(二)終末に際して我々がとるべき態度
「終末に処している現代人は、何よりもまず、謙遜な心をもって行う祈りを通じて、神霊的なものを感得し得るよう努力しなければならないのである。つぎには、因習的な観念にとらわれず、我々は我々の体を神霊に呼応させることによって、新しい時代の摂理へと導いてくれる新しい真理を探し求めなければならない。そして探しだしたその真理が、果たして自分の体の内で神霊と一つになり、真の天的な喜びを、心霊の深いところから感ずるようにしてくれるかどうかを確認しなければならないのである。このようにすることによってのみ、終末の信徒たちは、真の救いの道をたどっていくことができるのである。 」
抜粋箇所の前の文章にも書いてありましたが、終末に新しい真理が現れても、堕落人間はなかなか受け入れられない。聖書など真理面に重き置いている人においても、古い時代の真理に執着してしまうがために、新しい時代へと移ったとしても受け入れることができない。
イエス様の時代においては、旧約聖書に執着したユダヤ人はイエス様に付いていくことができませんでした。イエス様に従っていった行った人たちは、もっぱら心に感応してくる神霊に従った人たちである。だから、終末において、祈りを多く捧げる人、あるいは、良心的な人は精神的に焦燥感を感じてしまう。これを解決してくれるのが新しい真理。
したがって、終末において、謙遜な心で祈り、神霊的なことを感得していこうと努力することが大切です。
私たちは幸いにも、文鮮明先生に出会い、み言を学ぶことができました。しかし、抜粋したところの最後の方に書いてあるように、真理(み言)が果たして自分の体の内で神霊と一つになり、真の天的な喜びを、心霊の深いところから感ずるようにしてくれるかどうかを確認しなければならなりません。最後は神霊面です。
私のブログでは、この確認をいかにしたら良いかを提示してきたつもりです。み言を信じて実践。良かったら、また、創造原理から見てください。
これからも、証しをふまえ統一原理を書いていきたいと思います。
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