昨日の続き。
嫉妬心は堕落性ですか?それとも創造本然の世界にもあるものですか?
さ~どちらでしょう?
堕落論P122 (六)堕落性本性 から抜粋。
「 このような堕落性本性が生ずるようになった根本的動機は、天使長がアダムに対する嫉妬心を抱いたところにあった。それでは、善の目的のために創造された天使長から、いかにしてそのような愛に対する嫉妬心が生ずるようになったのであろうか。元来、天使長にも、創造本性として、欲望と知能とが賦与されていたはずであった。このようにして、天使長は知能をもっていたので、人間に対する神の愛が、自分に注がれるそれよりも大きいということを比較し、識別することができたのであり、またその上に欲望をもっていたから、神からそれ以上に大きい愛を受けたいという思いがあったということは当然なことである。そして、こういう思いは、自動的に嫉妬心を生ぜしめたのである。したがってこのような嫉妬心は、創造本性から誘発されるところの、不可避的な副産物であり、それはちょうど、光によって生ずる、物体の影のようなものであるといえよう。」
例によって私なりに分かりやすくするために、原文とは違いますが、色を変えてしまいました。
創造本然の世界には、人間にも天使にも思いと知能があります。なかったならばどんな世界になってしむのでしょうか??ありえません。
抜粋箇所に書いてあるように知能があるから他の人と比較し、識別することができる。また、欲望もあるから、神様の愛をより受けたいという欲望がる。だから、本然の世界でも嫉妬心が生じる。嫉妬心は、創造本性から誘発されるところの、不可避的副産物であり、それはちょうど、光によって生ずる、物体の影のようなもの。
本然の世界にも嫉妬心があったならば、天国はありえるのか???
明日に続く!!
原理的な根拠と、私のブログの趣旨として、これを基に、神様を感じて個性完成へ続く道を提示してきたいと思います。
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