復活というのは、再び活きるという意味である。という訳で、復活論についてとことん書いていきます。
第5章 復活論
第三節 再臨復活による宗教統一 (一)再臨復活によるキリスト教統一
「既に、本章第二節(三)(2)で詳述したように、楽園にとどまっている生命体級の霊人たちは、再臨されたイエスを信じ侍ることによって、生霊体級の霊人体を完成することのできる地上の信徒たちに再臨するのである。それから、彼らをして復帰摂理のみ旨を成し遂げるように協助して、彼らと同じ恵沢を受け、天国に入るようになる。したがって、イエスの再臨期には、楽園にいるすべての霊人たちが共に地上の信徒たちに再臨して、彼らに協助する摂理をしなければならなくなるのである。
各個体の信仰態度と、彼がもっている天稟、また、み旨のために立てられた祖先の功績などにより、その時機は各々異なるが、前節で既に説明したような立場から、地上の信徒たちは、楽園にいる霊人たちの協助によって、再臨主の前に出て、み旨のために献身せざるを得なくなるのである。ゆえに、キリスト教は自然に統一されるようになる。」
楽園にいる霊人体、すなわち、クリスチャンは、イエスの再臨期に再臨協助することによって天国へ入ることに。
そして、再臨主に出会うことができたのは、本人の信仰態度や天稟、先祖の功績などにより、私たちは楽園にいるクリスチャンの協助があったからこそ。本人の求めてきた世界もあるかもしれませんが、先祖の功労のおかげです。
そして、私たちがクリスチャン協助により、み旨のために精誠を尽くし、キリスト教も統一されていく。
しかし、この内容はお父様が草創期に書かれました。
1966年5月1日に韓国語版の「原理講論」、1966年10月2日に日本語版の「原理講論」が発刊されました。当時、迫害が激しい中、キリスト教は自然に統一されると書いたのですから、その文字の背後には相当の思いを持って書かれたのではないかと感じます。メシヤといえど、簡単にできる内容ではないです。キリスト教がお父様と一体化できず基盤が崩れ、世界基督教統一神霊教会を創立後に書かれた内容なので、とても厳しい状況の中、原理講論には自然にキリスト教が統一されると。そこには、アボジの並々ならぬ決意が込められていると感じます。それを成就するためにも私たちは精誠を尽くしていかなければなりません。
先祖の功労によりアボジに出会えたことに感謝。
そして、アボジの決意に相対し、み旨成就のために精誠を尽くしましょう!!!
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