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統一原理を愛して

私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!


責任分担の続きを書きたいと思います。人間の責任分担はみ言を信じて実践すること。み言を信じて実践すれば、個性完成し、直接主観圏に入っていく。

今日も、父が聞かせてくれる愛の話ー3 エデンの光と影 を抜粋します。責任分担の説明をわかりやすく書いてあると思うので、興味があったならば読んでください。神様の心情も垣間見ることもできるかもしれません。




二、聖なる責任

神様はどうして人間に責任というものを与えたのでしょうか?それは人間に、天地創造に加担したという価値を賦与するためでした。神様は、人聞が天の原則に協力することによって、天地が完成するように計画され
ました。神様は全体の九五パーセントだけを完成し、残りの五パーセントは、人間自身が完成するように定められたのです。

神様は全知全能ですから、知識も富も権力も要りません。では、そんな神様にとって、どうして人聞の協力が必要なのでしょうか?どうして神様はお一人ですべてを成し遂げなかったのでしょうか?そこにはどのような意図があったのでしょうか?一OOパーセントのうち、五パーセントを加担するようにした、その具体的な内容とは何でしょうか?

それは漠然としたものではありません。絶対的な神様が必要とするのですから、絶対的に必要な内容であるはずです。神様が絶対的に必要とするのですから、人間にとっても絶対的に必要なものであるに違いありません。では、神様と人聞が絶対的に必要とする、そのものとは一体何でしょうか?

それは,「愛」 です。愛以外のなにものでもありません。神様は天下が敬服するほどの最高の愛と権威を、人間に与えようとされました。ご自身が持っている全知全能の「創造性」と「永遠不変のが愛の主体的位置」を、人間にも与えようとされたのです。しかし、そのためには人間に責任というものを与えるしかありませんでした。

ゆえに責任とは、幸福の条件であり、すべてを占領するための鍵です。人聞をして神様の創造の偉業に加担せしめ、神様のように万物を主管できる資格を得させてくれるものです。神様の愛の理想を完成できるように導いてくれるものなのです。それゆえに、神様は責任というものを与えてくださったのです。

もしも人間に責任というものがなかったならば神様の理想は完成しません。完成しないどころか崩れてしまいます。ですからわたしたちは、何としても神様の創造の偉業に加担していかなければなりません。

神様はわたしたちが完成できるように、ありとあらゆる理想的な環境を整えてくださいました。それは神様が果たす、親としての九五パーセントの責任でした。しかし、残された五パーセントの責任に関しては、子女である人聞が果たしていかなければなりません。神様はわたしたちの完成に対して、全責任を持ってくださるわけではありません。わたしたちが自らの努力をプラスしていかなければならないのです。





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何日か空いてしまいましたが、責任分担の続きを書きたいと思います。人間の責任分担はみ言を信じて実践すること。み言を信じて実践すれば、個性完成し、直接主観圏に入っていく。

今日は、父が聞かせてくれる愛の話ー3 エデンの光と影 を抜粋します。いや、抜粋するだけと行った方が正確か。責任分担の説明をわかりやすく書いてあると思うので、興味があったならば読んでください。神様の心情も垣間見ることもできるかもしれません。


一、人として

人生には重大なことがたくさんあります。生死を左右すること、運命を左右することなど、実に様々なことがあります。しかし、それは人ひとりの人生に限ったことではありません。国にも重大なことがあり、世界にも重大なことがあります。そして、救いの摂理を担った神様にも重大なことがあるのです。

では、神様にとっていちばん重大なことは何でしょうか?それは他でもなく神様ご自身の目的||天地創造の理想を実現することです。神様にとってこれ以上重要なことはありません。しかし、天地創造の理想、神様の目的の成就は、神様ご自身によってなされるものではありません。それはあくまでも神様とは別個の存在、神様の相対的な立場にある人間の手にかかっているのです。神様は天地万物を創造したのち、人開始祖のアダムとエパをつくりました。そうして、彼らを天地万物の中心に立てようとされました。しかしながら、天地万物の中心存在になれるかどうか、神様の創造の偉業を相続できるかどうかは、彼らの手にかかっていました。彼らが神様から与えられた責任を全うできるかどうかにかかっていたのです。

わたしたち人間には、まちがいなく神様から完成すべき要件が与えられています。わたしたち人聞が責任を果たしたときには全体の目的が成就し、果たせなかったときには全体の目的が失敗に終わる、ということを忘れてはなりません。神様にとって天地創造の理想を完成することは最も重大なことですが、あくまでもその完成は神様でなく、わたしたち人間の手にかかっているのです。すべての鍵を握っているのは、このわたしたちなのです。

今日、神様は人類を見つめながら悲しんでおられます。神様はご自身のために悲しんでおられるのではありません。神様の相対的な立場にある、わたしたち人間ゆえに悲しんでおられるのです。神様は、わたしたちゆえに「悲しみの神」 となってしまったのです。神様の喜びゃ悲しみは神様ご自身によってもたらされるものではありません。わたしたち人間によってもたらされるのです。神様にとってすべての善しあしは、神様ご自身によって決定されるのでなく、神様の相対的な立場にある人間によって決定さ
れるのです。

堕落とはまさしく、このような立場にあった人聞が、自らの責任を果たせなかったことによって生じた結果です。とするならば、神様の救いの摂理において、責任を担うべき存在はだれでしょうか?それは神様ではありません。それはわたしたち人間なのです。神様の創造が完成するのはいつでしょうか?いつ完成するのでしょうか?神様は天使世界もつくり、万物世界もつくり、人間世界もつくりました。しかし、だからといってすべてが完成したわけではありません。過程段階にあるのであって、すべてが完成したわけではないのです。では、いつになったら完成するのでしょうか?それは神様、人問、天使、そして万物が神様の愛を中心として一つになる時、まさしくその時すべてが完成するのです。




神様の善し悪しは、神様ご自身によって決まるのではなく、人間次第。私たち自身の責任分担の善し悪しで、神様を喜ばせることができる。愛の完成のため、そして、神様を喜ばせるためにも、み言を信じて実践していきたいです。

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<font size="3">第五節 責任分担についてとことん書いていきます。

昨日に引き続き。人間には、責任分担がある。これは、万物との決定的な違い。人間が被造世界の中心として存在する一つの理由です。そこで、神様は、人間が責任分担を完遂して初めて創造されたようにされたのは何故か??①神の創造性と、②万物を主管する位置を与えるためでした。

では、責任分担は、結局、何をするのか??


個性完成して直接主管圏に入ると、人間に対する神の直接主観圏、すなわち、第二祝福(家庭的な四位基台)がなされる。そして、万物世界に対する人間の直接主管権、すなわち、第三祝福(万物主管)がなされていきます。結局、この神様が願われている世界へ到達するためには、責任分担は何をするのか??神様が願われる人間の姿は書いてありますが、果たすべき責任分担の内容が書いてありません。

しかし、責任分担を果たして直接主管圏に入ることは、三大祝福を成就すること。三大祝福を成就することが責任分担の内容を解き明かすヒントがあります。三大祝福、個性完成をするためにはどうするかは今まで書いてきましたよね。


答えは??
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信仰基台と実体基台!!

 

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第五節 責任分担についてとことん書いていきます。

昨日に引き続き。人間には、責任分担がある。これは、万物との決定的な違い。人間が被造世界の中心として存在する一つの理由です。そこで、神様は、人間が責任分担を完遂して初めて創造されたようにされたのは何故か??そもそも、責任分担は、結局、何をするのか??


原理講論P79 第五節 被造世界の創造過程とその成長期間 (二)被造物の成長期間 (1)成長期間の秩序的三段階  から抜粋。

「直接主管圏とは何であり、またこれを創造された目的は、どこにあるのだろうか。神を中心として、ある主体と対象とが合性一体化して四位基台をつくり、神と心情において一体となり、主体の意のままに愛と美を完全に授受して、善の目的を完成することを直接主管という。したがって、直接主管圏とは直ちに完成圏を意味する。このように、直接主管は、あくまでも創造目的を成就するためであるので、これがなくてはならないのである。
では、人間に対する神の直接主管とは・・・・・・・
つぎに我々は、万物世界に対する人間の直接主管・・・・・・・」


直接主管圏とは、善の目的が完成され、完成圏を意味しています。個性完成して直接主管圏に入ると、人間に対する神の直接主観圏、すなわち、第二祝福(家庭的な四位基台)がなされる。そして、万物世界に対する人間の直接主管権、すなわち、第三祝福(万物主管がなさせていきます。今日、抜粋したところは、ちょっと長いので、省いてしまいましたが、神様が願われているところ、私たちが目指すところが書かれています。すなわち、創造目的の成就ですね。では、結局、この神様が願われている世界へ到達するためには、責任分担は何をするのか??果たすべきゴールが書いてありますが、肝心の責任分担の内容が書いてありません。

私たちが、原理的に果たすべき責任分担は??責任分担を果たして到達すべき世界は明確に書いてありましたが、どんな責任分担を??

これを読み解くヒントは、創造目的を成就するための原則は??
今まで何度も書いてきましたね。
考えてみましょう(^^)/

答えは、また、明日!!!

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第五節 責任分担についてとことん書いていきます。

昨日に引き続き。人間には、責任分担がある。これは、万物との決定的な違い。人間が被造世界の中心として存在する一つの理由です。そこで、神様は、人間が責任分担を完遂して初めて創造されたようにされたのは何故か??そもそも、責任分担は、結局、何をするのか??


原理講論P79 第五節 被造世界の創造過程とその成長期間 (二)被造物の成長期間 (1)成長期間の秩序的三段階  から抜粋。

「このように、人間がそれ自身の責任分担を完遂して初めて完成されるように創造されたのは、人間が神も干渉できない責任分担を完遂することによって、神の創造性までも似るようにし、また、神の創造の偉業に加担させることによって、ちょうど創造主である神が人間を主管なさるそのごとくに、人間も創造主の立場で万物を主管することができる主人の権限をもつようにするためであった(創一・28)。人間が万物と違う点は、正にここにあるのである。」

神様は、人間が責任分担を完遂して初めて創造されたようにされたのは何故か??

①神の創造性までも似るようにすること。そして、②人間による万物を主管する位置を与える為。


責任分担を果たしたら、上記の①②が人間に備わるようになる。神様は、①②を人間に与えたいがために責任分担を与えたのです。

では、その神様が与えた責任分担とは、何をするのか?

今日、抜粋したところには書いてありません。そもそも、責任分担は何をするのか書いてあるのか?続きを、原理講論を読んでみてください。

原理講論
http://furuta65.fc2web.com/001/divine/11sozo.htm#第五節

明日に続く!!!

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