっています。そんなお客たちの一人である私も、店内をうろうろ、ぐるぐる。
ふと思ったことは、この日曜日、働いている人の多いこと。
洋服を薦めているお姉さん、たくさんの靴を並べて履かせあげているお姉さん、お客の「これないの?」に走り回っているお兄さん。今まで、「物を売る」という仕事がどうもピン来ず、関心をもったことのない私にとって、販売員や接客は自分にはぜったいにできないなぁ・・・と思います。だから、デパートやお店で働いている人たちを本当に尊敬します。
お客さんの中には、わがままな人や無理難題を言う人や、理不尽なクレームをつけられることだってあるだろうし。でも、「お客さま」だから、売らなきゃいけないから、下に下に出ないといけないことも多そうだし。
店内をぶらぶら歩きながら、そんなことを考えていると、自分は何て甘いんだろうと思いました。
遅ればせながら、この4月から教員になったけど、授業がうまくいかなかったり、何かミスをしたり、恥ずかしい思いをしたりしたら、すぐにくよくよして落ち込んで。「仕事が面白くない」「自分には向いていない」そんなことを毎日思っていて。
ちょっと周りを見渡せば、もっと大変な仕事をしている人や、もっとキツイ職場でがんばっている人が大勢いるのに。自分は何て甘い人間で、何て贅沢なんだろう。そんな思いがふつふつとわいてきたのでした。
この社会には、いろいろな仕事があって、いろいろな働き方があって、だから、いろいろな暮らしがある。
人生はいろいろ、人それぞれ。
私は、この教員という仕事を続けよう。せめて3年。3年やってみて、それでも「やりたくない」「自分には向いていない」と思うんだったら、その時は違う道に行く。
歩き出したばかりの今、何もしないまま方向転換するのは甘すぎる。そんなんじゃ何もできないよね。
ちょうど、最近読み始めた内田樹氏の本に「なるほど!」と思うことがありました。内田樹『街場のメディア論』(光文社新書474・2010年8月)。街場シリーズの1冊です。
「キャリア教育」や「就職」がテーマとなっているところ。
もともと備わっている適性とか潜在能力があって、それにジャストフィットする職業を探す、という順番ではないんです。そうではなくて、まず仕事をする。仕事をしているうちに、自分の中にどんな適性や潜在能力があったのかが、だんだんわかってくる。そういうことの順序なんです。
その具体例として、子どもが生まれてはじめて「父性愛」や「親になる能力」に目覚めたご自身のエピソードも語られています。
大切なことは、
与えられた条件のもとで最高のパフォーマンスを発揮するように、自分自身の潜在能力を選択的に開花させること
「与えられた条件のもとで」と「選択的に」というところがポイントです。
最高のパートナーを求めて終わりなき「愛の狩人」になる人と、天職を求めて「自分探しの旅人」になる人と、装着感ゼロの理想の入れ歯を求めて歯科医をさまよう人
仕事をする前から自分にその適性があるのかどうか、向いているのかどうかはわからなくて当然。仕事をする中で、その仕事に対する自分の能力が開花するかもしれないし、他者からのリクエストで能力が発揮されるかもしれない(しないかもしれないけど)。
もっと自分と合う人がいるかもしれない、もっと自分に向いた仕事があるかもしれない、もっと自分に合った環境があるかもしれない・・・そうやって、「よりよいものを探し続けること」をよしとする思いが、自分の中に大きくあって、それは一見すばらしいことのようにも見えるけど、でも実は、結果として行動できていなかった。
そのことに気がついた今日。仕事を続ける決心がついたかな。