復活というのは、再び活きるという意味である。という訳で、復活論についてとことん書いていきます。
昨日の内容を振り返ると、「死」とは堕落してサタン主管圏内に落ちるこという。そして、神の愛の中で、隣人を愛することを知らない人は死んだ者。堕落による「死」に対して「生」とは、神の愛の主管圏内において、神のみ言のとおりに活動している状態をいうのである。
やっぱり、み言を信じて実践だ"

ということで、今日は、「復活」についてもう少し詳しく説明していきたいと思います。
原理講論P216 第二節 復 活 摂 理 (一)復活摂理はいかになされるか
「復活は、堕落人間が創造本然の姿に復帰する過程的な現象を意味するので、復活摂理は、すなわち、復帰摂理を意味する。復帰摂理はすなわち、再創造摂理なので、復活摂理はまた再創造摂理でもある。したがって、復活摂理も、創造原理によって、次のように摂理されるのである。」
昨日、抜粋したところとかぶりましたが、復活摂理は創造原理に基づいて行われます。では、具体的にどのように行われるか?続きを抜粋します。
「第一に、復活摂理の歴史において、その使命的な責任をもった人物たちが、たとえ彼ら自身の責任分担を完遂できなかったとしても、彼らは天のみ旨のために忠誠を尽くしたので、それだけ堕落人間が、神と心情的な因縁を結ぶことができる基盤を広めてきたのである。したがって、後世の人間たちは、歴史の流れに従い、それ以前の預言者や義人が築きあげた心情的な基台によって、復帰摂理の時代的な恵沢をもっと受けるようになるのである。したがって、復活摂理は、このような時代的な恵沢の上に立ってなされるのである。」
今までの義人聖人、摂理の中心人物の歩みのおかげで、メシヤが再臨し、み言も普通に聞くことができます。これがどれほど恩恵か??生まれる時代が少しでも早くれば、メシヤに出会うことができません。祝福への道もありません。今、生きていることがどれほどありがたいか。
よって、復活摂理は義人聖人の精誠の土台の上にいるので、時代的な恩恵の上に立っています。だから、私たちは多大な恩恵の上に立っているのです。
後日、復活論の中で、そもそも今の時代に生まれても、メシヤに出会うこともなく死んでいく人も多いでしょう。そこで、メシヤに出会う人とはどのような人か、書いていきたいと思います。明日ではなく、復活論の中で、いつか書いていきます。
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