文鮮明先生御言選集 20050905 - 個人主義と家庭主義<No.1/2> | peaceのブログ

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人類の父母である神様の元に人類が一つの家族となり、平和世界の建設という理念を掲げているのが、「天の父母様聖会」です。

文鮮明先生御言選集 20050905 - 個人主義と家庭主義

 

個人主義と家庭主義 

 

2005年9月5日(月)、ノース ガーデン
*このみ言葉は安侍日敬拝式及び朝の訓読会の時されたものである。

 

<祈祷> 

 

愛するアボニム、今日は天一国5年9月5日、この月を迎え初めて迎える安侍日になります。天と地がこの日を示威するために祝福を受けた家庭たちが霊界肉界で一体になられ、天地人父母に侍る人たちが心と体が一致し平和の天国理想を、天宙地 平和連合を中心に一切統一の世界に向けて前進できるこの場の上に一律的に恩賜を分け与えてください。

コジャックを中心に昨日まで、これから全世界を舞台にして96個場所を選んで選別された祝福の恩賜を下そうと怨恨をすべてのその基盤の上に霊界を動員し地の上の祝福された人たちの心が自然と動いて心と体が一つになり霊界肉界が一つになって天宙父母が天地人父母の一体圏を備え、あなたの愛の主権を引き継いで自由統治の解放・釈放の世界に前進できるように祝福してください。

今回、世界のあなたの子女たちがすべての6大州を、8大州を代表し集まった国家代表、代表のすべての人たちが天の前に父母様の代わりの父母様が許可された祝福を相続されるために代わりに相続者としてその国とその州で動くすべての一切があなたの保護の中で霊界の全体、地上全体が根本に答えることができる因縁を侍ることによって、平和統一の世界とともにあなたが訪ねて来た地上世界の警戒線を無くし統一的な祖国光復の基地を準備できる勝利の出発家庭と収拾できる伝統基準を立ててくださることを懇切にお願いします。

5日のこの朝にこの月に残すことができる祝福の日々と大会の日々の集まりの場でも祝福してくださり、アメリカを中心に動くすべての全体が韓国と日本と一体化されて万国が一心・一体・一権・一核の統一的な安着開放天宙の祝福家庭たちになりうるように祝福してくださることを懇切にお願いしてやみません。

この場に集まって心を集め敬拝するこの安侍日の朝に懇切な心とともに人類を愛し天を愛する懇切な心が一体になられて三位一体圏をなして解放されうる個人と家庭と世界になりうるように祝福してくださることを懇切に願いながら、このすべてのみ言葉を真の父母の名によって懇切に懇切に懇切に報告し宣布します!アーメン!アーメン!アーメン!(敬拝儀式)(信俊様の拍手、マンセー、敬拝、ウインク)家庭盟誓、代表報告祈祷)

<み言葉> 

 

個人主義は滅ぶのであり、統一主義は興るのだ!これをいつでも祈祷する前に天の前に標題を立てて祈祷することを願うのだ。わかるか?「はい。」

個人主義は滅ぶのであり、統一主義は興るのだ

堕落は個体の自覚、個人主義によって始まったのだ。それは必ず闘争だ。自分を中心に全部すべて一つになろうとするので闘争だ。抑制と排他主義は分裂するので滅ぶのであり、神様の側は全部すべて和合統一だ。統一は何かと言えば、上・中・下の和合であり上・中・下、その次には右・中・左、前・中・後これは和合するのだ。和合するので統一することによって興るのだ。

サタン側は争い、闘争概念を持って出るので滅び、天はー天宙主義だー家庭主義をもって和合し出るほどに興るのだ!このように興亡盛衰の始まりと終わりがすっきりと整理されるのだ。わかるか?「はい。」

和合統一、こちらは何?闘争分裂だ。和合統一は興ることであり、闘争分裂は滅ぶのだ。分裂すれば滅びる。全部が相対、双双主義がなっているので分裂するので滅びるのだ。無くなるのだ。和合統一、すべてのものは互い互いが個性真理体が和合して統一だ。上・中・下、右・中・左、前・中・後これは全部すべて興るのだ。補うので興る。

悪は闘争しながら分裂して滅ぶのであり、善は打たれても和合しようとするために統一して興るのだ!この概念をいつでも持ちなさいというのです。この標語を言えば、悪は、個人主義は闘争して滅びるのであり、-家庭主義だ。天宙主義は家庭主義だ。-天宙主義は和合しながら興るのである!和合統一して興るのだ。わかるか?「はい。」

いつでもこれから仕事に行こうと行くまいと、祈祷するとか何か一つする標準をこのようにしておくことによって必ず2つの側が確実だ。それでは我々は二つの側にどこの誰が残るのか?我々はサタンまでも包摂し消化しなければならないという結論なのでそれは必ず勝利せざるを得ないという結論なのだ。そのような概念を持って出てくださることを願う。わかるか?「はい。」善は和合統一であり、悪は闘争分裂滅びるのだ!

全体統一家たちの行動主体がそうだ。統一家が、祝福された家庭たちが行く主題が、生活する主題が目的過程は天は平和統一であり、サタンは闘争分裂だ。滅び興るものがそこで別れるのだ。そう、サタンが天のようにできないので悪は無くなり善は残るのだ。それが天宙平和連合であり、そのためにサタンが地に無くなるのでベーリング海峡を中心に地球星は完全に起こる平和の警戒内に抱かれるのだ!

今や我々の活動目標は天宙平和連合の創設とともに、その次に祖国疆土の回復をするのだ。これが今や我々が動かなければならない生涯の目標と定めて出なければならないのだ。さ、わかるか?「はい。」

 

個人主義打倒、家庭主義支持

(『天聖経』‘成約人の道’ 編 ‘第2章 家庭観 20家庭は天国完成の基本単位 ①家庭は地上天国・天上天国の礎石’から訓読)
 (録音状態の不良で一部収録できない)サタンの側は、自分が主張する個人主義派分裂だ。すべて自分中心に出るので闘争して分裂して滅びるのだ。さ!

『家庭から天国をなさなければならないが、イエス様も家庭を成すことができなかったために天国に行けず楽園におられるのです。楽園は天国に行くための待合室のような所です。』

‘神様の理想家庭と平和世界のモデル’、これは理想とモデルが同じだということだ。統一されるのだ。家庭がこのように貴いということを言ったのだ。さ!

『地獄は人間が堕落したために生じたのです。初めから神様が造られたのではありません。』

自体自主、自体で自主的な個人を立てたのだ。個人主義は闘争して全部すべて分けられて滅ぶのであり、家庭主義は和合して一つにつくって興るのだ!確実だ。それが生涯の標題であり、すべての今後の歴史が行く方向の標題です。個人的なものは絶対容認できない。そのために共産主義は闘争概念だ。闘争して統一するというそのような逆説がどこにある?そう、闘争する個人主義は滅ぶのだ。

自分たち絶対主義だろう?自分たち以外にはありえないのだ。反動分子というのは許すことができない破壊物であり、除去物になっているのだ。闘争は分裂して滅びるのであり、天は和合統一することによって興るのだ!確実だろう?「はい。」

そのような標題を中心に・・・。この目も和合するのだ。これが和合統一だ。全部が双双制度、和合統一であるが、闘争分裂の個人主義、自己絶対主義を中心に分裂させては滅びるのだ。

そう、孔子のようなヤンバン(両班)もそうだろう?家庭は何か?何だと?「家和萬事成です。」家和萬事成という言葉が合うのだ。孔子のようなヤンバンが霊界でそのために高い地位に、イエス様に侍っていける世界に行くのです。その次に釈迦牟尼とマホメットは相対的な概念ではない。人格的な神を知らない。仏教で言うようになれば解脱、その次にマホメットというのは宗教全体を無視しておき自分が闘争的な概念を立てた。

闘争は分裂して滅びるのだ。勝つことのようだが終わりに行ってもやはりそのように行動して亡くなるのだ。また天は負けることのようだが、打たれて出てくるが和合し統一して勝利します。すべてのものが善悪を中心にすっきりとした結論が成立した上に我々はそのように生きなければならないというのです。個人主義打倒、その次に家庭主義支持!言って見なさい。「個人主義の打倒、家庭主義支持!」そうだ!そのようになるのだ。

個人であるときには私を中心に考えるが、家庭という時は我々になる、我々。個人主義は私一人以外にないが家庭がない。そう、家庭主義のパターンのためのものか?自由世界の若者たちがホモ、レズビアンを中心にフリーセックスをし、麻薬をし、絶対幻想主義に陥って滅んでしまうのだ。さ!

統一教会は天宙家庭主義だ

『四位基台は地上天国と天上天国の礎石です。天国は一人で立てることができないのです。故にイエス様も一人ではだめなので聖霊が降りて来なければなりません。

天国の基点は個人でなく、国家ではありません。家庭なのです。そのためにイエス様は新郎新婦の因縁を探してこの地に来られるのです。個人が天国の基点ですか?家庭が天国の基点だというのです。』

天宙主義が家庭主義です。家ではない、家?天地の家だ。天宙主義!サタンは個人である。いつも孤立された立場でそれを奪われないために闘争し飛び回り後では滅びるのだ。地球星が、地が無くなる。地を占領されるのでそうだ。地がある限り争いが残る。そのために統一国がなりえないことはない。

そう、自分たちが生まれた故郷であるとか自分が生まれた文化的背景、何の国全部すべてこれはだめなのだ。放棄し、サタンが絶対全体主義を反対して破壊させて滅亡させるための結論ということを今日人間たちが知らなかった。これからは知ることによってそのような道を行けないというのだ。わかるか?

個人主義、目を一つ持ってできるのか?鼻を一つ持ってできるのか?唇を一つ持ってできるのか?耳を一つ持ってできるのか?手を一つ持ってできるのか?主体対象が必要だ。そう、我々は双双制度になっているために家庭主義だ。家庭は双である。父子の関係、夫婦関係、兄弟関係、双双主義だ。

そう、家庭から、家庭主義は氏族主義のために投入していくのだ。氏族は民族を探すために、民族は国家を探すために、投入して忘れてしまい忘れてしまうことによって神様の創造理想、絶対信仰・絶対愛・絶対服従で投入して大宇宙を形成したことを個人主義が自己一番主義によって全部すべてひっくり返してしまうためのサタン世界をすっきりと整理できるようになるのだ!

父母様が初めて96個・・・。9数や6数や全部サタン数だ。4年ぶりに、天一国4年ぶりに・・・。4,6,9がすべて入る。天一国4年これが2次、3×4=12、4年を中心にして96年、6数9数、その次には100を満たすのだ、100数。大会を100か所しなければならない。96か所したとすれば初めの総論を父の国、母の国、兄の国、カインアベルお兄さんの国、3つの国で世界全体を総論を出すことのできることをすることによって、今やこの結論と同様に、闘争するようになれば分裂して滅ぶのであり、和合するようになれば一つになって興るのだ!どの歴史時代や子の道理に立つようになれば残されるようになるのだ。残されるので主人になるのだ。わかるか?残されようとするのでもっと多く投入しなければならないのだ。仕方ないのだ。

そこで我々の標題を定める時、忙しい時は、‘個人主義は滅ぶのであり、家庭主義は興るのだ!’これだ。そこで統一教会は天宙家庭主義だ!サタン世界は天宙がなく、世界もなく、家庭もなく個人主義だ!それは滅びるようになる。そのように結論がすっきりと出るのだ。

そう、歴史を清算したうえで神様の前に私の責任を切に求めることができてこそ自分を中心とした再創造の所有権、神様の創造の偉業を受けて祝福を受けることによって神様の前に受けることができる所有権を取り戻すことによって堕落せずすべての悪の破壊的な分裂で無くなりうることを消化して、統一された家庭で世界の上で私が開放・釈放を神様と共にできる息子娘になって天の国の王宮に基盤を掴み千世万世太平地上天上解放・釈放世界に、地上・天上世界に入るのだ!アーメン!総論がすっきりと出るのだ。わかるか?「はい。」

自分の個人主義を考える人、アメリカと西欧の子供たちはということであり・・・。アメリカが誇るのが何か?力をもって搾取し、今共産党を代身しているのだ。闘争しているのだ。和合統一して興るのであるということである。和合しようとすれば平等・平和・統一だ。平等でなく平等が一つになって和合して統一されるのだ。共産主義は闘争して・・・。闘争歴史だ。

ギリシア哲学は闘争だ。闘争の歴史は自動的に分裂して小さくなって滅びるのだ。二つが一つになれず争えば二つとも弱くなるので分裂して滅びるのだ。それは不可避なのだ、歴史を総論づける時不可避な総論が、善は家庭を中心に興るのであり、悪は個人を中心に世の中を否定し自分第一主義で考えて神様の前に無くなるのだ!さ、わかるか?「はい。」

 

家庭第一主義は神様主義

そして自分の処理をしなければならない。私は家庭第一主義だ!家庭第一主義は神様主義だ。神様からおじいさんおばあさん主義であり、お母さんお父さん主義であり、自分の夫婦主義も千世万世この伝統を一つの国と一つの血統を持って地上・天上統一は自動的に別れず合わさり、和合統一して興って永遠に行くのだ!結論が支障がないということをすっきりと知り、そのような上において私は天宙主義、家庭主義の王者として祈祷するとしなければなりません。

最後の祈祷の題目がそれだ。家庭天宙主義の神様を中心とした父母主義の王の息子、家庭の中心として祈祷し報告しなければならない。それが連結されなければ報告できない。神様の家庭的な王者王女の場で報告するようになっているのか?一人ではだめだ。

そのために夫婦が絶対、兄弟が絶対、父子が絶対、それではすべてなるのではないのか?父母の愛、夫婦の愛、兄弟の愛、3代愛の理想が一つの家庭で上・中・下、-中である。-右・中・左、その次に前・中・後だ。だから1,2,3,4,5,6,7番目だ。セブン(seven;7)であるが、セブンはすべてを統合するのだ。ハッピネス(happiness;幸福)ナンバー、ファイニスト(finest;最高のよい)ナンバーというのだ。ファイニスト シング(finest   thing)ハッピネス ナンバー、このようになるのだ。わかるか?「はい。」ウェスターン メンバース(western   members;西洋食口たち)!

ドイツの奴も我が国が第一であり、アメリカの奴も自分の国が一番であり、日本の奴らは模様を立てて小さくつくることが第一であり、統一教会はすべて失ってしまったが統合する所が第一である。失ってしまったものを探すところが一番である。探そうとすると耐えるのだ。そうじゃないか?久しく耐える。全体を久しく耐えなければならない。家庭を探しては終わらない。8段階、9段階を越えれば自分の世の中になる。8段階を越えて9,10、それはカップルだ。1234,4は四位基台のカップルであり、9,10は五つのカップルだ。そうだろう?そこですべてのものが平和統一がされえないのではないのだというのだ。さ!

『家庭は天国完成の基本単位です。天国は一度行ってみれば戻りたくなく・・・』

これがすべて録音されたので標題をよく定めなさい。「はい。(ヤン・チャンシキ梁昌植)これが貴いのだ。「はい。」悪、個人主義は闘争分裂、無くなるのであり、善、天宙主義は和合統一、興るのだ!和合すれば通じるので興るのだ。その結論を中心にいつでも生活をどこに行って対するようになる時、闘争概念よりも家庭の概念だ。兄弟であり、弟であり、年が多い叔父さんであり家庭で!私のおじさん、私の父母私の兄弟であればいいのではないのか?兄弟の血統、一つの血統だ。それは家庭主義において天宙主義にあるのであって、個人主義は家庭もない。

そのために家庭破綻が興るのであり、共産党は。お母さんお父さんを殺せという殺父会がある。本当に党員になろうとすれば父母と兄弟の血を見なければならない。死を見ることができず血を見ることができない人は正党員になりえない。闘争概念の頭になれというのだ。どうしようもないのだ。わかるか?「はい。」

さ、標語を確実に知って行きなさい。ここに戻ってそれを確実に定めなさい。さ!

 『天国は10回、100回会ってもまた会いたいその方がおられる所です。万民が共通に・・・』

また投入し、また投入する。嫌であれば投入できないのか?投入すれば会いたいし、合いたくて投入しなければならない。会いたいのに追い散らさない。自分が互いに補わなければ。だから興るのだ。さ!

『万民が共通でそこに行きたいし、その方を見たいのであり、その方と共に行きたいとすれば世界は統一されるのです。そこに向かって言っているのが統一教会です。

しかしそれは一度になされるのではありません。先に個人の基台が立ち、その次に家庭の基台が立ち、その次に民族・国家・世界に広がって行かなければならないのです。』

個人完成、家庭完成、氏族完成、民族完成、国家完成、世界・天宙・神様まで完成すれば解放が繰り広げられるのだ。8段階だ。8数が必要なのだ。さ!

『家庭天国は男と女が完全に一つになればなされ、個人天国は体と心が完全に一つになればなされます。家庭天国は神様のみ旨を中心に夫婦が一つにならなければならないし、子女と一つにならなければなりません。そのみ旨の目的は万民のためのものです。』

おじいさんおばあさんがおれば宗氏が中心になる。韓国の法がそうだろう?茶禮のようなものをする時、宗氏(宗孫)、自分のおじさんもおり、祖父の兄弟がいても宗氏がだめであれば指導できないのだ。そう、氏族の次の民族中心、民族の代表、その次に国家の代表、公認された中心の場が中心になって・・・。 モデルと同様だ。何のモデル?平和王国のモデルだ。家庭理想だ。全部すべて拡大すればそれ自体で、支障なくそのままその通りすっきりと大きくなっていくのだ。さ!

男、女が浮気することはありえない

『家庭天国は男と女が完全に一つになればなされ、個人天国は体と心が完全に一つにならなければ…。』

因縁というのはできない。男こいつの子供たちがオモク(오목;凹)をもってテガリ(대가리;どたま)をかき回すようになれば蛇のテガリ、毒蛇が噛むとそのようなことと同様なのだ。それを歓迎できる女のオモクだ。まさにそうだ。女は男を占領しようとし、男は女を占領しようとそうだろう?家庭が何であり、国家が何でありどこに行こうと全部浮気をして自分の国の旗竿をどれほど差し込むのか?こやつのサタン世界がそのような遊びをしているのだ。ありえない。すっきりとしなければならないのだ。

そのために息子娘も今後は国家基準を中心にUNが設定されて法令がなったにもかかわらず犯すようになれば、その息子娘は北極でなければ南極に配置するのだ。氷の上のペンギンのようにエビでも掴んで食べ、そこで数年から数年、一生涯生きなければならない。

そう、父母たちが行けば銃と銃弾を与えて獣をつかまえて食べるようにするのだ。槍のようなものを一つだけ持ってきてあげればすべて終わるのだ。こうして獣をつかまえて食べて行き、その困難な中で数年間一人天を見て恨もうとすれば恨んでみなさい。恨めば滅びるのだ。感謝しなければならない。氷を見ても感謝し、父のように侍り、水を見ても感謝し、動物を見ても天が与えた贈り物と知り、絶対信仰・絶対愛の贈り物として持ってきたものと知り、神様がそのようにつくったものを私が食べて生きるという、食べることもできず生きることもできないこれがこのようなものまで食べても有り難く考えなければならないのだ。

そこでポルラ ベアー(polar  bear;北極熊)が住んでいるので万物の霊長になる人はポルラ ベアーを見てもその生において克服しなければならない。そのために何か?動脈か、冬眠か?「冬眠です。」冬眠すれば6か月間食べなくとも生きる。断食もすることができすべてそうでなければならない。断食もひと月ほど、20日づつ1回ずつしても死なない。死ぬのか?そのような訓練もしろというのだ、生き残るためには。1週間に1回食べても生きる。1度食べても生きるのだ。そう、一日に3食食べて、毎回食べて生きるのだ。

今もご飯を1日に3食食べることでない1食主義者たちが多い。その代わりたくさん食べる。栄養分や何とか、今後カロリーのようなものを科学分量において何の栄養素を人は1日にどれほど食べるということが出てくるが。それを3回に分けて食べず一度に食べればできるのだ。そう、消化することが難しければ水とともに食べる。粉にして水に入れて飲めば消化は問題がない。今やそのような時が来る。

コ・チャニュン(고찬윤;高贊允)「はい。」コチャン、高贊允?「はい。」チャニュンか。ビタミンCとか何とか総合して、青いものの中でビタミンA,B,C,Dがすべてあり、そこにあるものを合わせて調節するようになればO型には何々、AB型は何々、B型は何々と言って食べるのです。科学的なプログラムのそれを中心にして自分が足らない何かがあれば、それを十分に食べてももっと食べたいそのものが自分たちが補充しなければならない栄養素なのだ。人がすべて測定することが、自分が美味しく美味しくないものとするのだ。

我々は昨日、シンジュン(信俊)がそのようにおいしく魚を食べtのだが、シルバーサーモンを持って来て口に入れたところ食べないというのだ。それはあまりにも油が多いので、良くないので嫌うのだ。わかるようになっている。鋭敏であればわかる。どれほど鋭敏か?朝のご飯が来る時に、‘私が好まない飲食が来た!フムフムフム!朝匂いを嗅げばわかるのだ。

そう、先生が監獄にいる時、10里、20里の外で鶏を捕って食べること、牛を捕って食べるものの匂いを嗅ぐ。神様も食べなくとも生きることができるのでどこであれ通じない所がないというのであって、匂いとか何でも。

 

2013年まで何の困難があってもしなければならない

 

さ、これからは訓読会に正式に入ろう。わかるか?今日記念日として先生が話した安侍日だ。9月5日だ。安侍日は5月5日にしたので5月5日を中心に、5月の月を中心に今日が相対される日である、9数と。

そう、10、9はサタンの支配を受けない。天の圏内にあると見るのだ。そうじゃないか?5月5日が安侍日だろう?だから5月5日安侍日の起源になる1番目に遭うことであり、5日が合う。だからこのすべてのことが全部すべて相対権をなして今日み言葉をした内容と通じ、今摂理史に先生がこれからは・・・。

世界巡回を今まで先生がしてみることができなかった。行かなかったところが多いのだ。オモニよりもできない。オモニは120カ国にすべて通ったということである。先生の代わりに通ったのだ。今は先生だけが講演することでなく先生が、‘あ、今日はオモニをさせなければならない。’という時は代わりに呼んで・・・。それは公文を出しなさい。必要になる時はオモニが代身することができ、オモニが必要になる時は、息子娘たちが代身し、息子娘たちができないようになる時には同行する一員たちが代身するのだ。

自分は誰々であると、教育の責任は誰々を代身するとそのようにしなければならないのだ。そのような内容を初めから明らかにしなさい。わかるか?「はい。」クアク・ジョンファン(곽정환;郭錠煥)に話しなさい。「はい、わかりました。」さ!

『家庭天国は神様のみ旨を中心に夫婦が一つにならなければならないし、子女と一つにならなければなりません。そのみ旨の目的は万民のためのものです。そしてそのみ旨の中心は神様です。そこで神様を中心に万民を・・・』

今後カインUN、今回アベルUNを今はなす内容の通り全部すべて整理するのだ。先生のみ言葉がそのまま流れない。今言う通り整理するのだ。善悪の帰結をどのように決定づけるのか?個人主義化した自分第一主義とする人は全部すべて破綻するのだ。争って破綻させるので滅びるのであり、統一主義一つになるためのものには和合して統一されて興るのだ。それは不可避なのだ。

そう、歴史的な成人たちも投入しながら死んで行った。全部すべて取得しながら死んで行かなかった。忘れて死んで行ったのだ。先生も今、そうだ。晩年に人々は休んで定年退職をして3代がおれば3代を中心に誰よりも安らかに休むことができるのに、てっぺんに立とうとする。

来年には87歳だ。87,78!87の数を中心に重要なのだ。反対に見るようになれば78は90を満たすことができなかったがここは87を中心に87まで反対に・・・。何故?上がって降りて行かなければならない。下りてくれば反対にするのだ。

こうして88の峠をおそらく越えなければならないのだ。だから92歳まで先生が目標を立てたが、腹が立って心に闘争が多くなればそれが減縮されるのだ。だから先生が2013年まで完結しようと考えるが、2013年を支えることができないようになれば、先生をあまりにも苦労させたために体が自然に停止できる世界に入れば行かなければならないのだ。

そう、皆さんたちが先生を苦労もさせ先生以上するという時は、世界はそのままその通り勝利の版図の上で存続できるが、先生を送って後悔するようになれば、皆さんの後孫と3代でどれほど蕩減を受けなければならないのかというのだ。だからなんの難しさがあってもこのことをなさなければならないのだ。

簡単だ。天宙平和連合だ。誰がこれを嫌う人がいない。その次に一つの地だ。天宙平和連合の地は二つでなく一つです。主人が一人だ。ベーリング海峡を中心に地を蹂躙、地で血を流し、地で涙を流し、地で死体を処理しなければならないこの世界・・・。悪い奴らが善なる人を殺すことができず、善なる人が人の血を流すようにできないのだ。

だからそのような地は天宙平和連合の所有でなければならない。ここに対して反対する人は、補充せず自分のお金を使って自分の一身の個人的な享楽のために人は滅亡だ。個人主義の頭は闘争概念をもって善なる世界をふるい分けるのだ。減縮させるので滅びるのだ。

そう、自分個人が滅びても国を生かさなければならないし、国が滅びても世界を生かさなければならないし、世界が滅びても神様を生かさなければならないのだ。その原則を挙げて出るので、これは二つの世界の道理をすべて実践する基盤から出るほどに天の絶対勝利の解放・釈放太平聖代の世界がなりえないのではないのだ!アーメン!すっきりする。さ、わかるか?

私がこれを説明して今日何事も・・・。訓読会がそのような時間であるために・・・。すべてこれが合う。歴史的に合うのだ。さ!

家庭を破綻させる習慣概念は無くしてしまわなければ

 

『そこで神様を中心に万民のためである所から家庭天国が連結されるのです。神様だけ為にしなければならないのでなく、神様を中心に万民のためにしなければなりません。

神様はそのような家庭を探そうとするのです。世界が復帰される時までそのような家庭を探して立てなければ万民を救うことができず、万国を助けることができず、万家庭を救うことができないために、そのような家庭を・・・』

天宙主義だ。家庭主義だ。わかるか?「はい。」個人主義は滅びるのであり、家庭主義は興るのだ。個人主義はお父さんお母さんまですべて売ってしまってということだ、シニア シチズン シップ(senior  citizen - ship)なので何とか・・・。そこに行きたい父母がどこにいる?兄、弟がどこにいるのか?別れたい人がどこにいる?

そうして電話をしなければならない?息子の家に行くのに電話をして行かなければならない?こ奴のずるい奴!あなたたちが電話する前に訪ねて行って世話を何故してやれなかったのかというのだ。アメリカの子供たちもお父さんに対して、‘パパ、何故電話をしなかった?夕食をできませんでした。昼食ができませんでした。出て買って食べなさい。’というのだ。こ奴の世の中が家庭を破綻させても程度を越すことなのだ。それ以外の習慣概念は無くしてしまわなければならない。だめであれば自分自身が滅亡だ。粛清される。共産党式に言えば自己批判と何の裁判?「人民裁判!」人民裁判でなく天民裁判時代が来るのだ。

神様がサタンを完全に自然屈服を解消しようとすればそのようなこと以上のものをもってそこにも勝利の覇権を立て、個人から天宙まで越えて行くのだが失敗せず投入して忘れてしまうので勝利の王者、勝利の王権世界がなりえないのではない!理論的にぴたりと合うのだ、さ!

『・・・・・・我が家は愛によって一つにすることができます。ここには統一がなされうるのであり生命が連結されうる理想を実現させることができます。そこで皆さんは夫婦の愛を尊重でき、父母の愛を尊重できなければ天国に行くことができる資格者になりえます。

祖父母は父母の前に愛を相続してあげたし・・・』

全部すべて父母が今や祝福を互いに交換してしなければならないのだ。ムナッセとエブライムを中心に兄弟が互いに交換しなければならなかった。さ!

『祖父母は父母の前に愛を相続してあげたし、父母は夫婦の前に愛を相続してあげたし。』

そう、おじいさんおばあさん、お母さん、3代が相続してあげなければならない。これが誤れば兄弟が変えられるのだ。これが上に行かなければならないのにこれが下に行けばだめなのだ。そう、エクス(X)、否定するのだ。さ!

『・・・・・・我々統一教会の組織は家庭組織です。家庭を主としてするのです。個人を主としてしてきたことを家庭を主としてするのです。』

家庭主義、天宙主義だ。家庭だろう?家だろう?‘ジプ(집;家)ジュ(주;宙)’だ。そうだというのだ。そう!

 

節制があらねばならないし規範があらねば

『・・・・・・女は男を見るために生まれたし、男は女を見るために生まれました。赤ん坊が眠りから覚めて初めて目を開けながら呼ぶのが、‘オンマ’です。赤ん坊がオンマを呼ぶこと以上に夫は妻を呼ばなければなりません。このように呼んでみることができなかった人は可哀そうな人です。また婦人も夫以上そのように呼ばなければなりません。互いがそうたりうる夫婦として対さなければならないのです。仲睦まじい夫婦の楽しみの夫婦として互いをそのように呼んで生きなければならないのです。

 

そのように千年万年生きれば年老いても青春が羨ましくないのです。今後祝福家庭の夫婦が80の老人になれば先生が世界一周をさせてあげるのです。』

世界一周が、自分がどのようにしたことが誇りなのだ。わかるか?今回の大講演も同様だ。先生を模範として生きなさいというのだ。伝授してあげなければならない。それ以上しなければならない。その間酒も飲めず他のこともできない。今も4年間夫婦生活禁止令を出した。

先生も同様だ。二人が裸になって肉に触れても夫婦生活をするなというのだ。それが貴いのだ。自分の何の遊びの種として対することではないのだ。国の記念できる日、父母様がそうであることを願い神様がそうなることを願うことができる時間を探して合わなければならないのであって、‘あの奴は蛇の子の姿で、犬の子の姿でああなのだ。’それではだめだ。節制があらねばならないし規範があらねばならないのだ。そのような法がだめになっている、今まで。

先生がいたずらに生きていない。オモニがしようという通りしない。神様がしようという通りしなければ。オモニが神様がしようという通りすべてのことがだめであるためにオモニを前に立てることができないのだ。嫌でもオモニも父母様の前に立てておいてこうだああだとしなければならないのであって、自分たちどうしこうでありああであると言っては原則が曲がる。

上下というのが、上下が息子だが、上下が男だと夫のなり婿が来てもどうしょうもできない。このようになるのにここでこのように行くようになっているのであってこのように行けない。夫婦を代身できない。夫婦も思い通りできない。父母から伝授され神様から公認を受けておじいさんおばあさん、神様の許可を受けて夫婦が改めなければならないし、神様のみ旨でもないのに、神様のみ旨は反対にするのであるがおじいさんも改めることができない。2代がいつでも同様なのだ。

そのために2代、3代が間違うようになる時は、神様が許可しおじいさんとともにお父さん、3代4代がするようになれば何であれ革命できるのだ。家庭でおじいさんは天のみ旨を知り、『天聖経』の内容を中心におじいさん自体が読みながら息子を審判できるし、孫、数千代で神様の代わりとして審判できるのだ。

そう、今や(先ほど)公的な題目を立ててあげたことが、‘悪は闘争して分裂して滅びるのであり、個人主義は闘争して滅びるのであり、神様主義は和合して統一されて興るのだ。’というのだ。その原則の法がぴたりと立っている。

それを知り、皆さんが祈祷し生活の中で、どこに行っても友人の家を訪ねて行っても利用をしに行かないのだ。利用しに行くという時には左足を踏み出して行かなければならない。利用しに行ってその友人は利用するがその孫を生かしてあげるためには右足がついて行かなければならない、3代を助けるためには、弟を悪口を言って踏んでしまってもその息子娘がよくなるためには、自分の孫たちと一つになりうる、結婚出来る相対になるので、我々一族まで被害がなるので互いに共同責任の下でよくできなければ忠告してあげるのだ。救ってあげなければならないのだ。

法がすべてそうだ。男、女が行く時にも必ず行くようになれば女が男よりも先立つことができない、今まで。(男が)一歩先立って行くのだ。天を侍り先祖を侍り、時祭のような所はそのようにならなければならないのだ。おじいさんが前に立ち、その次に息子が後ろに立たなければならないのだ。横にもできない。横には兄弟だ。おじいさんが前に立ち、その次にお父さんが前に立ち、孫がこのようにならなければならないが、おじいさんがしろと言って横に来て立てばどのようになる?おじいさんおばあさんを保護するのに、おばあさん以下の息子娘の家庭、孫全部すべて批判されうる立場に立つためにそれはできないのだ。

縦的なものは一列に立たなければならないし、同じ環境である時には横的に立たなければならないのだ。皆さん、そうだ。家庭ですでに信仰生活をするとき誰がプラスであり中心か?中心を侍らなければならない。‘あなたが中心か?私が中心だ。’どうでもないことを言えない。信仰の批准を中心に公的な生活で誰が先に先立つのかという時立ちどころにわかる。心で知りながらも無理強いを用いる人は反対に行って絞首台に首をかけているのだ。ボタンだけ押せば終わりなのだ。自分が天地の大主宰の法を動かして恣行できない。

私は世話になるために生きるのではない

先生はそうだ。命令があれば、今86歳になったおじいさんが座って立ち上がることもつらいのに今や百日復興会に行ってある力をすべてこぼれ落ちなければならないこのような道を出るようになる時、どんなことがあっても喜びで消化するという心であって、‘私は嫌だ!’考えてみたことがない。そのような決心をして出たのを知らなければならない。わかるか?「はい。」最近、50個州も一週間をどのように越えるのかというのだ。一週間超えることができなければだめだ。今回10日をどのように越えるのか?そう、声の調整、つらい調整をすべてしなければならない。そのために絶対時間をよく守らなければならないし、絶対食べることを欲が出て来ないのだ。誰が何をしても、いくら招待しても他の所に行ってようとか食するとか度数を過ぎるように私が復興会をするそれ以上の喜びを感じてはならないのだ。汚さに乗るのだ。

そう、あらゆる精誠を一方向に・・・。一つの飛んで行く矢じりがテガリ(頭)を貫くことができるのか?完全に一つになってついて行くのだ。すべての全部は過ぎて行くようになれば(前は)小さいが後には大きくなるのだ。そうだろう?ジェット飛行機のようなもの、ジャンボ飛行機のようなものが飛ぶようになれば白い水蒸気を噴き出すのが一つ出るが広がりまさにそうだ。広くなるので多くの人が共に回ることができるのだ。共に回るので、分けるのでかすかになるのだ。わかるか?「はい。」

どこに行くと言って過ごせば世話になろうと考えない。私は世話になるために生きない。皆さんの前に世話になり皆さんの力によって私が搾取して食べて生きるとしない。無くなるようになれば私が責任を負い私が抱いておだてるのだ。矢が曲がっても矢じりは正しく行かなければならないのだ。わかるか?半分が飛んで行っても的を行く時撃破しなければならない。

そう、このような勝利の覇権というのは皆さんではない。先生のものだ。皆さんは何を受ける資格がない、血統から。それを先生が埋めてあげるのだ、先生が。それを知らずして自分を中心に我々の先生が何どのようにどのようにどのように・・・。

家庭でおじいさん王から王を中心にして王が欲を働かせるということは負けないために自分の欲を抱いて訓練をさせる所はどのような強国の前に負けないように訓練をさせるので、それを悪く考えればダメなのだ。そこに喜びで歓迎する人たちが国の責任者として対峙しながら世の中は発展していくのだ。上にいる人の誰もが上がって行けない。天が認定しなければ。さ!

『・・・・・・我々には家庭が必要です。皆さんが家庭で一つになりえなくては天宙主義とは関係がないのです。家庭が天宙主義を完結させる最終基準になるのです。ここで平和の歌を歌うこともできず幸福を賛美する・・・。』

父の家、母の家が二人の家ではない。一人の私の家、このようになるのだ。天宙主義!さ!

 

神様の愛理想は人によって完成される

『・・・・・・それではなぜ繁殖の横的な基準である愛の基台であるアダムとエバを創造したのかと言えば、これは水平であるために東西に回るようになっています。180度である平面圏は無限に存在するのです。そこで繁殖はすべての方面が可能なのです。膨大な平面圏において繁殖させた者たちを霊界に連れて行って天国の国民を、永遠な国民をつくるために繁殖が必要なのです。しかしその生産地は地上です。男女の体を借りて可能であり、霊界では赤ん坊を産むことができません。』

天地人、言ってみなさい。「天地人!」人が人から生まれるようになっている。天地は相対が見えない。人から人が生まれるようになっている。人から人が生まれて夫婦になってそこで目に見えない世界、心の世界が従って天上世界が形成されるのだ。地上天国がならなくては天上の天国になりえないのだ。

そう、神様が上から降りて来て子を産んで45度を中心にこの時間のような角度の子の骨が、この骨が全部すべてこのすべての中心、ここに心棒(軸)をして原型を備えるのだ、これが45度だ。そう、これが合えばぴたりとこれと距離が同じであれば合うのであって、だめなのだ。これもこのようになるので同じものがこれを中心にここに来て回るのだ。出発から回るのでなくこれが何かと言えば、おじいさん、お父さん、息子というようになればお父さんの代にお父さんを中心に心棒が回ってこのように回るのだ。その実体の父母が貴いのだ。

そのために絶対価値というのは神様一人で会えないというのだ。アダムエバが価値的な相対になって返してあげなければならない。返すことが主体になるのだ。絶対価値は相対によって訪ねてくるのだ!神様の愛理想も人によって完成するのであって、神様自体によって完成しないということです。これは革命的な言葉だ。この存在世界、意識している世界を根本的に変えて置いたのだ。

45度を中心にこれが球形をなしてこれが同じ距離だ。同じ距離、同じ距離こうしてこのように引くことが、これがこの中心になるのだ。このように引くことは全部すべて天と地であり、地から天に上がって行くのだ。地で家庭的な理想、天の基準に行ってこれが四方をなして天が初めて地に降りて来るためにここに行って理想的な出発、これが一つのモデルになって永遠の世界に連結されるのだ。

この公式を否定するようになれば45度が合わないために、このようになればこれがどのようになる?球形がだめなのでセンターが異なる。このようになるのだ。千万種類のセンターが異なることによって千万種類の模様の形態が繰り広げられ、千万種類の姿で運動しなければならない。そうたりえないためにこれを知らなければならない。わかるか?上下を中心に、子女は45度を中心に相が同じであり、またこれが延長されたこれこれが同じでなければならないし、これこれが同じでなければならないし、その次にこの上から直接降りて来ることはここを中心に天がこの中心に乗って往来するというのだ。わかるか?

アダムを中心に第2のアダム、2代を中心に連結されるのだ。どうしようもない。そうすれば球形自体が場をとらえて永遠に運動をしても衝突がない。宇宙が全部すべてそのギアに合って、数多くの家を動かすことができる大きなギアが数千個のギアがあっても一つを中心に、シャフト(shaft;軸)を中心にしてメインギアが合うようになればそこに対して相対的な立場で小さく大きなギアに比例して、ギア自体ギアの刃が小さくなるのでなくその形態が小さくなるだけであり刃は合わなければならないのだ。

この宇宙が一つになっているのであって、分けられて自分の思い通りそうでない。地球の年齢が45億年から47億年までとらえるが47億年が何か?日の光ということだ。(1秒間に)3億メートルを行くがそのように早く行くのが47億年かかる。どれほど大きいか考えてみなさい。47億年がかかるのだ、宇宙が。夢のような話だが、その世界を誰が主人として管理するのか?神様だ。それがどれほど偉大なものかというのだ。サタン世界これは元来、血統が異なったとすれば何1秒も行けずして追放されてしまうのだ。無くなるのだ。抜いてしまうのだ。

知ることができず無知なことが問題

そう、血統が異なったというのだ。これが反対になった。これが反対になったのだ。これが横になって、このように反対されたので神様がこれを相対できる反対を中心にこれをこのようにしてこのようにして回って、このように来てこのようになってもこのようにできない。これがこうして中心になってこのようになって持ってこそ上になってこのように心棒に合わせて永遠に回るのだ。どれほど難しいか?

何、キリスト教徒たちは信仰によって救援を得ると?信仰が何か?信仰というのはコンセプトだ。*信仰は実体ではない。コンセプト(concept)は実体がない。実体の存在にならなければならないのだ。実体を持った存在にならなければならないのだ。こうしてこそなるのだ。(*から英語で話される)それが盲目的でない。それを知らなければならない。

そう、じーっと私が聞いてみても真の先生が偉大なことをしたというのだ。私が批判する場で聞くのだ。そこで結果がどのようになるのか、結果にぴたりとして結論を出したことを見るときこれは真理がありえないことはない。皆さんがその道を行かなければパスがだめだ。今私が8回目のこの『天聖経』を読む、8回目。

同時に(先ほど)1,447ページ?「今は1,457ページです。」10頁読んだのだ、47ページであったが。それは重要な内容がこの時に対する言葉だ。回りに回るがどのようにこの時に対する話か?結論が全く同じだ。だから神様の摂理は科学的な摂理だというのだ。無秩序ではない、完全に知るために。イグノランス(ignorance;無知)はだめなのだ。*完全に知った上に完成が可能だ。このようになるのだ。

西洋の食口たち、アボニムが話す内容がわかるか?イエス、ノー?「イエス!」‘イエス’とはっきりと答えた。否定できない。今の時は夜の時代でない。昼の時代です。み言葉の内容を知ると言ったので実を結ばなければならない。実をどのように取り入れるのかというのだ。(*から英語で話される)実がなっているのか?実を知らない。*堕落した人は実を知らないのだ。(*から英語で話される)何の言葉かわかるか?「はい。」

先生も漠然と座ってこのように皆さんに話すのではない。私が知るほどにわかる。忙しければ私が皆さんに英語をもってブロークン イングリッシュ(broken   English)でも持ってきて合わせることがわかる。奉祀が手振りですべてそうだが、杖を持ってすべてすることと同様に。知ることが問題であって知らないことが問題か?知ることは問題ではない。知らないことが問題だ。知ることができず無知なので知ることが問題だというのだ。さ!

一か所だけでなく東西南北を合わせることを知れば

『原点が何か?真の父母権、真の王権、真の長子權です。』

西洋の人たちはいくら頭が良いと言ってもこのコンセプトを連結させることができない。一つ以外にできない。仕事をさせても一つだけすることができるのであって2つ、3つだけさせても知らない。統合をできない。それは訓練しなければならない。しかしありがたいことは、韓国人は強大国、膨大な中国であるとかソ連がどれほど・・・。ソ連は共産主義が昔と同様だ。アメリカであるとか日本、全部すべて特定の国々だ。その中で訓練を受けた。支配されなかった。支配の上にいたのだ。

すでに会議をするようになれば何の会議をしたということを結論を出す。4人がするようになれば4人の中でしたことを必ず合わせるのだ。合わさる。4人がこのように合って・・・。こうして春夏秋冬の1年間が過ぎれば合うようになっている。ここから真っ直ぐにすれば、春で真っ直ぐにすれば夏で反対に持ってくれば合わせることができるのだ。

そう、韓国人は強大国の間で滅びず生き残ったためによくできた人を評することができる能力がある。私がアメリカに来てアメリカの人たちの生活を見るとき、ここが間違った間違ったと言いながら全部すべて評することができる能力があるために是正できる。それは皆さんはできない。神様だけが管理できるのだ。

手がこのようにするのにということであり、全部すべて共に動くだろう?これだけせずに一度に動く。原型になっているが二人が合わさって原型に持ってきて合わせる。肉の眉がということであり、下の眉と上の眉があるじゃないか?それが時たまに合うために目がこそばゆくなく、万一の眉、上の眉、下の眉がぶつかるようになればどれほど毎回こうでなければならないのだ。それも生かそうとすればあちら側がこのようになればこのように移って行きながら、調整しながら漏れるのを合わせるために知らずに生きるのだ。

皆さんが知らない中でどれほど力を消耗し犠牲にしているという事実を知らなければならない。ここの細胞細胞たちが皆さん自身は調整できないが、それ自体の感覚があって調整しながら、和合されうるように調整しながら生きていっているのだ。話しながらも、先生は話しながらこのようにしたじゃないか?話ながら爪も切りながら、3つも一度にできる。

そう、西洋の人は不可能だ。一つ以外にできない。日本人も西洋について行って一つしかできない、一時に育つようになれば。そうだろう、劉正玉?「はい。」西洋に似たのか?「はい。」これが複雑なのだ。足の指手の指が全部すべて20個であり、髪の毛が全部すべて主張するが、個性真理体であるがそれを春夏秋冬、大きくつかんで東西南北は合わさなければならないのではないのか?一か所だけ合わせてどのように統一するのか?東西南北の中央があれば統一する。中央がこれではない、中央?ここ中央に立てばここから見ればすべて通じることができるのだ。ここで見ると、‘アイコ、知らない!’と言う。

仕事を一つだけさせ、二つを何故させるのかと尋ねるだろう?先生が一番混乱する時が、1日に10種類までしなければならないのだが一つしかできないと言ってそれだけ覗いて、‘左右の関係を私が知らないので教えてあげなければなりません。’と言うのだ。‘材料もなく、ハンマーがあれば叩いて壊さなければならないし、トップがおれば切らなければならないし、刀があれば切らなければならないが、それがすべてないのではないのか?どのようにしますか?’それでは自分がつくってしろと言うのだ。‘できません。’できないのでそれは自分が悟って出る。立つことができる場を掴むことができなければ自分が無くなるということである。それは理論的なのだ。

 

『天聖経』を知らずしてはだめだ

そのためにすっきりとした本を『天聖経』だと教えてあげた。‘天を知り地を知るために唱える。神様を知り先生を知ろうとすれば唱えなさい。自分のことを自分が主人になるように作りだしなさい。’と言うのだ。つくりだすことができる材料があるのでつくることができないというのは材料と構成的なすべてのものを知らなかったために作ることができないのであって、つくって先生の代わりに王もしてみることができ天下も統一できる。

それが事実であるのか、嘘なのか?「事実です。」*イアホンでみ言葉を聞くが直接聞くのでなく間接的に聞くのだ。(*から英語で話される)イアホンで聞くのでアボニムのみ言葉を聞いてわかるが、イアホンで聞くことは初めから聞くのでなく後で聞くのだ。それは指導できない。ついて行かなければならない。

下上、左右をすべて知ればコントロールできるのだ。そうじゃないか?この膨大な歴史・・・。統一原理がどれほど膨大か?哲学思想、すべて入っている。それはどれほど腐心するのか?これも穴であり、ここから見れば塞がったので穴を開けなければならないし、中央線に塞がったので穴を開けなければならないし、四方が全部すべて塞がったので穴を開けておくのだ。まず皆さんが霊界と肉界、天上世界の構造的な内容、地上世界の構造的な内容を知らなければならない。完成されるためには『天聖経』を知らずしてはだめだ。だめなのだ。ついて(唱える)行かなければならない。

皆さんがそれを応用しようとすればしたがってその言葉を中心に説明して、北側で解決しようとすれば南側に行って利用し、北側を利用して解けば南側が解決されるのだ。東西南北を知ってすれば中央が解決されるということである。今専門分野の大学院の博士になったことを見ればこれくらいのことを中心に博士である。博士と言う人が一番知らない人なのだ。さ!

『我々人間たちが眠ってから朝に目覚めればその心に願うことが何か?朝に起きて朝食をすることが問題でなく、出て働くことが問題でなく、全世界を心配することが問題でなく、愛の心を夜や昼や春夏秋冬変わらず、一生涯代わることなく持つことを願うのです。そのような男性、そのような女性たちが完全に水平線をなして縦的な神様と共に完全に90角度に連結されうる、人情と天情が合わすことができるそのような場の愛、そこに結託させることができる愛の理想郷、それのために神様は天地を創造されたのです。(1991年1月20日)』

1991年のそこはこの内容の説明がある。ここの日にちを見てその本を探して、‘何故この内容がここに来ているのか?’という説明の内容があるためにそれを参考にしなさいというのだ。わかるか?「はい。」ここに座った人たちは、‘日にちを何故呼ぶのか?’考えるのだ。参考書が必要である、参考書が。

勉強したその核だけあれば何をする?それを説明しなければならない。説明してあげることができる後垣根があれば保護されるのだ。それを言うのだ。立ちどころにその本を探して、ここに対する内容を中心によくわからなければそれを読み、ここの1枚にも日にちが5個になれば5個の日にちを中心に説教集のみ言葉を探せば、‘あ、広かったためにこの題目が説明されるのだ。”このようになるのだ。わかるか?

座って、‘何の日にちは何故あのように呼ぶのか?呼ばなければよい。’と言うが、絶対必要なのだ。日にち、いつしたということが必要だ。いつしたというその時の歴史的、統一教会の歴史においてそのような時があれば時に対する歴史環境がどうだったためにこのような闘争的共産主義と闘争、国家と闘争、他の民族と闘争、東西南北が食い違ったので東西南北にならなければならないのに東南西北このようになるのだ。だから東西南北を知らなければならない。反対に知らなければ解くことができないのだ。

純理が塞がる。行って塞がる。このように行ってここまで戻ろうとすればここに反対がここで押してあげなければ上がらない。右手がこうだったのでここまで行ってこれを押してあげなければ上がることができないのだ。これもこのように行ってここで押してあげなければ上がって行くことができないのだ。さ!

祝福を受けた子供たちは何であれ一等であり特出する

『・・・・・・絶対的な神様の一つの文化世界、そこで生まれる息子娘たちは王者と王女です。神様の王宮における王者と王女たちがまさに人間たちです。』

誰がそうだったのか?統一教会の家庭たちが多いが、統一教会の祝福を受けた家庭の息子娘は全部すべて我が学校の名のある有名な息子娘であると、天才的な息子娘が統一教会の人たちだというのだ。誰がそうしたのか?「こちらが校長先生です。ここのハイスクールの校長先生がそうでした。」そう!ニューヨークもそうじゃないか?ニューヨークでも何であれ統一教会の祝福された家庭の子供たちが一等だ。絵を描こうと詩を作ろうと、他の何をしても、大会の行事をしても全部すべて特出するというのだ。

そのためにだんだんだんだん良い息子娘を産む、皆さんがこのような思想を持てば、先生の息子娘たちも産めば生むほど遅く産んだ子供たちが天才的だ。第1に、息子娘よりも後で産んだ息子娘・・・。オモニが4度ほど手術しながら産んだ息子は天才的だ。病院の医師はと言うことであり、レバレント・ムーンは野蛮人だと言った。3人産んでも多いのに13人が何だと文句を言い、バーバリアン(barbarian)だと野蛮人の扱いを受けた。野蛮ではない。彼らが天才的なのだ。現れなければだめだ。

シンジュニは一番最後の息子の息子だ。非常にどれほど何をしたのか知らない。先生が起きて頭が痛く熱いのに、私が朝に走りながらこのように抱えて走るので自分も手を掴んでほしいと言ってハラボジの後に従って運動している。痛いことよりもハラボジを好きなのでそうしているのだ。

皆さんよりも早い。すでに何、美味しいものがあれば、‘ハラボジハルモニ二人が好きな顔か?’と言えば私がじーっとしておれば食べない。二人が好きでなければならない。異なるのだ。そう、鋭敏なのだ。昔、そこでわがヒョンジン(문형진;文亨進)は、‘アボジ、あの人は統一教会を売り飛ばします。信じないで。’と言って近く来ても近く対するなと言うのだ。どのように知るのかと言うのだ。天使たちが来て報告する。自分の何のおじいさんが教えてあげさしてあげる。それはそのようになるのだ。

 

 

<2/2に続く>

 

 

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