統一原理を愛して -10ページ目

統一原理を愛して

私は文鮮明先生、統一原理に出会って神様を感じることができました。このブログをきっかけに統一原理を通して、日々の生活で皆さんが神様を感じていけたら幸いです!!

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緒論についてとことん書いていきたいと思います。

原理講論P274(一)蕩減復帰原理 (1) 蕩 減 復 帰 から抜粋。

「それでは、「蕩減復帰」というのはどういう意味なのであろうか。どのようなものであっても、その本来の位置と状態を失ったとき、それらを本来の位置と状態にまで復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足る何らかの条件を立てなければならない。このような条件を立てることを「蕩減」というのである。例を挙げれば、失った名誉、地位、健康などを原状どおりに回復させるためには、必ずそこに、その必要を埋める努力とか財力などの条件を立てなければならない。また、互いに愛しあっていた二人の人間が、何かのはずみで憎みあうようになったとすれば、このような状態から再び、互いに愛しあっていた元の状態に復帰するためには、彼らは必ず、お互いに謝罪しあうなどのある条件を立てなければならないのである。このように、堕落によって創造本然の位置と状態から離れるようになってしまった人間が、再びその本然の位置と状態を復帰しようとすれば、必ずそこに、その必要を埋めるに足るある条件を立てなければならない。堕落人間がこのような条件を立てて、創造本然の位置と状態へと再び戻っていくことを「蕩減復帰」といい、蕩減復帰のために立てる条件のことを「蕩減条件」というのである。そして、このように蕩減条件を立て、創造本然の人間に復帰していく摂理のことを「蕩減復帰摂理」というのである。」



「蕩減」とは本来の位置と状態へ戻ること。例えば、仲の良い二人がいるとします。喧嘩をしてしまい、仲が悪くなってしまいました。元の仲の良い関係に戻るためには、謝るなどの条件を立てなければなりません。「蕩減」とはいたって当たり前のことを言ってますね。原理を知らない人でも分かります。


次に「蕩減復帰」。「蕩減復帰」とは、本来の状態と位置に戻るといっても、堕落人間が創造本然の人間に戻ることをいいます。そして、「蕩減条件」はそのための条件を言います。

では、最後に質問です。

蕩減条件はどのように立てるか?

三つの観点が必要です。さ~なんでしょうか???






中心人物、条件物、期間と思った人は、違います!!!!



答えは・・・・・・・


明日に続く。


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緒論についてとことん書いていきたいと思います。

原理講論P271 緒論 (一)蕩減復帰原理 (1) 蕩 減 復 帰 から抜粋。長いので、分かる方は赤い部分だけでも読んでください。

「蕩減復帰原理に関する問題を論ずる前に、我々はまず、人間がその堕落によって、神とサタンとの間において、どのような立場におかれるようになったかということを知らなければならない。元来、人間始祖が堕落しないで完成し、神と心情において一体となることができたならば、彼らは神のみに対して生活する立場におかれるはずであった。しかし、彼らは堕落してサタンと血縁関係を結んだので、一方ではまた、サタンとも対応しなければならない立場におかれるようになったのである。したがって堕落直後、まだ原罪だけがあり、他の善行も悪行も行わなかったアダムとエバは、神とも、またサタンとも対応することができる中間位置におかれるようになった。それゆえ、アダムとエバの子孫たちもまた、そのような中間位置におかれるようになったのである。したがって、堕落社会において、イエスを信じなかった人でも、良心的な生活をした人は、このような中間位置にいるわけであるから、サタンは彼を地獄に連れていくことはできない。しかし、いくら良心的な生活をした人でも、その人がイエスを信じない限りは、神もまた、彼を楽園に連れていくことはできないのである。それゆえにこのような霊人は、霊界に行っても、楽園でも地獄でもない中間霊界にとどまるようになるのである。
それでは、このような中間位置にいる堕落人間を、神はどのようにしたらサタンから分立させることができるであろうか。サタンは元来、血統的な因縁をもって堕落した人間に対応しているのであるから、あくまでも人間自身が、神の前に出ることのできる一つの条件を立てない限り、無条件に彼を天の側に復帰させることはできないのである。一方においてサタンも、これまた人間の創造主が神であることを熟知しているので、堕落人間自身に再びサタンが侵入できる一つの条件が成立しない限りは、かかる人間を無条件に奪っていくことはできないのである。それゆえ、堕落人間は彼自身が善なる条件を立てたときには天の側に、悪なる条件を立てたときにはサタンの側に分立される。・・・・・」


赤い部分を読んでいただけると分かるように、サタンが堕落人間を奪っていこうとしても、人間の創造主である神は、生みの親は私であるとサタンを阻みます。逆に神様が堕落人間を主管しようとすると、サタンは、私の血統であると主張して、神様を阻みます。サタン側に行くにも、神の前に出るのもただではいけません。条件が必要なのです。

サタン側に行く条件は??

罪を犯すこと。

では、神様側に行く条件は??

蕩減条件を立てることです。

ここで、日々の生活において、神様側に近づいていったならば復興しますよね。では、誰が蕩減条件を立てますか??

私自身ですよね。私自身が罪を犯せば、サタン側へ近づき、心情も下がっていき、蕩減条件を立てれば神様側に近づき復興します。私次第なのです。アベルがどうこうとか、環境が問題でもありません。私自身が問題なのです。日々の生活で復興できない人は私自身が問題なのです。と言っても、いかに歩めば個性完成へ近づけるか教えるアベルの責任もあるかもしれませんが。最初はさすがに教わらないと分かりませんね。なので、私のブログを参考にしてください。

そもそも蕩減条件ってなんでしょうか・・・・・・


明日に続く。




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緒論についてとことん書いていきたいと思います。

原理講論P271 緒論 から抜粋。

復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである・・・・・・・・・・・・・・・・

このように復帰摂理は、創造目的を再び成就するための再創造の摂理であるから、どこまでも原理によって摂理されなければならない。それゆえに、これを復帰原理というのである。
・・・・・・・・・・・・・・・・・」


復帰摂理は、原理、すなわち、創造原理に基づいて、神様は摂理を進めます。創造原理を復帰原理と言い換えただけなのです。しかし、実は、その復帰原理という言葉に神様の深い悲しみも含まれているのではないでしょうか。

堕落したために生まれてきた言葉。神様は永遠普遍の存在。神様が創造された創造原理も永遠普遍のもの。だから、神様は復帰摂理においても創造原理に基づいて行わざるおえない。そこで、二次的に復帰原理として神様は摂理を進めて行きざるおえませんでした。

だから、神様は復帰原理という言葉にどれほど神様の悲しみが含まれているのでしょうか。



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今回からは、緒論についてとことん書いていきたいと思います。

原理講論P271 緒論 から抜粋。

復帰摂理とは、堕落した人間に創造目的を完成せしめるために、彼らを創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである。・・・・・・・・・・・・・・・・」


まずは、最初の赤くした一文。頭に堕落人間と書いてあります。これは誰を指していますか???堕落人間。堕落している全人類のことを指しているともいますが。もう少し深めますと、原理講論の原文の堕落人間ところを、私自身、すなわち、愛知人と代えて読んではどうか。みなさん自身も自分の名前置き換えて読んでみたら、もっと原理の内容が自分のことと捉えて読めるのではないでしょうか。

この最初の文において、読みかえてみると、「復帰摂理とは、堕落した人間(私、愛知人)に創造目的を完成せしめるために、彼ら(私、愛知人)を創造本然の人間に復帰していく神の摂理をいうのである」。

すなわち、復帰摂理とは、私自身を創造目的を完成させるために、私自身を創造本然の人間に復帰していくための神の摂理をいう。復帰摂理は、私を復帰するための神の摂理。

アダムとエバの堕落後、聖書歴史6000年間、神様は私を救うために歩んでこられました。神様はもちろん万民の救いを願っています。すなわち、私たち一人一人を神様は救おうとしています。そうです、私たち一人一人。私を救うこと、私を導くことが神の摂理なのです。

これから日々の生活においても、様々なことが起きると思います。良いこと、楽しいこと、嫌なこと、試練、その一つ一つが私を創造本然の人間に復帰し、創造目的を成就させるための神様の摂理。私を成長させる神様の摂理です。

神様の摂理、感謝して歩みましょう(^^)/


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キリスト論に創造原理の内容が、実は、分かりやすく書いてあります。


ということで、今日も昨日の続きを抜粋。

第一節 創造目的を完成した人間の価値 から引き続き抜粋。

「創造目的を完成した人間、すなわち、完成したアダムの価値を、我々は次のような観点から論じてみよう。
第一に・・・・・・・・
第二に・・・・・・・・
第三に、人間と被造世界との関係から見たその価値について調べてみることにしよう。・・・・・・・・
例えば、ここに一つの完全な機械があるとしよう。そして、この機械のすべての付属品が、この世界にただ一つずつしかなくて、それ以上求めることも、つくることもできないとすれば、その一つ一つの付属品は、いくらつまらない微々たるものであっても、全体に匹敵する価値をもっていることになる。これと同様に完成した人間の個体は、唯一無二の存在なので、彼がいくら微々たる存在であっても、実に、全天宙的な価値と同等であると見ることができるのである。」


一人一人の人間の価値は、全天宙的な価値を持っています。たとえ一人一人が微々たる存在だとしても、全体に匹敵する価値を持っています。周りの兄弟姉妹も全天宙的な価値を持っています。愛し為に生きましょう!!!




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