地下の忍術体験館を出ると
忍者屋敷の裏手で忍者ショーをやっているみたい
300円の別料金が要るし
どうせ子供だましの忍者ごっこだろう
あこぎな商売やなぁと たかをくくっていると
気持ち良く裏切られることになる
先入観は捨てるべし やっぱ食わず嫌いはあかんなぁ
おせじにも ファッションセンスはイケてるとは思えない
忍者のお兄さんの 逆三角形のガッチリした体格と
繰り出される 朗々と自身に満ち溢れた
しかし微妙にズレたトークのギャップに 観衆は次第に引きこまれていった
これが “つかまれる” ということだろう
ぼくも 「これは真剣に観なあかんわ」 と姿勢を正し ショーに臨んだ
とうにコスプレの域をはるかに超越する
一大スペクタクルが繰り広げられた
よくあるチャンバラシーンを ネクストレベルにまで引き上げているのが
要所に練りこまれた ベタ気味だがシュールな “笑い” だ
九ノ一が忍者の美ケツに渾身の一撃を!
迫力ある 「ドゥフゥッッッ…」 という 鈍いサンプリング重低音が
サラウンドスピーカーを震わす
すわ絶命かと思いきや
最前列のぼくの息子に 美ケツに刺さった刀を抜くという 大役がまわってきた
とまどいながらも 舞い降りた美味しいチャンスは
確実にものにするのがたくましいぞ
再び 迫力ある 「ドゥフゥッッッ…」 という 鈍いサンプリング重低音が
サラウンドスピーカーを震わす
かくして絶命をまぬがれた忍者に
手裏剣投げゲーム無料券をもらい 息子も嬉しそうだ
忍者ショーにとどまらず
傘回しでも魅せる魅せる
常に笑顔を絶やさず 飄々と芸を繰り出していく
白鳥の水かきのように
裏に隠された膨大な時間と苦労を微塵も感じさせない
これは 一流のストリート芸術だと思った
これが エンターテインメントなんだと確信した
デジタル時代のコンテンツとは?
TVに出てる あたりさわりのない ひな壇芸人
クイズや 物まね歌合戦 鬼ごっこに興じる お笑い芸人…
芸とは 哲学であり
生き方そのものなんだと 眼を開かれた貴重な時間だった
実際 忍者は人心掌握にも長けていたらしく
話術や芸を駆使しながら 町に溶けこみ 重要な情報を集めていた
どこにも属さず よりかからず インディペンデントな姿勢
変わらないためにこそ アップトゥーデイトに自身を更新させていく
そんな現代に生きる 忍者を目の当たりにすることができた
会場片隅の掲示板に 人知れず張り出してた
ローカル新聞のインタビュー記事を見つけた
記事を読み 彼のみなぎる熱量の謎が少し解けた気がした
この熱を 世界中に伝染したく
以下サンプリングしまっす♪
↓↓↓
伊賀流忍者ショーの「知の助」は、
四日市市下海老町の伊賀流忍術継承者
浮田和貴さんの次男知義さんが演じている。
ショーでは伊賀忍者特殊集団「阿修羅」の一員として出演、
武芸と曲芸の伝統文化を披露する。
幼いときから父(「半蔵」役)の忍術の練習を見てまねた。
「忍者は発明家であり、天才です。諸国を巡って暗号で情報を送る、
現在のパソコンのような存在です。そこに引かれました」
目立つことが大好きで、小学生のころの夢は、映画に出ることだった。
高校1年生の時に、後の傘回しの師匠に出会い、
「人のしないことを身につけなさい」と言われて曲芸を志した。
そして世界で一人しかできないという「一銭玉の傘回し」を会得した。
従って今の仕事は伊賀流忍者と大神楽曲芸師だ。
忍者や曲芸師の世界でしか習得できなり論理と直感が得られるのが楽しい。
忍者ショーを始め、結婚式、杮落としなどの祝いの席で芸を披露する。
人間的にも技術的にも「全てが勉強」と、
毎日ノートを取って自分を磨くことに全力投球をしている。
自分も人間として生きている限りは何かが残せるはず、と思うからだ。
夢は忍者と曲芸を生かした映画を作り、それを通じて自分の目で世界を見ること。
「他の人に夢、希望、元気を与えられるような人物になりたい」と、若者らしく語った。