1
ふとした瞬間に、数年前のあることを思い出し、いたたまれなくなる。
できれば、あの時あの場所にいた全員の記憶を消してもらいたい。
今でも思い出して恥ずかしくなることがあるので、
この度、あえて、文章にして残しておくことにする。
>なぜ
2
それは、数年前、とある研修で、「刑事弁護の基礎知識」について講義をしてほしいと頼まれた時のことだ。
時間は50分くらいで、対象者のほとんどは、刑事事件についてほぼ知識がない。
そこで、とにかく分かりやすく話してほしいと言われた。
私は、人の話をじっと聞くことが何よりも苦手で、5分くらい真面目な話を聞いていると、寝てしまう。
特に、自分が知らない難しい話なんかだと、2秒で寝る自信がある。
わざわざ研修を受けてくれるような方々を退屈させてはいけない。
そこで、できる限り難しいことを省略して、眠たくならないような話をしようと考えた。
3
軽い気持ちで引き受けた後、私は、引き受けたこと自体をとてつもなく後悔することになった。
というのも、その日、私以外に話をするのは、保護観察所の監察官(ベテラン)や、弁護士会の弁護士(ベテラン)の方々、聴きに来る方のほとんどは、私よりはるかに年配で、中には、大学で教えている方々も含まれる。定員は50名(+zoom)。
これ絶対私がやるやつ違う。
絶対、ちゃんとした人がやるやつ。
さらに、パワポのスライドも作ってほしいと言われた。
しかし、私にそんな技術などあるはずがない。
私にはパワポは作れない。
パワポのすごい技術があれば、何とかなったのかもしれない。
私は悔やんだ。
パワポさえできれば・・・全てがうまくいったのに・・・。
私は、全てをパワポ作成能力がないことのせいにした。
もしも、
素晴らしいパワポを作ることができたなら、例えちゃんとした話ができなくとも、
聴衆を飽きさせず、むしろ聴衆の心を掴み、
刑事事件の基礎知識・・・それに留まらず、応用知識、SDGsのことまでもを理解してもらい、
ついには、講師も交代してもらえたかもしれない。
全ては私のパワポ作成能力の不足が原因だ。
パワポが使えれば、
例えば、画面から楽しい動物が飛び出したり、椅子が動いたり、会場が暗くなったり、
突然、通りすがりの人が踊り出し、
気づけば会場が一体となったパフォーマンスができたのに。
>パワポのこと何だと思ってるんだ
私は、パワポ作成ができないことを悔やみながら、
職場の方に、
「私の講義のパワポを作ってください」と頼み込み、
自分は、話す内容だけを考える、ということで許してもらった。
4
講師に慣れている方であれば、作成したパワポのスライドを見ながら、
理路整然と話ができるのかもしれない。
しかし、私はそうではない。
そこで、誰よりも完璧な準備をしようと考えた。
そして、私がとった方法が誤りであった。
私は、
不安すぎるあまり、
50分間に喋ること、全てを文字で準備しようと考えたのだ。
すなわち、ネットで調べた
50分に話す文字数=16,000文字
を、事前に原稿で準備しようと考えたのである。
さらに、難しい話をわかりやすくできる自信がなかったので、保険をかけた。
法律の話をして、退屈されそう、と思う時、
「覚えなくて大丈夫」「わからなくて大丈夫」
と言いまくったのだ。
話し始める前に、
聞かなくて大丈夫、と言った方が良かったのではないか。
5
休日に数時間かけて、1万6000文字の原稿を完成させ、
作成していただいたパワポ画面を、ここで切り替えてほしい、という場所の指示文も作って、
さらに、
質疑応答も、何を聞かれるか不安だったので、
質問内容を文字で準備した。
どう考えても、準備しすぎた。
6
当日。
準備しすぎた私がやったことは、紙に書かれた文字を読んだ、ということだけである。
それなら私が読まなくてもいい。本当に今でも忘れたい、というのはこのためだ。
しかし、朝からの講義だったのに、誰も寝ることなく最後まで話を聴いてくれた。
私の「対象者=私みたいな人(真面目な話が聞けない)」という想定が間違いであった。
普通の人は、もう少し話を聴けるらしい。。。
今でもこの、「たくさんの人の前で紙に書かれた文字を読んだ」という記憶は忘れたい。
やはり、会場を盛り上げるパワポ作りができなかったのがよくなかった。
>絶対に違う